第2話 不思議な転校生、来る

 演算魔法少女☆ロジカル・シフォンが活躍する舞台は自然に囲まれた土地とごくありふれた小学校の日常風景から始まる。


 昔の都に近いM県は中央から南に向かうと山々が連なり、更に南に向かうと太平洋に面した海が現れる。山あり海ありの贅沢ぜいたくな環境は休日になると県外からの観光客が集まる。


 なかでもM県と昔の都に近い場所に位置する烏丸山からすまやまという古い鉱山は平安時代末期の古戦場であり、美男子と名高い武将たちの足跡そくせきを追いかけるマニア向けの人気の観光スポットだった。


 県外から見るとにぎやかで羽振はぶりがよく見えるM県内も翔北市以外は過疎化が進んでおり、翔北市への一極集中化が県内の問題となっていた。


 それでも翔北市には積極的にニュータウンが誘致され市内は新しく設計された小さな、しかし医療や福祉施設、ショッピングモールなどが充実した環境の町が幾つもできあがっていた。このような環境だったが故に地元の小学校はニュータウン出身の子どもがあふれており、住宅は完売して新たな移住者に入るすきがない環境には新たに引っ越して転入するような家族はまれで転校生は滅多めったにいないのだった。


 6年生にもなると誰が説明するでもなく、みんなそのような環境を承知していたため、転校生の野伊間のいま詩芙音しふぉんちゃんはその容姿や言動以上に違和感を感じる存在だった。



 ある朝。いつもと同じく幼馴染みの神埼かんざきしおりちゃんの家で待ち合わせて登校する。


「ゴメン、栞ちゃん!待ったよね?」

「んー、今来たところだよ〜」


 少し前かがみになって上目遣いで応える栞ちゃん。無邪気な笑顔がさわやかな朝にピッタリして清々すがすがしい気持ちにしてくれる。


「え?来たってココ、栞ちゃんの家じゃん」

「ふふふ、恋人的なやつだよ〜」

「もう栞ちゃん、恋愛マンガ読みすぎ!」


 今朝はピンクのシャツに薄いカーディガンを羽織っていた。栞ちゃんは明るい性格で服装はどこか大人びていて周りの男子女子からクラスのアイドルとして注目を集めていた。


 かたや私は二人のお兄ちゃんの影響で男の子みたいな服装ばかりしていて可愛い洋服を着せたいお母さんを失望させていた。だって男子のカッコウ、楽じゃん!


 神埼栞ちゃんとは幼稚園に入る前から親繋がりの友だちで、小学校に入ってからは同じクラスになったり離れたりを繰り返したけど今も大切な親友だった。


「ねえ、今月の『マルガレッタ』読んだ??もう『君と過ごした終末』の最終回がヤバいのー!!壊れていく世界を見つめて主人公がヒロインの肩を抱き寄せて告白するシーンがエモ過ぎて!!」

「わたしんち兄ちゃんの少年マンガの雑誌しかないから『マルガレッタ』は読んでないな〜」

「じゃあ、今度貸して上げるから安心して!読み終わったら女子会しよっ!!」


 朝からハイテンションの栞ちゃんがグイグイ迫ってくる。指を交互にからめて繋いだ手が強く握られて汗ばんでくるくらい興奮していた。


「ねえ、今日一緒に帰ろうよ!そのマンガの話の続き、聞きたいよー」

「放課後、委員会の仕事があるから終わるまで待っててくれると嬉しいな」

「うん、じゃあ校庭で遊んで待ってるね!」


 私の顔を見る時に栞ちゃんの黒くて長い髪が揺れ、柑橘類かんきつるいのような爽やかな香りがした。シャンプーが違うのかな〜?うちはお母さんが使っている安いシャンプーと同じだからイマイチ。自分のツンツンはねたショートヘアーを指でくりくり摘みながら栞ちゃんの香りが羨ましく思った。


 低学年の子たちが大騒ぎしながら登校しているのを注意したり、散歩中のお年寄りに元気よく挨拶したり、そんな毎日と同じ出来事を繰り返しつつ、校門に立っている5年生のクラス担任の安原先生に挨拶して学校に入っていった。


 下駄箱を開けると2通のラブレターが入っていた。私は溜息ためいきをつきながらラブレターを取り上げると綺麗な乙女文字と細やかな装飾がされた便箋びんせんをランドセルにしまい、私達のクラス6−2教室がある4階を目指して階段を昇っていた。


 教室に入り、棚にランドセルを置いて教科書を取り出して席についた。担任が来る前の教室はアニメやドラマ、ゲームやU Tube動画の話題で盛り上がり、みなが熱狂していた。


 私は後ろの席で教科書を読んでいたメガネの優等生の辻村つじむら 拓斗たくとくんに借りた小説を返しながら感想を述べていた。


「『灰の王国の騎士たち』、ありがと!楽しく読めたよ!!」

「……ふーん」

「やっぱり英雄譚えいゆうたんって良いね!段々と仲間が集ってきて巨大な悪と戦うところなんてワクワクするよ!」

「……鈴偶りんぐうってこういう小説好きなんだ」


 教科書から目線を上げて私の話題に乗ってきた。冷静で無表情に見える辻村くんのメガネの奥に少し光るような気配があったけど気のせいかな?


「面白い小説、まだ持ってるんでしょ!?また貸してよ!」

「あー、次はどんな話が読みたい?」

「壮大なやつ!でも、悪いやつが活躍するみたいなのも読みたいかも」

「……うん、探しておくよ」


 最低限の会話を済ますと辻村くんは再び教科書に目を落としていた。最初に会った時は人を見下すような刺々とげとげしい態度だったけど私が友だちになってから少し話せるようになったかな?もう少しクラスに馴染なじんで欲しいけど、まあ追々おいおいということで。


 担任の二宮にのみや先生が教室に入ってきた。いつもと同じシワが残ったシャツに決まらないヘアースタイル、やる気の無さを感じさせる雰囲気の先生。


 でも、いつもと違う感じ。


 それは担任の後ろについて来た長身で身体の凹凸が豊かな女の子の姿。黒いワンピースは床につきそうなくらい長い。顔は青みがかったけるような肌色、おばあちゃんの白髪とは違った灰色に近い髪の色。赤みの強い唇が色のコントラストを強めている。表情のとぼしい顔で焦点の定まらないようなうつろな視線をクラス中に向けていた。


「静かにしなさーい。これから転校生を紹介しますよ〜」


 まんして担任が話し始めると静まり返った教室のどこかで息を飲む音が聞こえてくるかと思った。

 担任は黒板に転校生の名前を書き出す。


   野伊間 詩芙音


 のいま?し?ふ?おん?


野伊間のいま詩芙音しふぉんさんと読みます。野伊間さんはお父さんの仕事の都合で急遽きゅうきょ、翔北市で働くことになり引っ越してきました。6年生の途中なので卒業までの短い間となりますが皆さん仲良く過ごしましょう!では、野伊間さん、自己紹介をお願いしますね」


 先ほどまでと同じ生気せいきを感じない目線のままで野伊間さんは自己紹介を始めた。


「えーと、野伊間詩芙音といいます。下の名前で呼ばれることが多いので『しふぉん』と呼んでください。

(皆さんとは寿命を考えても本当に短い付き合いとなりますが、まあ『魔女』には寿命がありませんので仕方のないことですが……)

 好きな音楽ユニットはYOSAOBI、趣味はU Tubeの新しいチャンネル探索、ゲームはSvitch全般やりますのでオンライン対戦できる方は後でID交換しましょう。慣れるまでご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いいたします」


 え?途中で小さな声で『魔女』がどうとか云ってなかった??おかしくない、この転校生??

 周りは後半の好きな歌やらゲームやらで盛り上がってしまい誰も気にかける子はいなかった。


 私の聞き間違え?いや、そんなはずは……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る