第10話 異世界美少女とマッパクロキ

 魔剣キタカゼ。ファミリーのボスであるローズがどこからか入手していた、俺が転生1回目に託されたはずの剣。

 振り下ろされたそれの風圧から俺を庇ったクロキは、なぜか全裸だった。

「クロキ……?」

 クロキは俺を庇うために両腕を広げ、背中で攻撃を受けるような態勢だった。

 つまり、俺の眼前に目いっぱい広がるマッパ・クロキ。

 細身でありながらも引き締まった健康的な肉体美を前にして本来は乙女らしく恥じるべきなのだろうが、なんというか完成しすぎた肉体はもはや美術品を見ているように錯覚した。

「……」

 覚悟していたダメージが来ないことに違和感を感じたクロキが己の身体を見やる。

「……」

 やっと己の現状に気づいたクロキは理解が追い付かず硬直していたが、やがて無言で静かに急所を手でそっと隠す。

 そして肉体美を鑑賞する俺に一言。

「あの、できればあまりまじまじとは見ないでほしい、かな」

「あっ。ごめん」

 クロキの引きつった笑みにさすがに俺も気が引けて目を逸らす。

 そしてそこで気づく。

「あれ? ローズとナルカルは……」

 いない。さっきまでいたはずの二人がこつぜんと姿を消していた。

「お楽しみ中悪いね。サプライズはどうだったかな?」

 声の方を振り返ると、天井付近の窓にロープで吊り下がるローズがひらひらと手を振っていた。

「お得感はすごかったぞ」

「子猫ちゃん?」

「ガン見したのは悪かった。でもなんか芸術だった」

「楽しんでもらえたようで何より。こちらとしても領主のご子息がまさか突然脱衣するとは思わなかったよ」

「君のおかげでね!!!」

 恨めしそうな顔のクロキを恐れる様子もなく、ローズは話を続ける。

「ああ、そういえばここのアジトは爆破することにしたよ。場所も割れて恨みも買ったからね。何分くらいで爆破するか覚えてないけれど、まあ5分以内くらいには脱出した方がいいんじゃないかな?」

「爆破?!」

「じゃあ、またねー」と言い残すとロープはするすると引き上げられていき、ローズは姿を消した。

「クロキ! さすがに恥ずかしがってる場合じゃないぞ!」

「ああ……そうだね。ボスくらいはお縄にかけたかったけどやむを得ない。行くよ子猫ちゃん」

 木箱に掛かっていたボロ布をとりあえず身体に巻き、クロキが先導する。

 不思議とアジト内にはファミリーの輩は一切おらず、ただひたすらに木箱の迷路を駆け回る。

 しかしどこまで走っても変わらない風景のせいか出口が見当たらず、俺の息切れをきっかけに1度止まって辺りを見回した。

「一体どこに出口があるんだよ……」

「あれ? 子猫ちゃん、いつのまにヘアアレンジしたんだい?」

「は? こんなときに何言ってんだそんなわけないだろ……って、あれ?」

 側頭部を触ってみると、いつの間にやら俺のヘアスタイルに可愛らしい編み込みが追加されていた。

「なんだこれ! すげー完成度たけぇ!」

「子猫ちゃん、それ……」

 ずいっと近寄るクロキ。手のひらが頬に添えられ――

「な、なに? 緊急時のラブロマンスは死亡フラグって古事記にも……」

「ちょっともったいないけどごめんね」

 ――たわけではなく、俺の編み込みに添えられたリボンを解いた。リボンに折りたたんだ紙が挟まれていたらしく、クロキはそれを広げ内容に目を通した。

「これは……アジトの地図だね。ご丁寧に脱出路までの経路も書かれてる」

「一体誰が……?」

「メモの最後にはなんだろうこれ、記号? まると……ばつとさんかく?」

「あっ」

 もしかして:ナルカル。

 なに、あの時の会話ってペンネーム議論だったってこと?

「信用はできないけど、アテはこれしかないし乗るしかないね。ええと、現在地は……地図を見ても同じような作りの部屋ばかりだね」

 クロキの広げた地図を覗き込み、スっと指差す。

「ここじゃないか? 周囲の配置とさっきの道的にも多分」

 返事がないので顔を上げてみると、クロキは呆然と俺を見ていた。

「な、なんだよ。なんか変なこと言ったか俺?」

「子猫ちゃん、地図読めるんだね」

「……そんな学がなさそうに見えるか俺?」

 じとっと睨みつけるとクロキは両手の平が見えるように腕をすくめ、「違う」の意思表示をする。

「ああいや、誤解させてしまったらごめんね。女の子って地図読むの苦手っていうからさ」

 もしかして:元男。

「あー……そうだな、でも俺は空間把握能力つよつよガールだからな」

「つよつよ……」と頭に引っ掛かりを感じているクロキの腕を引き、走り出す。

「とにかく! 早く脱出しようぜ!」

 結果として、ナルカルの書いた地図は正しく、あれほど迷った木箱迷宮を簡単に抜けることができた。

 大通りから少し離れた路地のゴミ箱。

 その蓋が勢いよく開き、俺とクロキが飛び出す。

 人目が無いことに安心して、一息つく。

 さすがにゴミ箱から出てくる男女は見るに堪えない。

「にしたって随分と酷い出口だな」

「こんな所にアジトの出入口があったとはね……」

 裏通りと言っても、大通りの喧騒が聞こえるくらい近い。広場のすぐ裏手で悪者が蠢いていたとなると恐ろしい話だ。

「やっぱフリルの隙間が取りづらいんだよなぁ……。クロキ? どうした?」

 服の汚れを一通り払い、クロキがやけにへこんでる様子だったことに気づいた。

 いつも背景で騒がしく輝くきらきらトーンはなく、心なしかどんよりトーンが見えた。

「……まんまと騙されたなと思ってね」

「騙された?」

「ローズとかいう親玉が爆破予告をしてからしばらく経つけど、僕らは無事に脱出できたし街の人々も騒いでない」

「? よかったじゃん」

「あれほどの大きさの建物が爆破されたら、広場の近くじゃなくても騒ぎにはなるはずだ」

「爆弾セットし忘れたんじゃね? ローズならやりかねないぞ」

 基本的に威厳0だったし。

 しかしクロキは真剣な顔のまま言う。

「いや、彼はわざとお茶目ぶっていただけだと思うよ。……きっと爆破予告は僕たちが追えないようにするための嘘だろうね」

「じゃあ、クロキがマッパになったのも」

「あれも威力の減衰を計算した上だと思う。そっちの方がインパクトがあって目を引けるから、仲間たちが逃げる準備をするには十分だろうね」

 あの時気づけていれば……とかオデアカリの治安維持のためにもっとできることが……などなどぶつぶつと呟くクロキをよそに、俺は建物越しに広場のオカの看板を見つけた。

 俺は考え事をするクロキの袖をぐいっと引っ張る。

「クロキ、今日何しにきたか忘れてないか!」

「……えっと、ゼンに薬を貰うこと、あとは街の案内で……」

「もっと大事なことがあるだろ!」

「大事な……」

「そう! 俺はまだオカを飲んでない!」

 俺の熱意にクロキは圧倒されていた。

「へこむのも考え事するのもいいけど、その前にオカだ!」

「……そうだね。今日は君と街に来たんだ。せっかくのデートを台無しにしちゃいけないね」

 クロキも目が覚めたのか、いつもの輝きを取り戻す。背景のきらきらトーンの有無でこいつの感情は判別できるのかもしれないなと思った。

「よし、それじゃまずは服買いに行こうぜ、マッパクロキ」

「その呼び名はやめてほしいかな……」

 苦笑いするクロキの腕を引き、俺とクロキは街デートを楽しんだのであった。

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