第8話 ときめいてなんかない
ローズはしばし唖然としていた。
一方の俺は、直後はしてやったと言う気分で気持ちよさに浸っていたが、この後どうするか考えてなかったことへの自責の念が膨らみ始めていた。
今からでも穏便なセリフに撤回できないかな、と考え始めたところでローズは後ろを向き、額を押さえてクツクツと笑い始めた。
「くくく……考えてみればそうだ。ここまで肝の据わった子がこれくらいのプレッシャーで流されるわけがない。期待以上の魅力にちょっと引いてるよ」
「女の子に勝手に期待して勝手に引くのは男の悪いとこだぞ」
俺の皮肉を込めた笑いをローズが打ち切る。
「それで」
元いた木箱の方へ歩いていたローズがじろりと睨む。
「今までの君は『仲間になるかもしれない美少女』だった。しかし君は今『仲間にもならないただの少女』に変わったわけだ」
「美がなくなってるぞ」
ローズは再度俺に背を向け、立てた人差し指をくるくると回しながらゆっくりと歩く。
「……美少女の君はアジトの場所を知ってしまっただけでなく、ボスの顔までも知ってしまった」
「お前らが勝手に誘拐して顔晒しただけだろ」
「まあ確かにそうなるけれども。……えー、知りすぎてしまったいたいけな少女……あ、美少女……はどうなると思う?」
「……あー、警察にチクってお手柄美少女で一面を飾る。それかー……アジトでの自撮りをSNSで拡散してバズるとか?」
「アハハ、面白いことを言うじゃないか。正解は……」
ローズの足が止まる。
「口封じさ」
瞬間、口元にローズの人差し指が触れた。
「……こんな風にね」
数メートルは離れていたはずのローズが一瞬で至近距離に迫っていた。
目を細めにっこりと笑うローズ。その瞳に光は無い。
気圧された俺は無意識に背を反る体勢になる。
本日二度目の冷や汗が頬を伝う。
「ハハ、すごい汗だ。どうやら暑がりってのは本当だったみたいだね」
皮肉でも返してやりたいところだが、無機質なローズの圧に言葉が出ない。
「口封じ、と言っても君をすぐにどうこうする気は無いから安心してくれ。そうだなぁ……まずは君の御家族からちょっとしたお気持ちをいただこうかな。悪役らしくね。その後は君が心変わりして仲間になるっていうなら万々歳。ファミリーは男所帯だからね。きっと皆は歓迎するよ」
「もしそれが嫌だとしたら……?」
「そうだなぁ。君のためにふかふかの土のベッドを用意しようか。きっとよく眠れるさ」
俺の口からは引きつった笑いしか漏れない。
「ファミリーの姫になるかガチの眠り姫になるか、ってコト?」
「そういうこと。物分りが良くて助かるよ」
ローズは俺からすっと離れ「ナルカル」と呼ぶ。
「ひとまずこの子を休ませてあげてくれ。御家族にあいさつするのはその後にしよう」
ナルカルはこくりと頷き、
「こっち」
と俺を案内しようとした。
その時。
天井に近い位置にある窓ガラスが割れ、何かがこちらを目掛けて落ちてきた。
「ッ!」
身体が突然浮いた。
間近に迫ったナルカルの顔に驚く。
これはお姫様抱っこ、というやつだ。
「あの……ナルカルさん……?」
「あ……ごめん」
硬直する俺に対しナルカルに照れはなかった。俺を庇って避けるために無意識で抱えてしまったらしく、すぐさまその場に下ろしてもらう。
俺の1歩前に立つナルカルとともに落下物を見やる。
落下の衝撃で舞った煙の中から見える見覚えのある姿。
金髪の髪に、仰々しい高貴な衣装。
「僕の子猫ちゃんに……手を出すなッ!!」
落下してきた主は聞き覚えのある声でナルカルに襲いかかる。
ナルカルは両腕を前方に構え防御の姿勢をとったが、勢いを受け止めきれず俺よりかなり後方に積まれた木箱の山へ吹き飛ばされた。
「クロキ?!」
窓から飛び込んできた人物。それは紛れもなく、オカを買うために並んでいたはずのクロキだった。
クロキは別人のように険しい表情をしていたが、俺の姿を確認すると、いつもの爽やかな笑顔を作ってみせた。
「やあ、助けに来たよ、子猫ちゃん。無事かい?」
「危うく3度目の転生になるところだったぜ……」
「転生?」
「ああいや、ただの例え! にしても、どうしてここがわかったんだ?」
その質問にクロキは当然と言った顔をする。
「君の身体に探知魔法をかけているからね。君が今どこで何をしているか、僕にはいつでもわかるよ」
「あれ? しれっと怖いこと言ってないかコイツ……?」
「はは、気にしない気にしない」
お巡りさんコイツもです。
「こちらから連絡する手間が省けてよかった」
俺とクロキの会話をローズが割って入る。
「しかし、まさか領主様のご子息が来るとはね。2人はどういう関係かな?」
「僕と子猫ちゃんがお似合いで気になっちゃうのはわかるけど、小物悪党に語ることなんてないよ」
「こもっ……?!」
小物という言葉がグサリと刺さりつつも、ローズは話を続ける。
「今は無名の賊でしかないが、間もなく懸賞金がかかる大悪党になるつもりさ」
「それは大変だ。でも、君にかけるべきはお縄だと思うよ」
向かい合った2人の脚に力が込められた。
クロキは鞘に収まったままの長剣を、ローズはその半分ほどの長さの曲剣を構えた。
俺が瞬きをした時、既に2人の剣筋は衝突していた。
おそらく正統派であろう剣主体の剣術らしい動きのクロキに対して、剣だけでなく足払いや跳躍を織り交ぜた動きのローズ。
「ボス、楽しんでる」
音もなく隣に立っていたナルカルに心臓が鳩時計した。
「わっ、ナルカル! ……えと、元気だったか?」
「うん……元気」
元気という割には服が大破しているし頭に木材も刺さっているが、気にしては負けな気がした。
「あの……クロキ? って人、強いね」
「そうなのか?」
「ボスはああいうアウトロースタイルだから、本来は正統派をカモにできるはず」
「確かに正統派はイレギュラーに弱いって王道展開だよなぁ」
急襲とはいえナルカルをワンパンしてボスであるローズと互角にやり合ってるってきっと凄いことなんだろうな……。
それにあの顔面偏差値で俺のピンチにも駆けつけてくれる。
そういえばこの姿で初めて転生した時も助けてくれたよな……。いつも助けてくれてまるで……。
「まるで……」
「まるで?」
ナルカルの声にはっとする。
「あ! いや!!」
両手を顔の前にあげ「違います」の意思表示をする。
「違うの!!」
「?? ……なんか顔、赤い?」
「違う! ときめいてなんかない!」
「ときめき……? じゃあ、まるでって言ったのは?」
「まるで……えーっと……、そ、そう……それはだな……ええーっと……」
頭にモヤがかかったように思考が働かない。
必死に「まるで」から繋がる単語を探し、漏れたのは……。
「ま……、まるで……バツで三角が好き……かな……?」
自分でもはっきりと思う。
それは無理がある。
ナルカルの表情を伺う。
ナルカルはどこか考えた顔で。
「俺は……バツでまるの三角が好き」
「へ、へぇ〜。ちょっと近いね」
「うん。嬉しい」
……ごまかせたようで結構。
でも。
……なんの会話なのこれ。
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