第7話 ファミリーのボブ

 次に目が覚めた時、俺の心はやけに落ち着いていた。俺の中の「誰か」は心の奥底にでも引っ込んだのだろう。

 周りを見渡す。

 体育館のように天井の高い建物の中。木製のコンテナが無造作に陳列された空間。

 恐らくどこかの倉庫、だろうか。

 やけに高い位置に並んだ窓からうっすらと日が差し込んでいることから、まだそんなに時間は経っていない。夕方になる少し前くらい、だろうか。

 もっと状況把握に努めたいところだが、腕はロープで縛られ柱に繋がれているため身動きはあまり取れない。どこかに繋がっているわけではないが、首にも大仰な首輪が巻かれている。

 スーパーで飼い主を待つワン様の気分だ。

「や、起きたね……おはよ」

 聞き覚えのある弱々しい声。

「おかげさまでな。……ナルカル……だったかお前」

 若干の苛立ちを見せた俺に、またもやナルカルはバツが悪そうに眉をひそめる。

「そう。……大変なことに巻き込んでごめんね、本当に」

 誘拐犯という割にこいつは雰囲気がどこかズレている。こういうことをする連中はさっき俺を気絶させたあいつ(絶対許さん)みたいなThe・悪者な性格をしてそうなものだが。

 まさか良心を持ってるタイプの悪役か、と期待を込めて堅実な交渉を持ちかける。

「悪いって思ってんなら逃がしてくれてもいいんじゃねーか? 俺の可愛すぎる顔に免じて、なっ?」

 キラッ☆という擬音を生み出せるくらいのウィンクも添える。

「……」

「なっ?☆」

 奇跡的タイミングの瞬きで見逃したのかと思い再度ウィンクを披露するが、反応は無い。

「……ごめん、それは無理」

「なっ!? ま、まぁそりゃそうか。お前もこの悪者組織の一員。立場があるもんな」

「いやあの……立場よりも顔的に、免じられないかなって……」

「態度の割に意外と言うじゃねーかオマエぶん殴るぞ」

 ふふふ、とまた吐息のような笑を零したナルカルは、俺を繋いでいたロープを柱から解く。

「それに、どうするかは……ボスが決める」

「ボブ?」

 BGMが止んだ気がした。

「あー……ええと……ごめんな? つまんないこと言って」

 ナルカルはこちらをジト目で一瞥し、先程のことがなかったかのように歩き始める。

「案内……するよ。ボスは悪人だけど、悪い人じゃない。だから、仲間になれば悪いようにはしない。…………はず」

「今小さい声でって言ったよな不安しかないぞおい」

 ナルカルに案内されるがままに、木箱の間をすり抜けていく。まるで迷路のようなそれが急に開けて広間になった時、ナルカルが立ち止まった。

 着いたということなのだろう。ナルカルより前に踏み出し、人混みの中からボスらしき人物を探す。きっとひと目でわかるくらいオーラの違う人間なんだろう。

「……」

 ひと目でわかるくらいオーラの違う……

「……」

 きっとひと目で……

「……ごめんナルカル、どれ?」

 いやみんな厳つすぎてそれっぽいわ。

 なんなら世紀末。治安悪すぎだろ。

「あれ……」

 ナルカルが指差す方に向き直る。

 積み重なった木箱の上に座る、オールバックの男。俯いているように見えるが、たまにこちらをちらりと見ては俯くのを繰り返している。

 いかにもな声掛けられ待ち。

「あー、あれね!」

 待たせてしまった申し訳なさもあり、小走りで男の前に立つ。

 やっとのことで見つけてもらえたボスらしき男は、呆れた顔をどうにか取り繕いながら重々しく口を開いた。

「……やあ。ファミリーがお世話になったね。私はローズ。……このファミリーのボブだ」

 今日はBGMがよく止まる日だ。

「……あ、それさっきやっちゃったんで」

 指摘されても男は動揺しない。さすがはボス。

「あぁ、そうか。それはすまなかった。今のは無かったことにしてくれ。……では、気を取り直して」

 わざとらしく座り直し、再度重々しく口を開く。もはや軽い。

「ファミリーがお世話になったね。私はローズ。形式上、このファミリーの大黒柱ということになる」

 このローズという男、周りのファミリー達と比べると線が細い。特別細身というわけではないが、頬の痩けたやつれ顔、ほんの数本垂れ下がった頼りないオールバック。大黒柱の印象には程遠い。

「小白柱の方が解釈一致だぞ」

「あぁ! それよく言われるよ」

「なんでちょっと照れてんだよ」

 威厳ステータス0なんじゃないかこいつ。

「それはそれとして。今回君を誘拐した理由は他でもない」

 俺は生唾を飲んだ。威厳0とはいえ悪党のボスに狙われる理由。それはきっと選ばれし何かしらのあれが……

「仲間の身勝手な独断だ」

「……あれ?」

「きっと裕福そうな格好をしていたからノリでさらっちゃったんだろうね。たまによくあるよ」

「それだけ?」

「うん。別に君の隠れた特殊能力を見込んでとかではないよ。全く」

「なんでピンポイントで心読んでんだ余計に傷つくだろ」

 アハハ、と笑うローズの声は乾いていた。

 ため息で笑いを止めると、神妙な顔つきになる。

「まあそれでも、誘拐された側は普通、悪党のボスを目の前にしたら萎縮するってもんさ」

 ローズはそう言うと木箱の山から飛び降り、俺の目の前に降り立つ。

 首輪の紐で俺の顔を強引に引き寄せ、耳元でローズが囁く。

「それに比べ君の胆力は非常に魅力的だ」

 これまで飄々としていた口調から一変、温度感のある声に冷や汗が流れる。

「悪役ってのは舐められないのがモットーでね。顔なり口先なり態度なり、厚着できる人間が好ましい」

 耳元から離れ、ローズと至近距離で顔を見合わせる。

「特殊な能力はなくても、君自身を評価しているんだ。……どうだい、ファミリーに入る気はないか?」

 再度、生唾を飲み込んだ。

 軽口を叩きあってはいたが、ここは悪党のアジト。絶体絶命の窮地には変わりない。

 ナルカルの言葉が過ぎる。

 仲間になれば悪いようにはしない。

 つまり、俺が選ぶべき選択はひとつ。

 俺はローズを見据えながらゆっくりと、口を開いた。

「……当然。答えはNoだ」

 ありったけの敵意とめいっぱいの皮肉を込めた顔で吐き捨てる。

「俺は暑がりだからな」

 

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