第5話 薬屋のイケメンと子猫

 外に出ると、爽やかな初夏の香りがした。

「うわぁ……すごいな」

 俺は感嘆の声を漏らした。

「ここは街の中でもずいぶん高い丘の上にあるからね。オデアカリを一望……とまではいかないけれど街は大体見渡せる」

 先程のぎこちなさはどこへやら。眼下に広がる、木組みの街並みに見とれていた。

「今日は薬屋に用があってね。ついでに街をぐるっと案内しよう。さぁ馬車へ」

 男時代に乗った馬車とは明らかに格が違う、清潔感の塊みたいな真っ白な馬車に乗り込む。

 シンデレラでも乗らんぞこんなん。

 馬車で揺られおおよそ30分。他愛もない雑談をしているうちに、先程見下ろしていた街の入口に到着していた。

「お手をどうぞ、子猫ちゃん」

「ご心配なく。足腰つよつよなんで」

 先に降りて差し伸べたクロキの手を無視して降りる。

「ツヨツヨ? 聞きなれないな、地元の方言かい?」

「そんな感じ。すっげー強いってこと」

 周囲をぐるりと見渡してみる。

 丘から見た通りの木組みの建物が立ち並び、間を埋める石畳の道が走る。

 ここは大通りの始点らしく、人々がびっしりと詰まって行き来している。馬車でこの街に来た人達はここで降りていくらしく、周囲には他にも馬車が散見された。

「さ、薬屋はこっちだよ」

 そういって案内された先は大通りから1本路地に入ったところ。路地と言っても人通りがまだ多い賑やかなところで、工房のような建物が並んでいた。軒先にフラスコのようなマークが描かれた看板が掛けられている建物の前でクロキは立ち止まる。

「ここが薬屋。店主とは顔なじみでね。良い人だからあまり気を遣わなくていいよ」

 とはいえなんだか緊張するので、扉を開けたクロキの脇からひょこっと顔を出して中を覗く。

「ゼン、いるかい」

 一見して、雑貨屋のような内装だと思った。棚には金平糖みたいな瓶詰めが並び、奥には大釜がある。直径2mはありそうな大釜の中では、よくわからない緑色の液体が煮えていた。

 怪しい色をしているが、不思議と室内にはアロマのような優しい香りが漂っていた。

「いないのかな? おーい、ゼーン」

 クロキに続いて中に入り進む。釜の煮える音だけが響く店内には、客も含めて誰もいないようだった。

「いるよ」

「ピエッ」

 が、突然耳元で囁かれた声。

 息8割声2割。なんだその首筋を舐めるような低音ボイスは!!

 鳥肌と虫酸の走る耳を抑えながら振り向くと、すぐ真後ろに男が立っていた。

「やぁ、ゼン。全然気づかなかったよ」

「どーも、領主の息子サマ」

 スクエアメガネに銀の髪。前髪は4:6くらいで分けてかきあげているが、4の方は顎下に着くほど長い。

 顔はやけに整っているが、クロキと比べるとフレッシュさは無く、少しひねくれてそうな印象を受ける。

「変わりなくて何よりだよ」

「お前もな。で、そこの子は使用人かなんかか? 今日日聞かない悲鳴だったが」

 性格の悪そうな笑みを浮かべるゼンという男。絶対に気が合わないと直感した。

「オマエが耳元で囁くからだろ! 初対面にASMRするか普通!!」

 俺の罵倒に一瞬唖然としたゼンはクスリと笑う。

「見た目の割に口悪いなお前」

「きっとオマエの性格よかマシだけどな!」

 俺とゼンの出会って5秒でバトルしかねない空気感に困惑したクロキが割って入る。

「あー、えっと、紹介しなくちゃだね。子猫ちゃん、この人は薬屋のゼン=コンタム。他の薬師とは違う独特なやり方で良い薬を作るんだよ」

 その紹介を聞いて、ゼンは不服そうに口を挟む。

「錬金術士だって言ってんだろ、薬師と一緒にスンナ」

「うーん、だって錬金術士ってよくわかんないし……」

「別モンなんだよ、薬師はあんな釜使わんだろ?」

「でも他に錬金術士って聞いたことがないしなぁ」

「錬金術士……!」

 さっきの態度とは一転、俺の目は輝いていただろう。まさかこんな身近に錬金術士が実在していたとは!

 錬金術士といえばあれだろうか! 鋼のあれだろうか! いやでも大釜置いてるしアトリエ的なあれだろうか!

「……なんだお前。錬金術士知ってんのか?」

「そりゃあ追ってたんで!!」

「ほお」というゼンと「追ってた?」と疑問符を浮かべるクロキを見てはっとする。

「あ、いや! えぇ、えーっと! ……憧れ的な……えー……なんていうか……そんなかんじで……」

 ゲームやアニメで知ってます! なんて言ったらまたもやオデアカリのような不審者扱いを受けそうだ。

 どう表現したらいいものか、と考える俺の目の前にゼンの顔が迫る。

「錬金術士に興味あるなんてお前、なかなか見る目があるな」

 覗き込むように顔を近づけるゼン。

「近い近い……」

 身近(近すぎ)。

 性格はともかく顔の整った人間にゼロ距離ガン見されたら男でも女でも気まずい。そう目と顔を逸らす俺。

 しかしその顎が掴まれ、向き直させられる。

 背を丸めてもゼンの目線の方が高いため、自然と顎を持ち上げられる形になる。

「うーんこれは錬金術士の才能がある顔だ。きっとそうに違いない多分」

「自然に顎クイすんな!」

 拒絶の表情で抵抗する俺を気にも留めず言葉を続ける。

「きっとここで働けば錬金術士としての才能が開花するだろうな。特にタダ働きで店の掃除と会計とゴミ出しをやればさらに早く開花しそうな顔をしている」

「だいぶクソ待遇だなおい」

 才能あるの? ってちょっと期待しちゃっただろーがよ。

 俺が呆れる中、隣でずっと傍観していたクロキが突然口を挟む。

「君の顔はクソなんかじゃないさ、子猫ちゃん。そうまるで夜露に濡れた紫陽花のような」

「黙っててくれ」

 さりげなくあしらわれたクロキをよそに、ゼンが聞く。

「で、こいつは?」

「あぁ、その子猫ちゃんは僕のマイキティーさ。崖から落ちた馬車の下敷きになっていた所を見つけてね。一目惚れしてつい持って帰ってきちゃった」

で誘拐するな。いやまぁ助かったけど」

「へえ。で、用件は?」

「聞いといてあんま興味無さそうだな……!」

「また例の薬か?」

「うん、そう。あとはこの子の案内にね」

 しれっと話進んじゃうんだ……。

 俺のツッコミは虚空に消え、ゼンは軽くため息を吐く。

「毎度毎度ご熱心だな。薬だって万能じゃないんだ、依存しすぎんのは毒だぞ。……ほら」

「わかってはいるさ、でもこれがないと気が休まらなくてね。ありがとう」

 依存してて度々もらってて、ないと気が休まらない薬。え、何、何の薬? 聞いちゃいけない感じ?

「じゃあ、この子の案内もあるからそろそろ失礼するよ」

 踵を返すクロキを引き止めるように声が漏れる。

「えっ、もう?」

 まだ錬金術っぽいアイテム見てないんだけど……。

「お、なんだブラック雑用やる気になったか? いつでも歓迎だぞ」

「ブラックって自分で言うのかよ。やる気失せたわ……いや、もとからねーけど」

「あはは。気が合ったようでよかった。じゃあまた来るよ」

「おう。領主サマによろしくな。それと、ウチはいつでもバイト募集中だからな」

「ぜってーいかねぇ」

 ひらひらと手を振るゼンを後にして、俺はクロキに尋ねる。

「ゼンとクロキってどういう関係?」

「僕の父上がお世話になってるって感じかな」

「ふうん」

 特に意図のない質問だったが、クロキはなにか察したらしい。

 急にこちらに向き直り手を握り。

「大丈夫、僕はキミ一筋だよ」

「いや嫉妬とかじゃないんで」

 何も察せてない。

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