第3話 子猫と初めての口付け
窓から差し込む朝日が眩しくて、目が覚めた。
ふかふかの天蓋付きベッドに、綺麗に片付いた豪勢な部屋。
あぁ、そうか。俺はこれから異世界チート無双をする予定で、昨日は馬車が無事に街に着いて良い宿を取って。
馬車が落ちて再転生したら美少女になってたなんて悪い夢の話で……
「おはよう。目が覚めたんだね、
「夢じゃなかったァァーー……」
すぐ隣でベッドに腰掛けていたのは、昨日俺を馬車の隙間から助けてくれた貴族風の男だった。
おそらくあのあとショックで気を失って、この人に助けられたのだろう。つまり、悪夢ではなく本当に美少女になってしまったのだ。
ガックリと肩を落とした俺を見て、イケメン貴族っぽい男は爽やかな笑みをこちらに向けた。
「もちろん夢なんかじゃないさ。僕と君の出会いは運命だよ、
いやなんだよマイキティーって。昨日は子猫ちゃんだっただろ……。
「あ、えと、助けてくれてありがとうございました。めちゃ助かったっす」
しかし変な男ではあるが助けてくれた恩人には変わりない。ぺこりと頭を下げる。
「いいんだ、気にしないで。君のような可憐な少女に出会えて、僕の方こそ感謝してるよ。生まれてきてくれてありがとう」
ずいぶん大仰な……と呆れていると、男は立ち上がって俺の手をそっと掴んだ。
脈でも測るのかと黙って見ていると、俺の手の甲に顔を近づけた。あまりにもさり気ない動作で俺は何をされたのか理解するのにしばらく時間がかかった。
――え?
頭が真っ白になる。
硬直した身体のまま、目線だけを動かして自分の手を見る。
手の甲に感じる確かな感触と温度。身体のどこよりもきっと柔らかで繊細な部位が、俺の手の甲に張り付いている。
経験がない俺でもわかる。これはキスという行為。
現状を理解した俺は青ざめた。
「ひぃぃぃぃ……っ!」
声にならない声が出てしまった俺は、全力でベッドの隅に後ずさりし布団で身体を隠して叫ぶ。
「な、ななな何オマエなんなの……っ?! 昨日あったばっかでろくに会話してないやつにキスするか普通?! 異世界文化なのか? 美少女にはキスしなきゃいけない文明なのか?! 日本ではそれは犯罪と呼ばれております!!!! イエス美少女ノーチュッチュー!!!」
俺の必死のドン引きと抵抗の意思はこの男には全く伝わらなかったらしく、男は笑みをこぼした。
「面白い子だね。君みたいに可愛い子に出会ったら、キスをしないと失礼だろう?」
「失礼じゃないですーっ!! むしろする方が失礼だわ!! おおおおま、オマエ! イケメンだからって何しても許されっと思ってっとマジ許さんかんな?!」
改めてまじまじ見るとこいつ、非常に腹立だしいことにありえんくらいのイケメンである。
西洋系の整った顔立ちに王道な金髪、エメラルドの瞳というキャラメイクは、いかにも爽やか笑顔の似合う王道好青年って感じだ。背も180越えてそうだし細マッチョっぽい。すげー癪に障る。
「恥ずかしがり屋さんなんだね」
「断じてNO! シンプルな嫌悪!」
なんでこんなに話通じないの……?!
猫のように威嚇する俺に全く怯む様子もなく、「あ、そういえば」と男は人差し指を立てた。
「自己紹介がまだだったよね。僕はクロキ。クロキ=アマーニアン。父がオデアカリ領の領主で、その手伝いをしてるんだ」
「おげーかり?」
聞きなれない名前だ、って異世界だからそりゃそうか。部屋からしていかにもって感じだが、領主の息子ってことはボンボンだな?
そこまで考えて、先程までニコニコと笑っていたクロキの表情が曇っていたことに気づいた。
「……キミ、まさかとは思うけど、オデアカリを知らないの? さすがに知らない人はいないと思ってたけど……」
うわ、ガチ困惑って顔! 「トーキョー? ナニソレオイシイノ?」って言ってる日本人を東京で見つけた時くらいにしかできないんじゃないかってレベルの顔をしている!
関わるべきでない不審者と思われ通報されたらまずいので、必死に弁解する。
「と、遠くの出身で! ド田舎なんだよ! もう野生っていうか自然と調和しすぎて俺がむしろ自然っていうか! そんなところだからさ! 全然こっちのこと知らなくて!」
「……へぇ! オデアカリを知らないってことは本当に遠くから来たんだね」
「ウン、ソーナノー」
上手くごまかせたようだ。
……え、今のでごまかせるの?
「どうしてこんな遠くまで来たんだい?」
「それは……えー……色々あって……偶然というか……巡り合わせというか……?」
「たしかに、僕とキミの出会いは神様の巡り合わせだね」
「いちいちその言い方ヤメロ」
こいつの毎度タラシ的な発言はどうにかならんのか。
「それで、遠くから来たんだったらこの街のこともあまり知らないんだよね? 今日泊まるところは決めてる?」
「いや、まだ街もろくに見てないしどこに宿があるのかも……」
そもそも俺、金持ってたっけ。
クロキの顔がぱぁっと明るくなり、俺の手を両手でがっしりと握った。
「じゃあ、ひとまずウチに泊まりなよ! それと、今日は街を案内するよ」
「え、いいの?」
街のことも知らないし金もない俺にとっては願ってもない申し出だった。
「もちろんさ。キミみたいな可愛い子とお近付きになれるならなんだってするよ」
そう言ってウィンクを決めるクロキ。
「じゃ、じゃあ……よろしく頼んます」
「うん。末永くよろしくね」
「すえながく……」
――あれ、もしかしてひとつ屋根の下ってまずいのでは……?
そう思った時には既に、使用人たちによる俺のおめかしが始まっていた。
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