第2話 Re:異世界TS美少女モノだーッッ!!

 鳴り響く電話の音で目を覚ますと、無機質なオフィスで立ち尽くしていた。

 20畳くらいのオフィスには10人ほどの人間がデスクに向き合っており、至る所で内線電話が鳴っている。

 このオフィスに来るのは2回目だ。そう気づくのに時間はかからなかった。

 異世界転生をする直前、女神を名乗る者に出会った場所がここだった。

 確か彼女のデスクは奥の偉そうなデスクではなく、以外にも片隅の窓際って感じの……。

「あ。……どうも」

 いた。オフィスの一番端。髪を一つ縛りにして、スクエア眼鏡をかけた女性がキーボードをカタカタと打ち鳴らしている。

 こちらのあいさつに気づき、振り向く。

「……え?」

 彼女は目を見開いて硬直した。改めてみるとすごいクマだ。猫背だし。相当ブラック企業なんだろうか、神ってのは。

「お、お久しぶりっす……?」

 とりあえず笑顔で挨拶してみた。

「は? なんでいんの? さっき送ったばっかじゃん」

 彼女は信じられない、というような顔で言う。

「え? 送ったよね?」と聞かれたので「送った送った」と頷く。

 彼女はPC画面で今開いていたものとは別のウィンドウを開き、何やらプログラムのコード(?)をスクロールして読んでいく。

「し、死んだ?! 今の一瞬で?! チート武器渡したのに? はぁ?! ザコすぎない?!」

 恐らく俺の異世界での経歴がコードとして記載されているのだろう。画面に映し出されているコードはアルファベットの集合体で、俺には読み方がわからなかった。

 にしてもザコって失礼だなオイ。

「いや事故っす、事故。山賊とかは余裕だったんすけど、馬車が崖から落ちて」

「……ハァ。事故、ねぇ」

 たまにあることなのか、「そういうことね」と呟いてキーボードを叩く。

「じゃあ、すぐ生き返らせるから。次はちゃんと気を付けて」

 俺は目を丸くした。

「え」

「え、じゃない。こっちの処理増えるんだからそういう事故死やめてよね」

「生き返らせてくれるんすか!!」

 すっかり諦めていた異世界チート無双ライフ、再び!

 感激のあまり彼女の肩をつかみ、ブンブンと揺らす。

「マジ感謝! 女神かよ?!」

「女神っつってるでしょ、って揺らさないで! 今仕上げしてエンター押すんだか……らっ?!」

 彼女がエンターキーを押す直前、何か他にもキーボードを触ってしまったらしいがよくわからなかった。

 しかし最初の異世界転生時と同じように身体が光に包まれ、俺は歓喜する。

「おお! Re:異世界生活だ! マジ感謝っす女神……!」

 そういう俺とは対照的に、彼女は少し引きつった笑みを浮かべていた。

「あ……あぁー……うん! が、がんばってねぇ……あは、ははは……」

 いろいろ大変かもだけど、とぼそっと気まずそうに呟いた彼女の言葉の真意を知らないまま、俺は再び異世界に思いを馳せる。

――あぁ、待っててくれよ、異世界美少女フィーバー!


 そして、目を覚ます。

 積み重なった馬車の破片の隙間に俺は器用に収まっていた。

 ケガはしてないが上の車輪をどかさないと動けそうにない。

「大丈夫かい、キミ」

 そう声をかけられて顔を上げると、目の前に貴族っぽい若い男が立っていた。

 助かった! ちょうど良いところに通りがかってくれた!

「今助けるからね、子猫ちゃん」

 ん? 子猫ちゃん……?

「あの、俺子猫じゃなくて人間なんすけど」

「え? あぁ、ただの例えさ。それくらい可愛いってことさ、お嬢さん」

 お嬢……さん?

 何、こいつ俺のことお嬢さんだと勘違いしてんの?

 もしかしてめっちゃ目悪いとか? いやでも声でわかるだろさすがに……。

「さ、もう大丈夫だよ。子猫ちゃん」

「ど、ども……」

 まぁ、何はともあれ助けてくれたのに違いはない。

 俺は立ち上がり、服の汚れを払う。

 フリルの隙間に入った砂がなかなか落ちない。

――あれ、俺こんなフリフリな服着てたっけ……?

 俺は自分の手をまじまじと見る。

――俺の手ってこんな細くて白かったっけ……?

 こういうの、知ってるぞ……?!

「な、なぁ、アンタ。鏡とか、顔見れそうなの持ってない?」

「え? あいにく持ってないけれど……そこの水たまりなら顔くらいは見れるんじゃないかな」

 俺は水たまりの前にスライディング正座し、すーはーすーはーと深呼吸を何回かしてから恐る恐る水たまりを覗く。

「こ……これは……!!」


 鳩尾ほどの長さのある、薄い紫色の透き通った髪。前髪は丁寧に切りそろえられ、毛先は緩いウェーブを描くように巻かれている。

 丸みを帯びた大きな瞳は幼さを印象づけるが、20歳前後にみえるしなやかな身体付きと相まって、清楚で穏やかなあどけない少女という完璧な配合を生み出していた。

 つまり、そこに映っていたのは。


「異世界TS美少女モノだぁーッッ!!!」


 この世の者とは思えない、絶世の美少女だった。

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