第3話 手料理

男が研修医時代から惰性で住み続けている1Kのアパートを見た娘は愕然としていた。

敷きっぱなしにされた布団と卓袱台、その上に置かれた残り僅かな甲類焼酎のボトルが部屋の真ん中に鎮座し、その周りは衣装箪笥と医学書の詰められた小さな本棚があるのみ。TVや漫画のような娯楽品は一切無い。

これは男にとっては当たり前の光景だが、娘には新鮮すぎる光景らしく感想に困っているのが表情から見て取れる。


「…先生って趣味とか何してらっしゃるの?」


引きつった笑みを浮かべて尋ねる娘に男は「無いですねぇ」とだけ返した。


「勤務医の休みなんて月に4〜5日あれば良い方ですからね、そこに趣味を詰め込むだけの体力は無いです。それでも新人時代に比べればかなり休めるようになった方ですけど」


「先生、よく生きてますね」


娘は驚きをそのまま口にしつつ、買ってきた食材を台所へと運んだ。そして「あらまぁ」と声を上げた。

長らく料理をしていない台所には埃が被っていた。調理器具も古く、娘は「これはご飯が作れるかしら」と困惑しながらも調理を始めた。


結果として調理はできた。切れ味の悪い包丁で強引にキャベツや豚バラ肉を切り、フライパンに肉を焦げ付かせながらも娘は肉野菜炒めを作り上げた。

肉も野菜もボロボロになって実に不格好だったが、焼肉のタレを絡めて全体を茶色く染めれば見られるくらいの出来にはなった。

男は久し振りに社員食堂以外の手料理を口にし「手料理ってこんなだったかな」と思った。飛び抜けて美味いという程ではないが安心する味だった。


「先生、お味はいかが?」


「美味しいですよ」


「嬉しいわぁ」


向かい合って座る娘の顔に満面の笑みが浮かんだ。男は何故だかいたたまれない気持ちになった。

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