第2話 期待の先には
「……改めまして【
「……ちょっと情報量が多すぎるな。」
もはやどこから掘り下げれば良いのか分からないレベルである。
今現在、僕の自室でなされているのは、今日から家族となった義妹、【紅葉 暁】による簡単な自己紹介というやつだった。
約半年ぶりに部屋の電気を点け、久方の沈黙を守っていた真っ白の蛍光色もその鬱憤を晴らすかの如く、長らく暗闇に浸っていた僕の瞳を突き刺してくる。
あまりの眩しさに顔を顰めてしまうが、せっかくの顔合わせだというのに、表情も見え難い暗闇の中で済ませてしまうのは、あまりよろしくないだろう。
「……ちなみに、身長は166.3cm、体重は48.2kg好きな食べ物はカレー、嫌いな食べ物はお野菜の煮物全般、最近ハマっているのは映画鑑賞で、お気に入りのジャンルは時代劇アクションもの。昔遊んでいたRPGゲームでの名前は『セイバーマスター』です♡」
「うん、それは僕の自己紹介だわ。」
……というか、何でそんなこと知ってんの?普通に怖いんだけど。
ニコニコと屈託のない笑顔で話す目の前の少女。
その可愛らしい表情の向こう側に、何か恐ろしいものを感じてしまうのは僕だけだろうか。
「……?何も怖いことはないですよ?言ってるじゃないですか、私の大好きなものは義兄さんだって。好きな人のことを知る為に努力するのはダメなことですか?」
「いや、別にダメなことじゃないけど……って地味に今、心の声を読まれた!?」
まさかこの子が、読心術の使い手だったとは。
この世にエスパーなる人間が存在するなんて、いやはや世界は広いものである。
一瞬、何の違和感もなく会話が成立しそうになった事実に戦慄の走る感覚を覚えたが、その事について僕が言及する間もなく、彼女は口を開いた。
「……それより義兄さん、私ね、今日誕生日なんです。13歳になったんです。」
「……は、はぁ。」
それは最初の自己紹介でも聞いたことだ。
この家に来て初日、その日に誕生日を迎える……つまり、13歳になると同時に、この子はこの家の養子になるということで、うちの両親と相手の家で話を進めていたのかもしれない。
そんなことを考えながら、彼女の次の言葉を待つ。
「…………。」
「…………。」
…………。
「…………?」
「…………。」
しかし、何故か彼女はじっと僕を見つめたまま、口を一向に開かない。
ただ向けられる視線が、『次の言葉』を待つように―――まるで何かを期待しているかのように、待ち焦がれる熱を孕んでいる。
「…………あー、誕生日おめでとう。」
「……!はい!ありがとうございます!」
そこでやっと思い至ったのが、それだった。
……そう言えば、誕生日なんて今まで意識したこともなかったな。
祝われることは何度かあったが、祝ったことなんて一度もない。
そもそも、誕生日を祝うような友達がいなかったのだから、そんなことを気にしたことすら無かった。
……それにしたって、親の誕生日すら覚えてないのは流石にダメだよな。
自分のあまりの薄情さに、思わずため息が漏れ出る。
親に見捨てられただとかネガティブな思考に行き着く前に、まずは自分から、二人のことを理解しようとすることが大切なのではないかと、そう思った。
「……ところで私、せっかくの誕生日なので、義兄さんから誕生日プレゼントが欲しいんです。」
すると、僕の思考を切り裂くようにして、彼女の声が割って入ってくる。
「……お、おう、義妹1日目にしては随分と図々しいな。」
「もちろんです。この世界で生きていくには、家ぐるみのパーティーでも、美味しい料理だけさっさと食べて、残りは全部タッパーに詰め込んで爆速で帰宅するくらいの図太さがないと。」
「それはもはやテロだろ。」
「えへへ♡」
「何も褒めてないが?」
調子の良い様子を見せる彼女に若干呆れながらも、先の会話で気になる部分があったので、今度こそはと、早急に彼女へ追求する。
「そう言えば今、『家ぐるみのパーティー』って言ってたけど、それは実際に経験したことなのか?」
この疑問は、彼女のことを知る上でも役立つのではないかとそう思う。
……『家ぐるみのパーティー』なんて、ブルジョワが開いているイメージしかないんだけど、アキラの実家はお金持ちなのだろうか。
そうだったらどうだとか、別にそう言うことでもないのだが、単純に好奇心が湧いたのだ。
しかし―――
「…………どうしてそんなことが気になるんですか?」
「……いや、例えとして出すにはピンポイントだったと言うか、それに、僕は君のことをまだ何も―――」
―――知らないから。
と、その言葉が僕の口から出ることはなかった。
「―――義兄さん。」
床に正座していたはずの彼女は、気付けば僕のすぐ目の前まで迫っていて―――
……そして、またもや僕は包まれた。
ギュッと、頭に仄かな膨らみを押し付けられる。
甘くて優しい花のような香りが鼻腔をくすぐる。
彼女の胸元に顔を埋めるようにして、僕は抱き締められていた。
「……私は義兄さんに嘘を吐けません。」
彼女は優しく、それでいてどこか寂しそうに、そう呟く。
「……嘘を、吐きたくありません。」
その声は、少しだけ震えていた。
……ような気がした。
「……だからこそ、こう言います。」
やがて短い抱擁は終わり、一歩下がって彼女は真正面に僕を捉えると、微笑んで言った。
「―――義兄さんが、私のことを気にする必要はありません。」
「……え?」
「―――私の過去を知る必要はありません。そんなものを、気にする必要もありません。」
やはり彼女は笑っていた。
穏やかに、慈しむように。
……そして、悲しそうに。
「私と義兄さんは家族。今はただ、それだけが大切なんです。」
『その事実だけが重要なのだ』と、彼女は言う。
「…………そうか、分かった。」
なんとなく、『触れてはいけないのだな』とそう感じとった僕は、これ以上の追求はもうしないことにした。
「……そういやさっき、誕生日プレゼントがどうとか言ってたな。」
やがて話を戻すように、僕は再度口を開く。
「……くれるんですか?」
「……まぁ、可能な範囲で。」
僕がそう言葉を返すと、彼女は信じられないといったふうに驚いてみせた。
「……正直、あまり期待はしていませんでした。」
「……僕って、そんなに心無い人間に見えるのか?」
「あ、いえ、そうじゃなくて、急なお願いだったから……そのまま流されちゃうかなって。」
一度プレゼントをご所望しておいて、いったいどこを遠慮しているのか。
「……誕生日と、歓迎祝いみたいな感じで、僕にできることならやってみるから。」
「ほ、本当ですか?そ、それじゃあ―――!」
僕の言葉で目の前の少女……アキラの表情がパァーっと明るくなる。
瞳に輝きが戻り、年相応の無邪気な表情がとても愛らしい。
そんなに欲しいものがあったのかと、若干面食らっていると、やがて少女はこう告げた。
真っ直ぐな目で。
ハキハキと。
一語一句違わずに。
「―――義兄さんに、キスして欲しいです♡」
「…………はぇ?」
純粋な瞳で言い放った彼女をよそに、その言葉の意味を理解した僕の背筋には、妙に冷たい汗が流れていくのを感じてしまった。
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