義妹ができた。めちゃくちゃ尽くしてくれるけど、とんでもないヤンデレだった。

ぬヌ

第1話 義妹ができた

―――僕に妹ができる。


両親からそう告げられたのは、ある日突然のことだった。


「…………は?」


その唐突な報告に、僕は唖然としてしまう。


あまりにも急すぎたのと、あまりにも現実離れした内容だったので、一瞬、夢を見ているのかと疑ったが、自分の太ももをつねったことによって、これが現実であることを認識した。痛い……


―――僕の名前は【紅葉もみじ かえで】。


ちょうど昨月、中学三年生へと進学した、不登校児である。


……そう、僕は学校に行っていない。


ちなみにいつから不登校なのかと言うと、確か去年の十月頭くらいからだった気がする。


今日までの間、家の外に一歩も出ていないので、今が五月の初旬ということは、引き籠もりになって八ヶ月が経ってしまっているということ。


こうなってしまった理由は色々あるのだが、一番の理由としては『人と関わるのが嫌になった』という在り来りなものだった。


……そして今日、とうとう両親が僕に話を持ち掛けてきたのだから、てっきり喝でも入れられるのかと思ってたんだけど。


蓋を開けてみれば、それは予想だにしていなかったまさかの報告だったというわけだ。


「知り合いの家から養子として引き取ることになってな。うちで面倒見ようって。」


「とってもいい子だから、あなたも直ぐに打ち解けられると思うわ。」


両親は共に、にこやかにそう話すが、その様子とは相反するような僕の表情はこの二人には見えていないのだろうか。


「……まぁ、なんでもいいや。」


変に身構えていた僕は緊張を解き、そうとだけ言い残して席を立つ。


どうやら話は終わりみたいだし。


「ちょ、ちょっと楓?何かこう、もっと思うこととか無いの?」


「そうだぞ。これから家族になるんだから、なんでもいいやということはないだろう。」


「…………。」


去り際の僕の背中にそんな言葉が投げ掛けられる。


……と言われてもな。


養子を迎えたとして、そいつを養うのは両親なんだし、僕が何か意見するようなことでもないだろう。


……強いて言うなら―――


「……せっかく兄ができるのに、こんな引き籠もりの情けない男がそれだなんて、さぞ失望されるだろうな。」


自嘲気味にそう呟いて、今度こそリビングを後にした。































「……はぁ。」


リビングを出た後、真っ直ぐに自分の部屋へと向かい、そして、暗い部屋の古びた椅子に腰を下ろす。


物が散乱した机、足の踏み場もない床。


……そして、この部屋で唯一の光源、青白い輝きを放つディスプレイ。


この場所から見渡すと、目に映るのはそれら以外に何も無い。


典型的な不登校男子のような汚部屋だ。


「…………妹、か。」


暗闇に包まれる静寂の中、ポツリと発した僕の声が妙に耳元で残響する。


きっと、まだその言葉の響きに実感を得ていないからであろう。


……それにしても、いきなり妹ができるだなんて、まるで何かのラノベにありそうな展開だな。


まさか現実でこんなことが起こるとは思っていなかったが、創作の世界でならありがちなパターンではないだろうか。


世にありふれるネット小説にも、この手のジャンルは需要があると聞く。


義妹(義姉)という属性は、家族という立場上、簡単に関係性の構築を説明しやすいし、『言うても元は他人』という便利な説明で恋愛的展開にももっていきやすい。


このシンプルかつ便利な関係性で、制作者も読者側も『理解しやすく面白い』ラブコメを享受できるというわけだ。


……って、僕はなんの話をしているんだ。


そういった小説もまともに読んだことないくせして、気付いたら饒舌語りしてしまっていた。


……僕って昔からこうだよな。


考えたとしても別にどうともならないような、無駄なことを考えるのが僕という人間だ。


宇宙はどれくらい広いんだろうだとか、世界から戦争はなくならないのだろうか、だとか。


それを探究心に変えて、実際になんらかの行動を起こすのならばそれらの思考は無駄ではないのだろうが、僕の場合は、考えるだけ考えて結局答えは出ないまま、ただただ時間を浪費するだけ。


これで不登校の引き籠もりニートなのだから、目も当てられない。


「……マジで終わってるな。」


情けないにも程がある。


宇宙の広さとか、世界の平和だとかを考える前に、先ずは自分の将来を考えろ。という心の中の声が、僕自身を嘲笑った。


「……ハッ。」


自嘲の笑みが漏れる。

底辺も底辺でいい所だ。


こんなのが兄になる義妹の立場が、今から不憫で仕方がない。


……両親はきっと、こんなゴミのような僕を見限ったんだ。


その証拠に、自室に籠って永遠に腐っている息子相手に、お咎めの言葉一つも吐きやしない。


もうきっと、僕のことを諦めているんだ。


だから、このまま誰からも必要とされなくなって、そして僕は死んでいく。


……それじゃあ。


…………それじゃあ。


「…………もう生きてる価値ないじゃん。」


ポツリと、ひとりでに呟いた。


……悲しい、虚しい、寂しい。


口にしてしまえば、溢れ出てくる。


消えたい。


消えてしまいたい。


僕なんて無価値だ。


無為に時間をすり潰して、こうやって無駄に生き永らえている。


きっと、この先も、誰にも愛されずに僕は……


『無意味な人生を歩むんだ。』と僕の言葉は続いた。


―――続く、はずだった。


「―――そんなことないですよ。」


その声が、僕の頭上から降り注ぐまでは、そう思っていた。


「…………ぇ、?」


瞬間、背後から優しく抱き締められる。


ギィィと椅子に重みが加わり、暖かい感触が僕を包み込む。


柔らかい肌だ。


白くて、優しい。


そして何より―――


……暖かい。


逃れられない焦燥は、波のようにどこかへと引いて行った。


ただ淡色の温もりが、僕の心を満たしていった。


熱くて甘い誰かの吐息が、僕の鼓膜を震わせる。


脳内に染まる薄紅色が―――僕の思考を溶かしていく。


「…………ぁ、」


宙に浮いてしまうような、そんな浮遊感が理性を支配するままに。


色白の手が僕の頬に添えられ、そして、目の前に迫った小さな唇を、僕のそれと重ね―――


「―――るかぁぁあ!!お前誰だぁあ!?」


―――寸でのところで、僕は意識を取り戻した。


「ちぇー、あと少しだったのに…………」


「何が!?何があと少しなんだ!?というかお前誰だ!?」


その場から飛び退き、目の前に佇むその人物を見やる。


まず初めに目に付いたのは、銀色の髪だ。


長く、滑らかで、まるで絹のようにきめ細やかな髪。


そして次に、瞳。


暗闇でも見えるその碧色の大きな目は、宝石さながらといった輝きを放っている。


最後に、その表情。


浮かべる微笑みはどこまでも穏やかで、容姿も相まって、まるで神の遣わした救いの天使が、この場に舞い降りたのではないかという錯覚まで抱くに至るほどであった。


「――――――。」


一瞬、この場に居るにはあまりにも似つかわしくない天使のような微笑みに、目を奪われてしまう。


―――見惚れるような感覚を、抱いてしまう。


「……あきらです。」


「…………え?」


そんな時、突然彼女が口を開いた。


「私の名前、【紅葉もみじ あきら】って言います。」


「…………紅葉、、、暁?」


【紅葉】はうちの性名だ。


けど、【暁】なんて名前のやつ、この家はおろか、親戚にも存在しない。


それが意味することはつまり―――


「……はい♡これからは家族の一員として、沢山仲良くしてくださいね?義兄さん♡」


彼女は変わらず微笑んでいた。


けれどその笑みは、天使の浮かべるそれとは程遠い―――どこか妖しくて、人を惑わせるような、そんな蠱惑的なものに見えてしまった。





































「……ルンルンルーン♪」


今日という日をどれだけ待ち侘びたことか、それを理解できるのは、この世界に私以外では居ないだろう。


「ルンルルンルルーン♪」


必要なものをバッグに詰めて、私は意気揚々と自宅を出る。


……今日はなんだか、いつもより風が気持ち良く感じる。


私を出迎える青い空。

太陽の煌めきが一際ひときわ眩しい。

小鳥の囀る音が、私の気分を上げてくれる。


晴れやかな青い空の下、肺いっぱいに空気を吸い込み深呼吸。


腕をグッと伸ばして、吸い込んだ息を吐くと同時に脱力させる。


「……うーーん!うん!絶好調!」


口元には自然と笑みが溢れ、気付けば私は走り出していた。



「……アキラちゃんがうちに来てくれるとなると、色々と助かるな。」


「そうね〜、本当に良かったわ。」


「いえいえそんな、逆に、私なんかを養子として引き入れて下さるなんて、お二人には頭が上がりません。」


テーブルを挟んで向かい側、目の前の席に腰掛ける男女二人に、私は頭を下げる。


「ふふっ、これからは家族なんだから、そんなに畏まる必要はないのよ。」


女性の方がそう言うと、男性も同調するように頷いた。


私はもう一度礼を口にし、そして二人に本心を打ち明ける。


「……それに、私も義兄さんができるのが、その、凄く楽しみで。」


そう言葉を発した次の瞬間、僅かに二人の顔に影が差す。


その表情の変化に気付きながらも、私は続く言葉を吐き出していく。


「……ずっと昔から、年上の頼れる兄姉が欲しいと思っていたので。」


「……そうか。」


重苦しく息を吐き出すように、男性は言葉を零す。


「……それなら、話しておかないとだが、あの子は―――」


「―――知ってますよ。」


しかし、それに被せるようにして、私は話を遮った。


「……可哀想な義兄さん。人を信じることが嫌になってしまったんですよね。」


できるなら、今すぐにでも彼のことを抱き締めてあげたい。


「……裏切られて、罪を背負って、見世物にされたんですよね。」


できるなら、今すぐにでも彼の耳元で囁いてあげたい。


『……私が傍に居るから、もう大丈夫です』って。


「……でも、もう心配はいりません。」


驚いたように目を見開く目の前の二人に、私は告げる。


その言葉を。


私の気持ちを。


―――『あの日』交わした約束を。


「『―――私が、義兄さんを守りますから。』ね♡」



急ぐ足を更に急かす。


私の湧き上がる気持ちに呼応するように、心臓の音がうるさく響いている。


駆ける足は止まらず、ただ愛しい彼の元へと、私は一直線に駆けて行った。
























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