第35話

 おじいさんが絵の束をギルドに置いてこなかったのは、自分の身体が治ったことを知られたくなかったためだった。


「そのためには、お嬢さんの話をしなくちゃならねぇだろうし、そうなると大騒ぎになりそうじゃねぇか」


 そんな騒ぎに巻き込まれて、絵を描く時間をとられたくはなかったのだとか。

 うん、よい判断だね。


「でも、こんな近くに住んでたら、身体が治ったことなんてバレちゃうんじゃないの?」

「それがそうでもないんだよ」


 階下からおばあさんが、私たちにお茶を出すために、わざわざ大きなポットとカップを持って上がってきた。


「こんな狭いところじゃなくて、奥の部屋に行きな」

「ああ、そうだな」


 おじいさんたちに案内された部屋で、お茶をいただきながら、双子は絵付きの魔物情報を熱心に見ている。


「それで、今描いているのは何か聞いてもいい?」

「ああ。これかい。よそのギルドでも貼りだすなり、まとめたものなりを作れないかと思ってな」


 どうも、隠れて描いてた時期に、魔物の情報を貼りだしている部屋にいた新人冒険者たちの話を聞いたのが発端らしい。


「新人冒険者?」

「ああ。その新人冒険者本人じゃなく、その兄の幼馴染のパーティの話らしんだが」


 どうも、まだランクが低いっていうのに護衛の依頼を受けてしまったらしい。

 その道中、彼らが知らなかった魔物と遭遇したらしい。その魔物の弱点なり、対処方法なりを知っていたなら、よかったのだが、その時に冒険者を続けるのには厳しい怪我をおってしまったらしい。

 新人冒険者が、壁に貼ってあったおじいさんの絵を見ながら、こういうのが、幼馴染の所属していたギルドにもあれば、違ったのだろうか、と言っていたのだそうだ。


「どこの町のギルドにも、魔物情報をまとめたモノはあるにはある。ただ、ほとんどの若い冒険者は、そんなのを頼らずに自分の経験で覚えていく者も多い……でもな、最低限の情報はギルドでも収集はしてるんだ。カイドンのギルドにゃ、俺が描いたのがあるからか、興味を持って見る奴らが多くてな。比較的、魔物絡みでのトラブルは少ないって、ギルドマスターが前に言ってたのを思い出してなぁ」


 照れくさそうにいうおじいさん。


「なんだ。おじいさんもやる気が出てきたってことね」


 私も、おじいさんの絵のまとまったものが出来たら、あっちのギルドにでも話ができないかな、って思ってたし、ちょうどいい。

 ただ、おじいさん一人でやるのは無理がある。


「パメラ姉様、知り合いとかに、絵が上手な人っていない?」

「うん? 絵描きになった友人ならいるけど、どっちかというと貴族に売るような感じの絵を描くやつよ?」

「あー、そうか。おじいさんの画風に近い絵を描くような人がいれば、いいな、って思ったんだけど……」

「だったら、複写の魔道具を使えばいいんじゃないか?」


 イザーク兄様の言葉に、みんなが固まる。


「……そんなのあるの?」


 あっちの世界ではコンビニなんかにも普通にあったコピー機。こっちじゃ当然見たことなどなかった。だから、普通にないもんだと思ってた。

 そうか、魔道具って手があったじゃないか!


「城の書類の基本になるものは、量が多いからな。専用の複写の魔道具を使ってるぞ?」

「知らんかった」


 そんなのがあるんだったら、おじいさんに描いてもらわなくても、私がもらった絵で複写とかすればいいじゃん!


「うちのギルドにも大量に書類はあったが、そんなもん、なかったぞ?」

「ああ、かなり高額なものなんで、城の書類作成の部署にしか置いてなかった気がする。ギルドも本部にならあるんじゃないか?」

「なら、だめじゃん!」


 お城の中で使うような高級品、買えるわけがない。


「いや、素材さえ集めれば、作ってくれる魔道具師なら知り合いにいる」

「イザーク兄さん、それって」

「うん、あいつだよ」

「「げーっ!」」


 双子が、同じタイミングで思いっきり嫌そうな声をあげた。

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