第32話

 私たちは以前案内された応接室で、お茶を飲んでいる。これは前回同様に、コークシスの高級茶葉だろうか。

 私とイザーク兄様が大きなソファに座り、双子とボブさんたちは背後に立っている。なんか、私たち、偉そう?

 一方で目の前には、先ほど土下座した奥さん……ライラさん。そして。


「誠に申し訳ございませんでした」


 彼女のご主人でもある、ノドルドン商会会長のエイフさんが、深々と頭を下げている。年齢的には60代くらいだろうか。なかなかのイケオジ具合に、ほほぉ、とか思ってしまう。30代後半に見えるライラさんと並ぶと、年の離れたご夫婦に見えるけれど……実際はどうだろう?


「行商先からもヤコフから連絡をもらってはいたのですが、ミーシャ様に謝罪をと思いましても、連絡手段がございませんでして……」

「精霊たちに聞いても詳しいことは教えてもらえず……」


 確かに、ライラさんが話せる精霊クラスでは、精霊王様に連絡するのも無理だろうし。連絡してきたとしても、相手にしなかっただろう。


「まぁ、ヤコフさんの問題ではなく、護衛だった冒険者の問題ですし」

「いえ、その冒険者の質を見極めきれなかった、我々の問題です。本当に、申し訳ございませんでした」


 商会長に頭を下げさせている私の様子に、ボブさんたちもびっくりしている。こそこそと双子が説明をしているようで、途中から、なるほど、という感じで頷いていた。


「いえ、本当にこちらは気にしていませんから」

「しかし」


 謝罪を受け入れないと、いつまでも繰り返されそうなので、素直に受け入れることにして別の話にする。


「そういえば、そのヤコフくんは?」


 商会の中を通りながら様子を見ていたが、彼らしき姿は見かけなかった。


「はい、ヤコフでしたら今はお隣の大陸に商売に行っております」

「へぇ! こちらは大陸間でもお仕事をされているんですね」

「はい、ようやくですが、ウルトガ王国に支店を構えることが出来まして」


 エイフさんの表情が少しだけ誇らしそうだ。


「それは、おめでとうございます……途中でヤコフくんと別れてしまったので、あの後、大丈夫だったかな、と少しだけ気になっていたので」


 とりあえず、あんなのでもBランクの冒険者が同行してたし、大丈夫だろうな、とは思ってたけど。


「ええ、なんとか王都までは行けましたが、契約していた冒険者パーティの半分が大けがを負ってしまって、戻るに戻れる状態ではなかったので、あちらで別の冒険者を護衛に雇って、なんとか戻ってこれたようで……」

「まぁ……それは大変でしたね」


 今ではその冒険者たちと契約しているらしい。あのBランクの冒険者は、その時の怪我で使い物にならなくなったらしく、パーティは解散してしまったそうだ。


「ところで、話は変わりますが、ボブさんたちが護衛として同行できるような行商のルートってあったりします?」

「いやぁ~、まさかボブたちがミーシャ様と知り合いとは思いもしませんでした。ボブ、お前さんたちには、こちらからお願いしたいところだよ。何せ、お前さんたちの村の近くは、なかなかに森が深くてなぁ」


 にこやかにボブさんたちへと目を向けるエイフさん。


「確かになぁ……こっちこそ、助かるだよぉ」

「んだぁ、ここで駄目だったらぁ、乗合馬車さぁ、探すしかないけんどぉ、ちーとばかし、停まる町が遠くてなぁ」


 それからは和やかな空気で話が進んだのはいうまでもない。


           *   *   *   *   *


 港町カイドンの中でも、唯一の高級宿。その宿屋のオーナーでもあるエルフが宙を漂う精霊たちの動きを訝し気に見つめる。

 いつになく、動きに落ち着きがない。


「……何やら、精霊たちの心をざわつかせることでもあったのでしょうか」


 ぽそりと呟き、ジッと考える。


「まさか……」


 小雨の降る窓の外へと目を向けたエルフ。

 そして……ニヤリと口元を歪めた。

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