第8話

 午後になると、一気に人出が増えた。おかげで、私がいる脇道にも、休憩を兼ねてなのか、一息つくために、という感じで店の前を通る人が多くなった。

 ジュースはどんどん減っていき、アクセサリーも残り少ない。手元の材料もすでに終わった。のど飴は……まだ残っているけど、これは店で出せばいい。

 のど飴だけになったら店じまいしてしまおうかな、と思って、人の流れを見ていると、教会の司祭様が孤児院の子供たちを連れて現れた。


「ミーシャ様」

「こんにちは」


 司祭様……実は以前王宮でお会いしたことがあった元枢機卿のエンディメン様。半年程前に、なぜか辺境伯領の教会の担当になった、とか言って、ヘリオルド兄様の所にご挨拶に来たのだとか。

 枢機卿まで上りつめた人がなんでまた、と聞いたところ、教皇様が帝国から移ってこられたことと、年齢的にもう田舎に引っ込んでもいいかと思いまして、などとおっしゃっていたらしい。でも、エンディメン様はまだ60代半ばほどでは、教会関係者の中では、現役バリバリな方。それなのに、わざわざ、と思ったら。


「こちらに居れば、精霊王様とお会いする機会も多かろうと思いまして」


 ほっほっほ、なんて楽し気に笑ったらしい。

 いや、そんなしょっちゅうは、精霊王様も姿をあらわさないと思うんだけどね。

 当時、部下だった方々はそのまま王都に残ったとか。それって、帝国出身の他の枢機卿たちなどとの派閥の軋轢とかあったのかなぁ、とか、王都の方の動きも把握しつつ、とかじゃないの? とか、穿った目で見てしまう。

 何せ、教皇様、さっさと帝国から撤退しちゃうくらいフットワーク軽い方だし、むしろエンディメン様とは相性良さそう、とか思うんだけど。

 とりあえず、色々と巻き込まれない分には、放置するつもり。


「ミーシャねえちゃん、この赤いの、何味?」

「うん? これはベリー味」


 エンディメン様からお金を子供の人数分受け取ると、のど飴を一人1個ずつ渡していく。やっぱりハッカは人気がない。まぁ、私も得意ではないから、気持ちはわかる。

「おや、これは……」


 ブレスレットを手にしたエンディメン様。

 あ、やばい。この人、色々見える人だったか。


「こちらも、売ってらっしゃるんですか?」

「ええ、まぁ」


 ニッコリと笑顔をはりつけて答えると、エンディメン様もニッコリ。


「よろしければ、こちら……全て買わせていただいても?」

「え、いいんですか?」

「はい」


 こちらとしては、これで完売になるから助かる。ジュースの方も、残り少ないから、片づけてしまおう。何本かあるので、小さな布の袋にまとめて入れて渡す。


「ありがとうございます」

「いえいえ……こちらこそ、いつもご支援いただいていますから」

「気持ちだけですから」


 私が、というよりも、リンドベル辺境伯家から、なんだけど。


「さぁ、戻りましょうか」

「はーい! ミーシャねえちゃん、またね!」

「またねー!」

「まらねぇー」


 飴を頬張りながら、元気に帰っていく子供たち。それを優しく見守るエンディメン様の姿に、王宮での威厳は欠片も見あたらなかった。


         *   *   *   *   *


 街中を子供たちと一緒に歩いていくエンディメン。手元の小さな袋の中にはミーシャお手製のブレスレットが数本。ただのブレスレットではない。聖女のお手製だ。それだけでも十分なのに、明らかに魔石に力が籠っている。あまり魔力の多くない者であれば、大したことはないかもしれないが。


「まったく、聖女様は節操がないというか」


 くすくすと笑いながら歩くエンディメンを、子供たちが不思議そうに見上げる。


「司祭様、何かいいことあった?」

「うん? ああ、そうだね」


――1本は教皇様へ送ろう。もう1本は冒険者になったあの子に、そして、もう1本は……。

 

 エンディメンは送る相手を考えながら、子供たちと共に教会へと歩いて行った。

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