夜さり来い

青いバック

素直な自分毎度あり

 太陽の落ちた、月の町。街灯が太陽となる頃、人知れず開くお店が一軒。


 夜にいっらしゃい。夜にいっらしゃい。太鼓のリズムに乗って。


 夜にいっらしゃい。夜にいっらしゃい。屋台の喧騒に乗って。


 夜にいっらしゃい。夜にいっらしゃい。囃子の音に乗って。


 お店がやってくる合図。町を歩く一人の少女の耳に。


「ん? なにか聞こえたような」


 いっらしゃい。いっらしゃい。そこを右だよ。


「……右?」


 言われた通りにするか。しないか。少女のとった行動は後者だ。


「面白そうだし、右に曲がろ〜」


 いっらしゃい。いっらしゃい。よく来たね。


「わぁ! こんなところにこんな古風なお店があったなんて」


 一本道を右に逸れると、木造建築の古風な建物が。


 コンクリートが主流の世の中なのに、とても珍しい。


「いっらしゃい。いっらしゃい。お客さん。ここは夜だけのお店、よさりこ」


「何も置いてないけど、何を売っているの?」


 扉を開けると、番台に座る団子結びのおばあちゃんが。着物を身にまとって、番台。ここは風呂屋なのだろうか。


 それなら、商品が何も置いていなのは納得する。


「商品は、希望するものを」


「希望するもの? それはなんでも?」


「なんでも。 富でも名声でも。 物体ではなくても良い」


 少女が希望するもの。富?名声?いいや、違う。欲しいものそれは。


「愛情」


「愛情かい。それは売ることが出来ないね」


「え?希望するものは何でもって」


「……分かっているんだろう? 本当は自分の心に」


 少女は愛情が欲しかった。幼い頃、両親が離婚をして父親には着いて行かず、母親に着いて行った。


 片親となった母親は朝昼晩働き、私は従兄弟に預けられた。


 帰ってもいるのは、従姉妹。母親は数十分とも家に居なかった。段々と少女は、愛されていないと思うようになってしまった。


 遊びに行っても母親は仕事。従兄弟と遊ぶ毎日だった。七歳の少女には、耐え難いものだった。


 そして高校生になった時、少女はつい口にしてはいけないことを言ってしまった。


「……いつもいつも仕事! 私と遊びに行ったことなんて、全然ないくせに!」


「……明日の仕事が終わったら、長い休みをもらう予定なの。 だから、もうちょっとだけ」


「毎回先延ばし! もう、うんざりなんだよ! このクソ野郎!」


 少女は母親に一緒に遊びに行きたいと、何回も何回もせがんだ。でも、帰ってくる答えは望んでいるものとは違った。


 心の底では分かっていた。少女を大学まで何不自由なく通わせるため、母親は必死に働いてることを。全部分かっていた。


 でも、それを認めたくない心が愛情を受けてないと錯覚させる。


 錯覚した少女は、母親にクソ野郎。そう投げてしまった。


 どんな顔をしていたのか、どんな気持ちだったのか。知りたくないから、怒られたくないから、怖いから。少女は外に逃げた。


「……分かっていても、認められないんだよ。 お母さんにあんなこと言っちゃったし」


「大丈夫。 安心して謝りなさい」


 少女は泣き崩れた。醜い自分に。こんな自分に嫌気が差して。


 お母さん、ごめんなさい。ごめんなさい。本当は大好き。この世の人がお母さんを敵だと言っても、私は味方でいるぐらい大好き。


 大好きって、素直に言える子になりたい。


「希望するものは、素直な自分だね。 毎度あり」


「……え?」


 次の瞬間、建物は消え一本道に放り出されていた。


「……彩花! 良かった。 良かった。 見つかって、良かった」


「お母さん……仕事は?」


「休んだわ。 貴方が飛び出して行ったのに、探さないわけが無いでしょ」


「……お母さんごめんなさい。 クソ野郎なんて言ってごめんなさい。 ごめんなさい」


「……ううん、いいのよ。 私こそごめんなさい。 いつも貴方に寂しい思いをさせていたわ。 ごめんなさい」


「お母さん大好き」


「私もよ彩花」


 夜にいっらしゃい。夜にいっらしゃい。貴方の過去毎度あり。


 夜にいっらしゃい。夜にいっらしゃい。醜い貴女毎度あり。


 夜にいっらしゃい。夜にいっらしゃい。素直な貴方毎度あり。

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