神様に恋されたんだが【書けない】

キツキ寒い

神の恋心

 休日はいつも近所の神社にいた。木漏れ日を浴びながら参道を登り、拝殿を見上げながら微風を浴びる。それが幼い頃からの習慣だった。それが原因なのか、最近になって妙なものに好かれるようになってしまった。


「誰……ですか?」


 炎昼の真っ只中、境内の真ん中に立つ同い年の少女に尋ねる。半袖のカッターシャツにグレーのスカートと言う出立ちから、僕の通う高校の生徒である事は理解した。

 しかしなぜ、少女はこうも笑っているのだろう。高校生になってからこの少女に出会う事が増えた。まだまだ田舎くさい家路やこの神社で、さも狙っているかのように出会うのだ。幼馴染に向けるような無邪気な笑顔を浮かべる少女に。


「村神葵だよ、葵」


 手を背中で組み、綺麗な山吹色の髪を風に靡かせる。モデルなんじゃないかと疑うほど可愛らしい少女だ。

 制服が同じだと言ったが、高校でこのような生徒は見た事がない。もしいたとしたら嫌でも顔を覚えるはずだ。――転校生か何かか?


「――神楽、大翔くんだよね?」


 親しくもない少女に突然自分の名前を言い当てられて少し身構える。


「どうして、僕の名前を……?」


「そりゃあ知ってるよ。何たって私は生まれたばかりの頃の君を知っているんだから」


 意味がわからなかった。当惑して、こんな知り合いがいたかどうかを確認する。……僕には女子の幼馴染みなんていない。そもそも趣味に没頭しすぎて仲のいい同期すらいない。いるとすれば部活の先輩くらいだ。それとも、幼い頃に遠くに行った幼馴染みでもいたのか?いやそんなはずは……。

 悩んでも悩んでも正解がわからず、知らず知らずのうちに苦虫を噛み潰したような表情になる。


 それを眺めていた葵はクスッと笑いをこぼし始めた。


「そんなに悩まなくていいのに、大丈夫、あなたと会話をしたのは初めてだよ」


 大翔の悩み方が大そうおかしかったらしく、笑いを堪え切れていない。

 悪かったな、人付き合いには慣れてないんだ。という愚痴は心の中に留めておく。


「じゃあ尚更僕の名前を知っている理由がわからないな」


「だから言ってるじゃん。私は幼い頃のひろピンを知ってるんだって」


「ひろピンって……」


 もうあだ名付けてるのかよ。初めてだよ、そんな呼び方。


「私はね、"神様"なの」


「………………はあ?」


「『はあ?』ってなによ!」


「そう言われてもだな、急に自分は神様なんだって言われてたらこうなるよ」


「仕方がないじゃない、本当なんだから!私はこの葵神社で人々から崇め奉られる神、"アオイ様"だよ!」


「なにを言ってるんだか、アオイ様は山吹色の髪で和服を着ておられる。髪色が同じでも君は学生服じゃないか」


 葵はプクーっと頬を膨らませる。


「わかったわ!今ここで和服姿になればいいんでしょ!和服に!」


 そうは言うものの、見た感じ葵は手ぶらのようだ。


「どうやって着替えるんだよ」


 ため息混じりに尋ねる。


「いいからそこで見てなさい!」


 あまりの頑固さに思わず肩を竦めてしまった。対して葵は本気のようで、拝殿の前に目を閉じて佇んでいる。本当は神様じゃないんだと素直に言えばいいのに。


「…………」


「…………」


 しばらく無言で見守ったが、やはり変化はなかった。ため息を吐いて石畳に目を落とす。例えこのやりとりが冗談だとしてもこの辺りの人間には信仰対象を侮辱されたと感じる者もいるだろう。こんな痛い奴は先に止めておいた方が良さそうだ。


「なあ――」大翔は顔を上げる。


 その瞬間、思わず目を見張った。何たって先ほど葵がいたはずの場所に、和服を身につけた山吹色の髪の女性が立っていたのだから。手には大幣おおぬさ――いわゆるお祓い棒――を持ち、地面から数ミリメートル浮いている。心なしか若干の淡く神々しい光も見えなくもない。


 愕然と葵の変わりように見惚れていると、目蓋を開けた少女はにっこりと微笑んだ。


「ね、これでわかったでしょ?私がアオイ様なんだって」


 ハッと我に帰る大翔。


「あ、ああ。何が起こったのか一切わからなかったけど…………まあ、そこまでするんだったらそうなんだろうな」


 メガネを外したり目を擦ったりしながら曖昧な反応をする。そんな大翔に葵はムスッとした表情を向けた。


「信じてないでしょ」


「いや、信じてるよ?うん、信じてる」


「怪しいなー」


 浮遊して様々な角度から睨みつけてくる。明らか人間業じゃないな。葵の言う事は本当なのか?

 葵はあからさまなため息を吐いた。


「幼い頃のひろピンはほんっとうに純粋で可愛かったのに…………今はこんなにも人を信じない人間になってしまうなんて」


 私は悲しいよ!ひろピン!と可愛らしい怒り顔を見せつけてくる。


「人間は神様とはちがって成長するとともに中身も変わるもんなんだよ」


 それはそうなのよねー、と背を向けて浮遊でどこかへと滑って行く。マジでどういう移動方法だよ。当惑しながら葵の背中を目で追った。しばらくして鳥居の前で等速直線運動が止まった。まあ、と一言置いて振り返る葵。


「そんなひろピンも、私は好きだけどね」


 そしてフフッと、可愛らしい笑みを浮かべた。




 それからというものの、何故か僕の高校に人間の葵――もといアオイ様――が現れるようになった。席は僕の隣で、周りは葵という人間が元々存在していたかのように生活している。何をしたんだこの神様は……。


「神様はね、奇跡を起こせるとともに罰を与える事もできるのよ」


「うわっ!……びっくりしたな」


 背後から心を見透かして語り出す葵に、思わずイスから転げ落ちそうになった。そんな僕はお構いなしに少女は語る。


「奇跡を起こすには人々からの信仰心が必要なの。だけど、罰を与えるのに必要なものはこれと言って存在しないの」


「それは……どうして?」


 自慢げに語る葵に渋々尋ねてみる。


「奇跡と言うのは簡単には起こらないもの。対して罰は悪行を積む事に必然的に与えられるものなの」


「なる、ほどな」


 なんとなく理解できたので適当に相槌を打つ。


「それに罰はね、与えられると同時にそれ相応の対価を取られているから、用意すべきものがないのよ」


「へえ」

 同じような相槌を打つ。

「それがどうかしたのか?」


 葵はムスッとした顔になった。


「愛しのひろピンが今の状況を不思議がってたから教えてあげようとしてるのよ」


 こいつマジで心を読んでたのかよ。ドン引きである。それはそれとして『愛しの』と付けていたのはあえてスルーさせてもらおうか。引っ張り出したら面倒くさそうだし。


「で、それがこの状況とどんな関係が?」


「今の私にはね、人々からの信仰心を対価に『神から人間になる』という罰と、『大翔以外から評価されない』という罰を受けているの」


「奇跡を起こしたんじゃないのか」


「言ってるでしょ、奇跡はそう簡単には起こせないの。人々からのたくさんの信仰心と『奇跡を起こしたい』という強い想いがないと起こせないのよ」


 神様も楽じゃないんだよと愚痴を付け足した。大翔はふーんと小さな反応をする。神様ほど楽して生きてる奴はいないと思っていたけど、案外そうでもないのか。


「でも、意外だなー」


 自席に座りながら葵は言う。なにが?と尋ねると一度大翔を横目に見て天を仰いだ。


「大翔は"神楽の一族"なのに、私の事は何にもしらないんだもの」


 図星だった。


「…………父さんが勝手に辞めただけだ」


 葵と同じようにしてぶっきらぼうに答える。


「そろそろ伝承を受ける年頃でしょ?」


「何の事だかな」


 丁度大翔がしらを切ったタイミングで一時限目の始まりを告げるチャイムが鳴った。




「ねね、ひろピン!校舎を案内してくれない?」


「はあ?」


 放課後、教室に残された掃除当番を尻目に部室へ向かおうとしていたら葵に止められてしまった。もちろん返事はノーなわけなのだが、それでも諦めないのが葵という奴である。


「他を当たれよ、僕は部活に行かなきゃいけないんだ」


「いやだいやだ!私はひろピンに案内して欲しいの!」


 他はヤダヤダヤダヤダ!と廊下に寝そべって駄々をこねる葵。見苦しいからやめろと言ったものの、『大翔以外から評価されない』という罰を受けている葵にはすれ違う教師に見向きもされなかった。


「奇跡で何でも叶えてあげるから、お願いだよー!」


「泣きつくな!」


 こんな事をしていても、すれ違う者は誰一人として見ようとしない。助け舟は来なさそうだ。ため息が漏れる。


「今回だけだぞ。あと、奇跡がそう簡単に起こせないのは知ってるからな」


「バレちゃってたか」


 テヘッ♪と可愛らしい表情を向けてきたので、思わずドキッとしてしまう。シンプルに可愛いのやめてくれないか?


「あっれれー?惚れちゃった?もしかして惚れちゃったー?」


 途端にウザ絡みし出す葵。


「惚れてなんかない。時間がないからさっさと行くぞ」


 葵の嬉しそうな返事を背に受けて案内すべき教室へと足を向ける。これで部活に遅れる事が確定したわけだが、部活の先輩に何か言われるかもしれないと思うと、自然と先導する足が速くなっていた。




「――あとは食堂と旧校舎だけか」


 本館一階の廊下で、校舎内の地図を思い浮かべながら歩く。ようやく残り二箇所になって、この案内作業が終わりを告げようとしていると思うと、今回の苦労が報われるような気がした。

 ――本当に大変だったのだ。人間の物に触れるのが相当楽しみだったのか、教室を一つ移動するたびにピアノやらフライパンやらで遊び出すもんだから肝を冷やし過ぎた。もう冷える肝が残っていない。


「ひーろピン!」


「おい…何すんだよ……」


 突然葵が腕に抱きついてきたが、もはや抵抗する気力も残っていなかった。肝以外にも気力を回復させないといけないようだ。


「せっかく二人っきりでデートをしてるんだし、もっと恋人らしい事をしようよー!」


 ヘトヘトな大翔に対して葵はまだ元気溌剌のご様子。


「恋人って……まだ付き合ってもないだろうに」


「えぇぇぇ⁉︎付き合おうよー、私はこんなにもひろピンの事を想ってるんだよ?」


「知らねえよ……」


「ひろピンのためなら、なんだって叶えちゃうんだから!」


「奇跡は起こせないって今日聞かされたばっかだぞ」


「もー、冗談に決まってるじゃん」


 ひろピンはノリが悪いなーと横腹を突かれた。神様ってこんなのばっかなのか?


「あ!ここが食堂?」


 そうこうしているうちに食堂へと辿り着いていたらしく、またもや葵がはしゃぎ出した。胸の前で手を合わせて目を輝かせている。


「そうだよ……飯を食う場所。はい、次行くよ」


「おばちゃん!唐揚げ棒一つください!」


「はいよ」


 唐揚げ棒をもらって大喜びする葵。あの神様は学校の事を遊園地か何かと勘違いしてるんじゃないのか?


「ひろピン!はい、あーん♪」


 片手で受け皿を作りながら一本しかない唐揚げ棒を向けてくる。僕は無言の拒否を返したのだが、葵が姿勢を変えないので仕方なく一口もらう事にした。間接キスになるのが嫌で唐揚げ一つを丸ごと串から引き抜いたわけだが、この一つがかなりデカい。故に口をもごもごさせながら、最後に案内する旧校舎へと向かうことになってしまった。


 旧校舎は本館の鉄筋コンクリートを使った造りとは違って、まるで昭和にタイムスリップしたかのような木造建築の一階建の校舎だ。この辺りの地域がまだまだ田舎だという事もあってか旧校舎は森に囲まれている。


「よお、後輩。……その子は?」


 窓が全開になった空き教室にゆったりとした口調で話す三年生の先輩がいた。教室後ろのドア前にキャンパスの置かれたイーゼルが立ててある。現在進行形で作品を描いていたようだ。作務衣だというだぼだぼでグレーのロングTシャツ――所々絵具で汚れている――を着た南大翔はいつも通りの冷めた目で葵を見つめる。食堂までがあんな調子だったため、南先輩にも同じ調子なんだろうと思っていたが、今回ばかりは動揺していた。変な奴だなと思いつつも葵の紹介を始める。


「この子は神村葵です。校舎の案内を頼まれたので案内していたんですよ」


 ふーんと言いながら筆を持った手で顎を撫でる。先輩は他の生徒とは打って変わってひとしきり葵を見つめている。そんなにこの時期に校舎案内を受ける生徒が珍しいのかな。


「まあ、何にもないけどゆっくりいしてけよ。ああ、作業の邪魔はやめてくれよ?」


 そうとだけ言って南先輩はキャンパスと向き直った。ありがとうございますと返して葵を振り返ろうとするが、それよりも先に葵に腕を引っ張られた。


「あの人は何者なの?」


 先輩から少し離れた廊下の窓際に連れていかれ、問い詰められる。


「何者って、部活の先輩だよ」


「本当に⁉本当にただの先輩⁉」


 なぜかかなり切羽詰まった形相で問われた。


「うん…………」大翔は目を逸らす。「下の名前が全く同じなことを除けば……」


「それだよ!!」


 いきなり肩を掴まれてぐわんぐわん身体を揺さぶらる。慌てて口の前に人差し指を添えた。


「静かに!先輩が作業中だって!」


 囁き声で注意する。葵は慌てて口元を両手で覆い、南先輩を振り返った。彼は作業に集中しているようだ。


「「セーフ……」」


 二人でセーフの動きをしながら向き直る。


「…………私は二つの罰を受けているって言ったよね?」


 神妙な趣で大翔に確認をとる。声量は囁き声に留めてくれているようだ。大翔は頷きを返す。


「その一つに『大翔以外に評価されない』っていうのがあったでしょ?」


「うん、謎に評価できる人を僕限定に絞った罰だな」


「そうなるはずだったのよ……」


「『はずだった』?今もそうじゃないのか?」


 落胆する葵尋ねた。彼女は顔を上げて僕の瞳を見つめる。


「ひろピン、あの先輩の名前は?」


「南?」


「そっちじゃない方!」


「大翔…………………………そういう事か!!」


 葵の言いたい事を理解した僕は思わず叫んでしまった。葵に口元を押さえられて、ゆっくりと南先輩の方を振り返る。先輩はまだキャンパスと向き合っていた。


「「セーフ……」」


 二人でセーフの動きをしながら向き直る。


「――けど、名前が同じだからって、そんな事あり得るのか?」


「あると思う。実際にあの人はひろピンが私を紹介している間もずっとこっちを見てたもの」


 なるほどなと頷き、今一度南先輩を振り返る。彼は顎に手を当てて考え込んでいた。セーフだな。


「つまりは、葵が駄々をこねたり俺に泣きついたりしても無視するわけじゃないんだな」


「うん、そういう事になるね」


「さっきから何を話しているんだい?」


「「うわあ⁉」」


 いつの間にか南先輩が後ろに立っていた。何この人すげえ怖い。


「もしかして………邪魔でした?」


 葵が尋ねる。


「うん、まあ、そこそこな」


 頭を掻きながらいつものゆったりとした声で返答する南先輩。この声で曖昧な返答をするもんだからこちらの謝罪もかなり曖昧なものになってしまった。


「この子、神楽の知り合い?」


 南先輩は珍しく大翔を神楽と呼んだ。


「ええ、まあ、そうですね」


 様々な事への戸惑いが混じってしどろもどろに返答する。

 すると、そうかと一言呟いた南先輩は空き教室の方へ向かっておーいと誰かを呼んだ。あの教室に僕ら以外の誰かがいたのだろうか……?そう思いながらしばらく先輩と同じ方向を眺めていると一人の少女が廊下に姿を現した。白銀のように白いショートヘアの後ろ髪にカールをかけ、藍色の生地に白のラインが入った冬服のセーラー服を靡かせた、白い瞳の少女が。

 あまりの美しさに大翔と葵はしばらく見とれていたが、すぐに異変に気付いた。あの少女は悲しげな笑みを浮かべていて身体が透けている。そして……


 首に縄で縛ったかのような赤い痕がついていた。

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