第7話 代々木上原のプランター

ケイの職場は代々木にある。


セキュリティカードさえあれば、24時間出入り可能。

フリードリンクが本格的ドリップ珈琲で、美味なのがポイント。

珈琲ドリッパーの横のボックスには、

1個100円の菓子が入っていて、好きなものを選べる。

中の菓子は、スーパーやコンビニで買えるものだが、定期的に種類も入れ替えられる。


誰チョイスなのか知らない。自分では買わない菓子が入ると食べてみたくなる。


1日1箱、100円の菓子と3杯の珈琲。


ケイが出勤している間に職場で、口にするのはそれだけ。


ケイのデスクは、160㎝ほどの書類棚にコの字型に囲まれる形になっているため、他人の視線を気にする必要がない。

遮光カーテンを開けると、階下にあるドトールやスタバに吸い込まれる人を見下ろすことができる。

 

ケイが出勤してすぐにとりかかった仕事は、

農芸化学出身の理系少女のレポート。

 

リケジョの職場は、高台に広大な敷地を持っている、バイオオフィス。

様々な植物の培養栽培をしている。


朝4時過ぎ頃から温室に入り、

生育状況を確かめる。

出勤時間は植物の生育に合わせることが可能。

ラボに入った時間が勤務時間。


国内の多くのラボは、食糧となる植物の研究をされているが、農芸化学女子の職場は、花卉栽培に分類される品種の研究をしている様だ。


満開に開いた小さな花弁。

sssサイズの試験用ケースに入っている、赤、黄、紫の

ビタミンカラーの花弁だけを極端に肥大化させた植物。


30㎜×30㎜ほどのサイズしかないのに、圧倒的な存在感。


 流通網の発達で、花は当日のうちに市場に集まり、駅前や住宅街にあるフラワーショップに並ぶ。

工場からのサブスクも盛んに使われている。


ケースに培養土(厳密には土ではない)を入れ、スポイトで核を入れ水分を与える。


人間でないとできない事は、 

あまり無いらしい。


日光調整をするよりも、人工光が扱いやすいし、坪単価効率が良い。


ケイは、機密部分に触れることはできず、歯痒い思いをしつつも、完璧な植物工場がスグ近くにあることを知る。


そのうち、チョコレート味の植物とか、将来出来るのではないだろうかと思う。

もう既に出来ているのだ。植物で出来たお菓子の家は、誰でも発想するらしい。


専門的な顕微鏡で植物の表皮を見せてもらった。均等にシンメトリーに広がる線。


人工的に作った植物だからではなく、植物は左右対称に均質に成長する。


雪の結晶や蜂の巣の六角形にもある、

法則性。


植物のデジタル拡大図のデザインにケイは畏怖すら感じる。

神々しいと言うと、リケジョに失笑されるに違いない。


ケイは、ビタミンカラーの花卉の形状を、合掌した姿と書いては消す。


中学生には伝わらないし、宗教的な何かを醸し出すのは良くない。


両てのひらを顔の前に地面と平行に出して、小指をくっつける。


そのまま、手のひらをゆるく閉じかけたときにできる形状と記してみる。

ダメだ消す。


ひよこをつかまえたときの手のひらと記す。


もう消さない。


消費者のもとに届く頃は、てのひらはファーッと開き、指と指の隙間からフラワーベースのガラスがキラメクこととなる。


農芸化学女子は言う、旧来のアグリカルチャー女性の集いに参加すると、ひたすらビニール袋にピーマンを入れる仕事や、キュウリを袋に入れる仕事をしていたという昔話を聞くこともあると言う。


食料工場栽培には、ポテンシャルはあるが、高額で取引されているモノを作る方が環境にも配慮できるシステムになるのだと言う。


農芸化学女子が、旧来からの、農家女子から誘われるランチの話。

海の見えるホテルに農家男子の送迎付き。


ランチはコース。

ロブスターサラダと白ワイン。

ソースにラズベリーが入っているため、鮮やかなピンク。

人間って、色覚で元気が出るものだと実感する。


サブスクの花を自宅に置いてみようとケイは思う。


ケイのアラームが鳴る。

次のアポが13時。

農芸化学少女が上書き保存された。

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