第53話 旅立ち

「これでよし!さあ、行こうか!ウィト、案内をお願いね!」




 出立を決めてからの三日間は、家の封鎖準備で終わった。

 今後戻って来ない、という訳ではないとは思うが、最低約一年は戻って来ないのは確定しているので、持てる物は収納へ入れ、竈も灰を全てかき出してキレイに片付けた。


 ……ほとんど何もなくなっちゃったな。でも、また、いつかここに帰って来るわ。ここは私達の家だものね。


 最初は岩と土だけだったこの場所に、ウィトと一つずつ床や家具を作って行き。ラウルとリサちゃんが来てからは、更に加速度的に物が増えてどんどん家らしくなって行った。

 それが今、床と竈、それとテーブルと椅子、棚だけだがガランとした空間に残されているだけだ。そこには昨日までの生活感が無く、とてももの寂しく感じられ、少しだけ感傷的な気分になってしまった。


 そんな感傷を振り切り家の扉を閉めると、扉の前に収納から石板(特大)を取り出して立て掛けた。

 ここら辺まではゴブリンは入っては来れないが、念の為人型の魔物の棲みかとならない為だ。なのでもう一枚細い石板を出してきっちりと誰も入れないように塞ぐ。


 軒下と崖の間のトイレは、朝の内にキッチリ塞いでおいたので、これで準備は完了だ。

 最後に家の前の石板のテーブルを収納し、後ろ髪を引かれながらもリサちゃんとウィトの背に乗り、崖の上へと一気に駆け上がったのだった。




 リンゼ王国への旅のルートは、崖の上の森をザッカスの街の方へ進み、山脈の低くなっている場所を越える予定だ。

 ザッカスの街から続く国境の関は山と山の間に位置しているので、そこから少し山を登った処からリンゼ王国へと抜けるのだ。


 一度ウィトとラウルが二人で偵察に行って様子を見てくれたが、関以外に兵士の姿はなく、森や山の巡回もしてなさそうだということだった。

 それだといくらでも国境を関を通らずに抜けられるが、ランディア帝国とリンゼ王国は元々ほぼ交流はなく、通るのは少しの商人と奴隷商人だけなので、警戒する必要もないのだ。


 リンゼ王国側には関もないと聞いた時はさすがに驚いたけどね。……まあ、獣人がランディア帝国には来ないだろうし、ランディア帝国では商人以外は家のある街などから出ないしね。それにリンゼ王国では恐らくランディア帝国出身の人族はひどく目立つのだろうから、敢えて国境を厳しく警戒する意味もないのだろうな。


 これが情勢がきな臭く、戦争が起きそう、とかなら別だが、リンゼ王国の方がランディア帝国を相手にしていなさそうだ。



「ラウル、ウィト、ここら辺で一度休憩にしましょう。せっかく作ってきたから、お弁当を食べよう」

「わあ、ご飯!お腹減った!」

「分かった。じゃあノア、一応結界をお願いね」

「ここら一帯に張っておくわ。だからウィトも休みましょう!」


 崖を登る時はウィトの背中に乗せて貰ったが、登ってからはリサちゃんも降りて、久しぶりの崖の上の森を薬草を見つけると採りながら歩いて進んだ。

 先頭はウィトで、その後ろに私とリサちゃん、後ろはラウルが警戒をしながら進んだ。

 ウィトの気配があるからか、家を出てからおよそ四時間、角ウサギくらいしか見かけることは無かった。


「はい、皆。ここに置くから好きに食べてね」


 結界を張り、少し木の間隔が空いた場所の草をウィトに刈って貰い、そこに毛布を引いて上に石板を出すとお昼用に作っておいたお弁当を出して並べる。

 ウィトの前にもお肉の塊を、プーアにも木の実をお皿に盛って出し、その脇に水の皿も置いた。


「わあ!ネロのお肉包みだ!これ、リサ、大好き!」

「うん、僕もこれ好きだよ。ネロにお肉の味がついて、美味しいから」

「ふふふ。たくさん作ったからどんどん食べてね」


 お弁当に作ったのは大きなネロを茹でて半分に切り、大き目に切った肉を焼いてそれで包んだネロの肉包みだ。それを一つ一つバナの葉で包み、アダの糸を巻いておいた。

 小麦が無くなり主食が芋になって、手軽に食べられる物、と思って考えた料理だ。お肉の味を塩味や果汁、ハーブ塩などで味付けを変えておけば、いくらでも食べられてしまう。


「お姉ちゃん、このお水も美味しい!これ、何の果汁を入れたの?」

「これはこの間プーアが見つけてくれた、オレンジ色の実の果汁だよ。果汁割りにすると、爽やかで美味しかったから」

「プーア、これ、美味しいね!」

「チィッ!」


 去年は知らなかった果実や木の実も、今年はプーアが食べられると教えてくれるので食べられる種類がぐっと増えたのだ。

 名前も収納に入れれば出るのだが、いちいち覚えるのは大変でよほど気に入った物以外は色で呼んでいたりする。


 カタカナの名前は、覚えるの苦手なんだよね……。薬草の名前はなんとか覚えてきたけど、どうせプーアやウィトに教えて貰わないと果実と木の実は見分けがつかないし。まあ、おいおい頑張ればいいよね。


 同じような形の木の実や果物は多いが、やはり痺れたり毒だったりするのも中にはあったりする。なので確認してからしか手を出さないようにしているのだ。


 しっかり食べて水分をとり、休憩をとってからまた歩き出し、その夜はウィトが見つけてくれた大きな木の下で皆で固まってしっかりと眠った。


 久しぶりの野営だったから少しだけ神経質になり、夜に何度か起きたがしっかりと結界を感知できており、胸を撫で下ろしていたのはリサちゃんには内緒だ。ウィトとラウルには気づかれていただろうけどね。


 すっかり家で生活するのに慣れてしまっていて、結界が破れる衝撃に起きられなかったらどうしようかと思い、春になってから久しぶりに結界の確認と訓練をしたのだ。


 しばらく森の採取の時に自分の周囲に狭い結界を張ったり、夜寝る前に扉のところに張るくらいしかしていなかったのだが、改めて意識を集中して張ってみると、範囲も広がり強度も増しているようだった。

 この二年で魔力をの扱いがこなれたのと、魔力量が増えた為ではないかと推測している。



 こうして野営しながら森を歩き続けること五日目、山裾に到着した。

 途中で二度ボアの襲撃があったが、ウィトとラウル、それにリサちゃんも加わってあっさりと倒していた。そして昨日、初めて見た魔物に襲撃された。


 ちょうどしたばえの草の丈が長く、かき分けながら歩くのに必死な時、ふいに頭上から固い木の実が降って来たのだ。

 咄嗟に周囲に結界を張ってしのいだが、もうちょっと反応が遅れていたら私は木の実を頭から浴びてしまっただろう。


 木の実が飛んで来た方を見上げると、木の間からちらっと猿のような見た目の魔物が見えた。茶色の毛皮が木に溶け込んでいて、何匹いたのかは分からなかった。


 その魔物を見た瞬間、ウィトが駆け出し、ラウルがジャンプして木の枝に着地すると木の上を飛んで走って行ってしまった。

 思わずポカンとそれを見送ってしまったが、無事にラウルが結界の中から出れたことにホッとする。


 旅に出る前の訓練で、ラウルとリサちゃんが結界を通り抜ける訓練も同時に行われたのだ。

 ラウルは一週間くらいで通れるようになっていたが、リサちゃんはまだ出来ていない。リサちゃんはくやしがっていたが、私としてはその方が安心していられる。


 獣人としての身体能力が高いので戦闘力はあるのは分かっているが、リサちゃんはまだ六歳の子供なのであんまり無茶はして欲しくないのだ。


「なんとか仲間と合流する前に全部倒せたよ。でも急いでここから移動しよう。あの魔物は集団で暮らしているから、仲間を呼ばれると全員で来るんだ。だから倒せない数の時はひたすら逃げるしかない、面倒な魔物なんだ」


 しばらくして戻って来たラウルにそう言われ、昨日は暗くなる前までずっと歩き続けていたのだ。


 これから山を越えるにあたって、そういう面倒な魔物が増えてくるだろうから、足手まといにならないように頑張らなければ、と思いつつ、いよいよ国境となる山の緩やかな傾斜を見上げたのだった。

 





 



ーーーーーーーーー

とうとう国境に差し掛かりました!(森は目新しいことがないのであっさり目に流しました)

次は明日か明後日です。どうぞよろしくお願いします<(_ _)>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

チートスキルを貰って転生したけどこんな状況は望んでない カナデ @usakiki2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ