5章 リンゼ王国へ
第52話 春 旅立ちの準備
「ノア、十歳、おめでとう!」
「お姉ちゃん、おめでとう!」
「ウォンッウォンッ!!」
「チィッチチチッ!!」
冬ごもりの間は、リンゼ王国に行く準備に全員で取り掛かり、考えられるだけの物を作って用意することに専念していた。
リサちゃんに『遅くも初夏の頃までに、全員で一度リンゼ王国に行く』と告げると、キョトンとした顔になったがすぐに笑顔で『わかった!じゃあリサも準備するね!』と言ってくれた。
あんまりにもあっさりだったので、嫌なことを思い出すならそこを避けると告げたのに、『お姉ちゃんとウィトお兄ちゃんが一緒なら、どこでもリサは平気だよ?』という返事が返って来て、あまりの可愛さに萌え死にそうになったのはいい思い出だ。
「ありがとう、ラウル、リサちゃん、ウィト、それにプーア!」
そうして春になって、私は十歳になった。
ラウルからは旅に出るのに頑丈な新しい靴を、リサちゃんからは耳を隠す為の帽子を、ラウルからは私が一番美味しいと言った魔物の肉とカバンを作る為の皮を。そしてプーアからも滅多に見つからない薬効のある貴重な木の実を貰った。
この家から真っすぐ山を越えてリンゼ王国に向かえば、距離的には恐らく歩いて六日程だろう。
だがここから先は強力な魔物が棲み着いている地帯になるので、ウィトと話合った結果ザッカスの街の国境近くの山を越えることにした、とラウルから言われている。
それでも恐らく十日もあれば山を越えてリンゼ王国に入れるだろう。そう思えばリンゼ王国に行くだけなら急いで出立しなければならない訳ではない。
でも、今回はラウルの冬の誕生日に合わせて儀式を受けることを目的としているので、冬に山を越えられない分、最低でも来年の春までの拠点が必要となるのだ。
そして拠点を決めてからも冬を越す為の食料を集める期間も必要な為、どんなに遅くてもこの家を夏になる前、雨期が明ける頃には出ようと決めている。
本当は春になったらすぐに出ようと思ってたんだけどね。もっとしっかり準備をしないと!ってラウルとウィトに止められたんだよね。どうもあの二人は前からこそこそしていたけど、私がリンゼ王国に行くって言ってから、更にこそこそ行動しているのよね。冬の間だって、吹雪いてなければウィトと二人で出かけていたし。……まあ、私とリサちゃんを守ってくれる為に頑張ってくれているのは分かってはいるんだけどさ。
それでもあと一か月半以内にここを出ることは譲歩するつもりはない。人族である私が一緒だから、集落へ行くにも街へ入るにも行ってすぐに、とはいかないことは分かっているのだ。だから十分に余裕を持って、不測の事態にも備えたいのだ。
それでも、収納にはネロや他の芋を十分な量を入れてあるし、ランカもこの間採って来た。もう薬草も大分集めたし、一応傷薬はかなり作って収納してある。洋服もラウルに聞いて違和感のないデザインにしてあるし旅用の靴もラウルから貰えたので、後は収納をカモフラージュする為にウィトに貰った皮でカバンを作るくらいなのだ。
「ねえ、ラウル。この皮でカバンを作って準備は終わりだから、どんなに遅くしても雨期が明けたらすぐにここを出るからね?」
「う、うん。分かってる。僕もウィトと崖の上の偵察をそれまでに済ませておくから」
じーーーっと見つめると、そわそわと目線がずれる二人に大きなため息をつくと、諦めて釘だけをさすことにした。にっこりと笑顔を浮かべると。
「絶対に無理してはダメよ?確かに山を越えるからルートの偵察は助かるけど、必要以上に魔物を倒しに行ったりとかはダメだからね?」
「「うん!(ウォフッ!)」」
なんでビクッと飛び上がるのかな?まあ、これなら大丈夫そうね?
雨期になるまでは採取にせいを出し、雨期に入るとラウルに丁寧に鞣して貰った革でカバンを全員分作った。活躍したのは魔物素材で作った千枚通しもどき。これで革に目打ちをしてからアダの糸で縫い合わせて行く。
カバンは私とリサちゃんは斜め掛けの肩掛けカバン。ラウル用には邪魔にならないようにウエストポーチもどきと、誤魔化し用の大きなズタ袋だ。
そうしてウィトにも首に掛ける大き目のポシェットのようなカバンを作った。これは、街に行った時の財布を預かって貰う用だ。
ラウルはまた更に身長が伸び、九歳にして恐らく百六十センチ近くになったが、それでもまだ見た目は当然子供だ。私やラウルがカバンからお金を出すと、良からぬ輩が寄って来ると見越して、街ではウィトにお財布を預けることにした。
さすがにウィトからお金を盗もうとする人はいないよね?とラウルに言ったら、ポカンとした顔をしていたよ。でも、防犯対策なら、これが一番効果があるわよね?ウィトも快くカバンを首に掛けることを承諾してくれたしね。
皮紐の調節は、ラウルに木でバックルを作って貰った。四角の真ん中に一本棒があるヤツだ。作っている時に何に使うか分かっていないようだったが、一つ作り終わった後に使い方を見せると驚いて興奮していた。
紐の調節用の器具は見たことがないらしい。街であるかどうかは微妙なところだ。
目立つなら使わない方がいいか迷ったが、ラウルにこれくらいならローブの下にカバンを付けるし大丈夫だろうと言われ、もっと成長しても使えるようにマチもつけてきっちりと頑丈に縫い合わせた。
プーアもこの一年で成長し、今では大き目のエゾリスくらいのサイズだが、カバンを作るには小さすぎるのでさすがに作らなかった。自分だけないと知って、ちょっとだけ拗ねて寝床の木の枝からしばらく降りて来なかったが、なんとかなだめて納得して貰った。
しっかりした布が手に入ったら、布で小さなカバンを作ってあげようと思っている。
こうして無事にカバンも仕上がり、ラウルに貰った靴もしっかりと足に馴染み、全ての準備が終わった頃には雨が降る頻度が減り、晴れ間が多くなっていた。
「ノア!もしかして、待っていてくれたの?」
「もう、ラウル、びしょびしょじゃない。はい、これで拭いて」
「うん、ありがとう」
朝からラウルとウィトが出掛け、お昼すぎにふと振り出した雨ももうスコールのような豪雨ではない雨音に、雨期が明けたことを知って扉から出たところでお天気雨のように降る雨を見ていた。
さあっと通り抜けた雨が上がると空には虹がかかり、この世界でも虹がかかることを改めて意識して、ついぼんやりと前世の子供時代のことを思い出していたのだ。
雨上がりの空にかかる虹が不思議で、お母さんに虹がなんでかかるのか聞きたかったけど、夜遅くに帰って来た疲れた顔にいつものように何も言わずに一人で部屋に戻って寝た。それから、お母さんと何かを共有しようとするのを止めたのだ。
そんなことを思い出し、ぼんやりとしているとその虹を割くように森からウィトとラウルが走り出て来たのだ。
走るラウルの髪から飛び散る雨がキラキラと虹のように光って、なんだか顔を合わせずらくて収納から取り出した布を押し付けてしまった。
「……ねえ、ラウル。もう雨期も終わりよね?」
「うん、ノア。分かっているよ。様子を見てもう降らないようだったら三日後、出発しよう。それで、その前にウィトがノアにお願いがあるんだって」
「え、ウィトが?ウィト、お願いってなあに?」
自分が出立をせかしていたのに、とうとう三日後と決まるともの悲しいようななんともいえない気持ちが沸き起こって来た。それを今は振り切るように、少しだけかがんでウィトの顔を覗き込むと。
「ガウッ!」
決心したような、強い瞳に私に何を求めているのかは分かった気がした。
「残念だけど、まだ成獣にはなっていないから正式な絆を結べないけど、仮の契約をもう一度今度はきちんと結んで欲しいって」
今もウィトと私は仮の契約を結んでいる形になっているけれど、それはウィトが私の魔力を私が出した水から接種して契約としただけのことだ。
そうよね。きちんと形を結んでいた方が、ウィトだって安心するもんね。私、本当にウィトに甘えているばかりなんだな。
「うん、勿論だよ!私もウィトと絆を結んで貰いたいもの」
「ガウッ!グルルルル……」
しっかりとウィトの瞳を見ながら伝えると、嬉しそうにどこか誇らしそうに吠えたウィトは、とても頼もしかった。
それから正式にウィトと仮の絆を結ぶ契約を交わし、三日後、この家を出立することになったのだった。
ーーーーーーーーーーー
とうとう旅立ちとなります!(リンゼ王国に行くには森と山を越えなきゃなので、到着にはもう少々かかりますが)
ウィトの成獣は間に合いませんでした。
次は明日か明後日更新となります。(日曜かな?)どうぞよろしくお願いします<(_ _)>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます