第30話  隣国と奴隷商人

 ウィトと連れだって家に戻ると、ラウルとリナリサちゃんが揃ってもの言いたげにじっとこちらを見つめていた。


 その視線は気にはなったが、とりあえずご飯を食べてからにしようと小麦粉を入れておいた皿に生活魔法で水を少しだけ注ぎ、スプーンでこねるとそれを竈で煮だつスープの鍋へ一口大にして落としていく。そう、すいとんもどきだ。


 この方が食べやすいよね?動けるようだけど、血が絶対足りてないし。まあ、お肉だけでもいいのかもしれないけど、野菜も炭水化物もとった方が体にはいいはずだしね。


 ウィトがボアを獲って来てくれたので解体すればレバーも出せるのだろうが、生憎内臓の処理の仕方は知らない。焼肉で内臓の部位は流行ってはいたが、あまり触感が好きではなかったのだ。


 まあレバーがいいなら、明日解体して貰う時に自分で処理をして貰えばいいよね。とりあえず今日は柔らかくて食べやすい料理で我慢して貰おう。


 すいとんにしっかりと火が通ったのを確認して急いでスープの鍋をテーブルに置くと、フライパン替わりの底の浅い鍋を竈に乗せ、細かく切っておいた肉を焼いた。

 ジュウッというお肉が焼ける音と匂いが広がると、後ろからつばを飲み込む音がしてつい振り返ると、こちらをじっと見つめる二対の目にぶつかった。


 ラウルとリナリサちゃんは、耳がピンと立ち、鼻はヒクヒクと蠢き尻尾はもの凄い勢いでパシパシと振れていた。ラウルなど、尻尾の勢いに抑えていてもズボンが下がりそうになっていてついププッと軽く吹き出してしまった。

 私が鍋をかき回している間、ラウルはウィトとこそこそ話しているようだったのに、今は落ち着きのないリナリサちゃんと動きがシンクロしていてとても微笑ましい。


「もうちょっとでできるから待っててね。味付けに塩とハーブを使っても大丈夫だよね?」

「っ!!は、はいっ、リサも今は獣姿ですが、何でも食べられますから大丈夫です」


 がっついている自分を自覚したのか、真っ赤になってどもりながら慌ててズボンを引き上げる姿が可愛くて、クスクス笑いつつ焼けた肉にほんの少しの塩とハーブの粉を振った。



「さあ、出来た!……リナリサちゃんもいるし、向こうで食べようか。床に置いてもいいよね?」

「すいません、気を使っていただいて……。リサは多分、今自力で人に戻れないので」

「うん、その辺の事情とかはご飯の後にしよう。とりあえずお腹すいてるし、食べよう!」


 多めに収納しておいた木皿を全て出し、すいとん入りスープを三人分よそい、肉はラウルとリナリサちゃんを多めによそう。

 そのお皿をラウルと手分けして床に並べ、最後に大皿に肉の塊を出してウィトの前に置いた。


 もの言いたげなラウルの視線をかわし、食べよう、と声を掛けて一人いただきますをする。


 うん、美味しい。思いついてすいとんにしたけど、パンを変換するとコストがかかるし、冬はすいとんを食べれば小麦粉の節約になるかも。お肉も……大丈夫みたいだね。


 まずはスプーンでスープと一緒にすいとんを味見がてら食べたが、目線を上げるとラウルもリナリサちゃんも夢中でお肉を食べていた。

 やっぱり獣人は基本的に肉食なのかな?と思いつつのんびりと二人を見守りつつ食べすすめると、あっという間に食べ終わったラウルと目が合った。


「あ……。す、すいません。このところまともなご飯を食べられてなくて……」

「ううん、美味しかったなら良かった。まだスープの方はあるからおかわりをよそって来るね。お肉はまたお昼に出すから、とりあえず柔らかい胃にやさしい物からね」


 真っ赤になって下を向いてしまったラウルのスープを入れた皿を手にリナリサちゃんの方を見ると、どうやらまだ温かいスープに苦戦していた。


「リナリサちゃん、焦らずに冷めたら食べてね。まだおかわりあるからね」

「ああリサ、ほらフウフウしてやるから」


 私の声にリナリサちゃんのことに気づいたラウルが、リナリサちゃんのスープが入った皿を持ち上げてかき混ぜながらフウフウと息を吹きかけて冷まし、待ちきれないようにそわそわしているリナリサちゃんの前に皿を戻す。


 ふふふ。いいお兄ちゃんだね。いいなぁ。私にも兄弟が欲しかったな……。


 そんな家族の温かな情景を見てちょっとだけ感傷的になりながら、おかわりをよそった皿をラウルの前に置いた。


「あ、ありがとうございます。すいません、貴重な食料なのに……」

「気にしないでたくさん食べて。ほら、ウィトがいるから、お肉とかはいっぱい獲って来てくれるしね」


 ね、とウィトに視線を向けると、食べ終えていたウィトがうれしそうに尻尾をパタパタと揺らした。

 なんとか鍋いっぱいに作ったスープで足り、お腹いっぱいになったところでまずラウルに事情を聞くことにした。

 リナリサちゃんは満腹で眠くなったのか、床に胡坐を組んで座ったラウルの足の上で丸くなってもうすうすうと寝息を漏らしている。昨日までの疲れも溜まっているのだろう。


 そんなリナリサちゃんを優しい目をしながらそっと撫でつつ、ラウルが口を開いた。





「僕達は、罠にはめられてこの国の奴隷商人に摑まり、木箱に入れられてこの国へ入国して来たんです」


 そうして語られたのは、ラウルとリナリサちゃんは隣国、ザッカスの街の先にある国、リンゼル王国から奴隷商人に囚われ、運ばれて来たということだった。


 まず私が驚いたのは、ザッカスの街の先の隣国が獣人の国だったこと。そんなことも私は知らなかったことからだった。

 テムの町でたまに見かけた奴隷の中にはフードをかぶせられていた人もいた記憶があるから、もしかしたらその人はノアが知らなかっただけで獣人だったのかもしれない。


 でも、国境の街であるザッカスの街の隣のテムの町で、一度も獣人を見かけたことがなかったのは何故なのだろうか。

 その疑問をラウルに聞いてみると。


「ああ、リンゼル王国からこのランディア帝国に来る人はほぼいませんよ。この国は人族至上主義の国ですから。この国にいる獣人は、ほとんど奴隷商人に囚われて奴隷にされた人だけだと思います」


 そう答えられ、あっけにとられてしまった。確かに私はこのランディア帝国で生まれて育ったが、この国が人族至上主義国家だということなど知らなかったのだ。


 ええっ!?確かに私はお父さんとお母さんに大切に育てられたけど、そこまで箱入りだったの?いや、でも町の人だってそんな……。


 思い返してみれば、奴隷を連れた商人の姿が見えるとお父さんとお母さんに店の奥に入れられたが、チラッと興味本位で見回した視線の中に、顔を背ける町の人達の姿があった。あの顔は恐らく奴隷商人に対しての嫌悪だとは思うが、恐らく町の大人たちはランディア帝国がそういう国だとは知っていた筈だ。


 あまりに驚いている私に逆にラウルも驚き、考える顔になって口を開いた。


「……ああでも、獣人を虐げていたのは帝国でも貴族の連中だけなのかもしれない、です。確か僕達を捕まえていた奴隷商人も、子供は貴族たちに人気だからお前達も帝都まで連れて行く、って言われましたから」


 ……やっぱり貴族、いるよね。そうだよね、ランディア帝国だもの。帝国ってだけで皇帝がいて、貴族がいるのは当然のことじゃない。なんで私、そんな基本的なことも知らなかったのだろう。


 テムの町は小さな宿場町の一つで、町長さんは貴族ではなかった。でも今思えば、貴族の代官が居た可能性はある。ただのんびりとした町だとしかノアは思ってなかったが、それはお父さんとお母さんが囲った箱の中しか知らなかったから呑気にそう思えていただけだったのだ。


 そう気が付いて、自分は前世の記憶を思い出したことでただの八歳の無力な少女じゃないつもりでいたが、実際には自分の生まれた国のことさえ知らない、ただの世間知らずの子供だったのだと茫然としてしまった。

 少しの命の危険でこの世界のことを分かったつもりになっていたが、全然何も知らないのだと改めて自覚し、この世界でこれから生きて行くことに挫けそうになった時、ふっと柔らかな感触が私の頬にすり寄せられた。


「ウィト……ありがとう。ごめんなさい、私、この国のこと何も知らなかったみたい。奴隷商人がいて、奴隷がいるということだけは町を通る時に見かけて知ってはいたけれど、獣人を無理やり捕まえていたなんて」


 柔らかな毛並みと寄せられる温もりに力を貰って顔を上げ、ラウルになんとかそれだけを告げた。そんな私にとても困ったような顔をするラウルに、無理に微笑んで続きを話してくれと頼む。


「……リンゼル王国では、表立って奴隷や奴隷商人を認めていないのですが、獣人は力が強い者が上に立つ気風があって、弱い者は弱いのが悪いと切り捨てられるんです。だから奴隷商人に囚われても、囚われたのが悪いと国としては奴隷にされた存在を無視しているんです。なので、国のことなんて個人でどうこう出来るものでもないですし、ましてや僕達は子供なんです。だからどうか奴隷のことで気にしないで下さい」


 自分が被害者だというのに、少しだけ寂しそうな表情でそう告げたラウルの優しさに、挫けている場合じゃない、生きると決めたなら強くならなくては、とそう吹っ切り顔を上げて真っすぐにラウルの瞳を見つめる。


「ありがとう、気を使ってくれて。弱い立場の私達だけど、それでも精一杯生き抜きましょう。それが私達を産んでくれた両親に出来る、せめてのお礼になると思っているの」


 そう告げた私の言葉に揺れた瞳に私と同じ陰りを見て、そうではないかと思っていたがやはりラウルとリナリサちゃんの両親も亡くなってしまっているのだと悟る。それと同時に、私と同じような立場の子供はこの世界には恐らくいくらでもいるのだとやっと実感を伴って理解した。


 お父さん、お母さん。私が生きて行くことをもう償いだなんて思わないね。ちゃんと現実を受け止めて、私なりに強く生きて行くから。……産んでくれて、愛して育ててくれてありがとう。私、お父さんとお母さんの娘に生まれて、本当に幸せだったよ。



 両親の死から半年以上経って、やっときちんと現実を受け止め、この世界で生きる覚悟を決めた気がしたのだった。







ーーーーーー

やっと熱が下がりましたが、仕事がハードだったのでまた微熱が……( ;∀;)

ワクチン接種の副作用なので、高熱を出しましたが腕の痛みと身体のだるさで済みました。

今日もゆっくり寝たいと思います。(ストックはまだ大丈夫、な筈)

皆様も3回目の接種の時は二日は寝込む覚悟を(何でもない人も多いのですけどね)した方がいいかもしれません。

どうぞ宜しくお願いします<(_ _)>

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