第29話 怪我の治療
恥ずかしがるラウルを問答無用に背中を出させ、巻いていた腰布をほどくと傷口を覆っているバナの葉をとる。
……凄い。獣人は怪我の治りが早いって言ってたけど、獣に変化もしていたし、獣よりなのかもしれない。ウィトの時ほどじゃないけど、あれだけの怪我だったのに、もう傷口が盛り上がって来てる。
傷口が化膿していないことを念入りに確認し、傷口を洗おうとしてここで水を使う訳にはいかないことに気づく。
「本当に治りが早いのね。化膿もしていないし、何日か安静にしていたら傷口も塞がりそうね。傷口を水で洗ってから傷薬を塗り直したいんだけど、土間まで歩いて降りれる?無理そうなら濡れた布で拭くけど」
「いいえ、大丈夫、歩けます。……すみません、ありがとうございます」
ちょっと恥ずかしそうにしていたが、毛布を腰に巻きつけるとふらつきもせずに立ち上がり、しっかりとした足取りで私の後をついて来る。
土間には身体を拭く為に家から持ち出した大きな盥を置いてある。そこに問答無用で毛布を剥ぎ取って座らせ、膝を抱えて小さく縮こまる背中に容赦なく生活魔法で水を出して注いだ。
「いっ……!」
ビクンッ、と震えて頭上の黒い耳と盥の中の尻尾がピーンと立ったのを目に収めつつ、更に水を掛けて傷薬を落としながら傷口を洗う。ぶわっと膨らんだ尻尾をもふりたいが、今はそれどこではないし、獣人の尻尾を勝手に触れたら痴女になるかもしれない、と言い聞かせながら自重する。
傷薬の下からきれいなピンク色の傷口を見て、やはりこの傷薬はかなりいい物だったのかもしれない、と思う。今までもこの傷薬が無かったら、私の切り傷も化膿して破傷風に掛かっていた可能性もある。
お父さん、ありがとう。店の品物も、活用させて貰っているよ。
最近では謝るよりも感謝を捧げることが多くなっていることに気づき、自分が確実に前を向いていることを自覚する。
「キューーーン。クーーー」
小さな甲高い声にふと横を見下ろすと、小さなもふもふの子が尻尾を股に挟み、耳をペタンと倒して震えながらもお兄ちゃんが心配なのかきょどきょどしながら見守っている。
「フフフ、大丈夫よ、リナリサちゃん。お兄ちゃんの怪我、すぐに治るからね。次はリナリサちゃんも薬を塗り直しましょうね」
「あっ、リサ!大丈夫、痛くないから心配するな。お前が無事で良かったんだよ」
「キャウ、キュゥ……」
慌ててリナリサちゃんの方を向き、会話をするラウルの姿に、獣姿でもお互いに会話が出来ていることに驚いた。
もしかしたら、と思っていたが、昨夜はウィトともラウルは会話していたのかもしれない。ちょっとそのことを羨ましく感じつつ、きれいに洗ってある布で傷口を拭きとった。
「傷薬を塗るのに傷口に触るけど、ちょっと我慢してね」
そう声を掛けてから盥の上でしっかりと自分の両手を洗い、傷薬を手に背中に走る長い傷口に塗って行く。
「……っ!!」
妹の視線を今度は意識したからか、必死で声を上げるのを堪えていたが、それでも耳と尻尾は正直に痛みにプルプルと震えていた。それを見ている妹のリナリサちゃんもプルプルと震えていて、そんな場合でもないけど無性に笑いたくなってしまった。
傷薬を二つ使い、たっぷりと傷に塗り終わった頃にはラウルはぐったりとしており、尻尾も力なく垂れ下がり盥の中で水に濡れていた。水に濡れて細くなった尻尾が哀愁を漂わせており、さっき笑いそうになったのを反省しつつバナの葉を二枚、手に取って傷口を塞いだ。
「布を巻いて縛るから、前に渡したら前を回して逆の手で渡してくれるかな?バナの葉を押さえているから、片手しか使えないの」
それに両手が使えて、更にラウルが私よりも背が低くて小さくても、さすがに子供の体では背中に巻こうと思ったら抱き着くようになってしまう。私は気にしないが今はこれ以上刺激を与えない方がいいだろう、と配慮して声をかけると、「はい……」と弱々しい返事が返って来た。
それからなんとか腰布を巻いて治療を終わらせると、もう面倒になってその場でタブレットを出して大き目の布を取り出す。
「キャウッ?」
驚いて目を丸くしたリナリサちゃんと目が合ったが、しーっと口に指をあてて笑うとそれを着替えの服と一緒にラウルに渡した。
「これで治療はおしまいね。ついでに布が濡れないように体を洗ってから着替えるといいわ。体を拭く布と服を置いておくから、着れる服を着てね。着替えが終わったら声を掛けて。私は後ろを向いてリナリサちゃんの怪我の治療をしているから。さあ、リナリサちゃん。あっちの机で怪我をみるからね」
まだ目を丸くして硬直していたリナリサちゃんを抱き上げ、ラウルに背を向けて竈の前のテーブルへと向かう。テーブルにリナリサちゃんを降ろすと、棚から小さめの盥を取り出してそれをリナリサちゃんの隣に置き、更にタブレットからリナリサちゃん用に傷薬とバナの葉、それに端切れを取り出す。
それを見て更に目を丸く、耳と尻尾をピーンと立てた姿が可愛らしすぎて、とうとうクスクス笑いながら汚した前脚を手に取った。
外れかけた端切れを解き、バナの葉を取ると浅い傷だったからかもう塞がっている傷口が見えた。
「良かった。リナリサちゃんの方はもう一日傷口を塗っておけば大丈夫そうね。さあ、洗うからちょっと沁みるかもしれないけど我慢してね」
そのまま盥の上で傷口を水で洗い、傷薬を塗って治療を終わらした頃には後ろでごそごそと身体を拭く音がし出した。
「はい、終わり。我慢出来てえらかったね。さあ、次はご飯にするから、ちょっと待っててね」
「キャンキャンッ!!」
ちょっと倒れていた耳ごとそっと頭を撫でて声を掛けると、ご飯の言葉にうれしそうな声が上がった。パタパタと元気に揺れ出した尻尾に微笑みつつ、後ろを振り向かないようにまずは竈に火をつけ、上に水を注いだ鍋を置いた。
まあ、私はまだ八歳だし、それに確かに誰とも付き合ったことなかったけど二十七歳まで生きていたから子供の裸なんて見ても何とも思わないんだけどね。さすがに初対面の同じくらいの女の子に裸を見られるのは恥ずかしいだろうしね。
台からリナリサちゃんを降ろし、タブレットから肉と野菜、それに小麦粉を少し取り出して深めのお皿に入れる。
肉を昨夜のように薄く切って叩いて細かくし、芋の皮を剥いて細かく切ってコレンナとハーブ、それに野草も小さめに切る。
全ての野菜を鍋に入れて煮込み、塩を入れてスープ味見をしていると朝の見回りから戻ったウィトが入り口から入って来た。
「おかえり、ウィト。今ご飯の用意をしているね。ウィトもお肉を出す?」
見回りの途中で獲物と遭遇すると狩って来ることも多いウィトに尋ねると、「ウォフッ!」という声が返って来た。
「……あの、服をありがとう、ございます。その、そのホワイトウルフさんは、獲物を持って来た、って言ってますけど」
「わあ、やっぱりウィトとも会話出来るのね!凄い!ちょっと羨ましいな……。じゃあちょっとウィトが獲って来てくれた獲物を回収して来るから待っててね。戻ったらすぐに食事にするから」
さっきから足元をそわそわと歩き回るリナリサちゃんに微笑みながらそう告げると、ウィトの方へと向かう。
「あっ、解体なら僕がやります!いや、やらせて下さい!」
「それは助かるから後でお願いしたいけど、せめて今日は安静にしていた方がいいわ。昨日かなり血を流していたし。それに解体しに行くんじゃなくて、今は回収するだけだから」
振り返り、ラウルの顔を見ながらそう告げると、え?という顔をしてこちらを見て固まった。
やはりお父さんの服では大きすぎたのか、私の替えのシャツを着て、ズボンを履いて腕で押さえている姿に首を傾げる。
あれ?サイズ的には大丈夫みたいだけど、もしかしてウエストが大き過ぎるとか……。いやいや、紐でしばるんだし!そういうことはない筈。なら……。ああっ、尻尾か!尻尾穴が服に必要なんて、本当にここはファンタジーな世界なんだなぁ。
「ああ、ごめんね。尻尾があるよね。ええと、今すぐには直せないから、今日は我慢していて。後で説明するから、ちょっと待っててね」
ウィトと顔を合わせ、一つ頷くと外へ出て近くにあった大きなボアを血を別にと念じながらタブレットに収納する。
最近ではウィトも風の使い方が上手くなり、浮かせて運んで来るのか毛皮の傷もほとんどない。それにタブレットを出せば浮かせてくれるので、軽々と収納できるのだ。
「ねえ、ウィト。あの二人には、私のこの力のことを話しても大丈夫、だよね?」
変換のことはともかく、収納と結界のことはこれからどうなるにしろ、何日かだけでも一緒に暮らせばすぐに分かることだ。収納と結界を使わないでその間過ごす、というにもこの環境では無理がある。
あの二人からは私を追いかけまわした男達のような悪意は全く感じない。それに、あの二人にも色々と事情があってここに来ることになってしまったのだろうから。だから自分の二人を信じたい、という心に素直に従いたいのだ。
「……ウォフッ。ウォォーーーーッ!」
私の目を見て頷き、力ずよく遠吠えを上げたウィトの姿は、まるでこれからは群れを自分が守る、と言っているかのようでとても頼もしく思えたのだった。
ーーーーーーーー
若くないのにワクチン接種の副作用で結局高熱を出し……。やっと下がって来ました。
今日休んでしまったので明日は仕事が……ブルブル なので明日は更新は夜になるかもしれません。
どうぞ宜しくお願いします<(_ _)>
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