第24話 拠点の完成
崖の笹の刈り取り作業を終えた翌朝。入り口の岩を取り除いた為にそこから寒い空気が入り込み、早朝に目を覚ました。
「うう、寒い……。山に近いから朝晩は冷え込むのかな。今日はここを完成させなきゃ。思ったよりも早く冬が来るかもしれないから、急いで食料を集めないと」
ウィトの姿は今朝もなく、毛布にくるまっていたが肌寒さに大慌てで昨日の焚火跡に薪を足して火をつける。
唯一良かったのは、森をあちこち彷徨い歩いていたから、倒木や落ちている木の枝などを見つける度に収納していたので、薪の心配はほぼないことだろう。それでも用心の為にはもう少し集めたいところだが。
焚火で温まると、ようやく顔を洗いに出る気力が沸いて、毛布を身体に巻き付けたまま小川へと向かう。
……もしかして、今一番急務なのは冬服の準備だったり?でも、ここでは毛糸とかないし、厚手の布とか区別もないから重ね着するだけなんだよね。
一応シャツを二枚重ねて着ているが、ローブを羽織っても早朝の冷え込みの中では寒く感じた。ここが水辺に近い為冷え込みが厳しいのかもしれない。森で寝ていた時より、季節が一つ進んだように感じた。
「家が出来たら、明日からは午後は毛皮を使って簡単なベストくらい作ろうかな。ここで冬を越すなら必須だよね」
冷えた手をこすり合わせながら小川に着き、水に手を入れると水の冷たさにブルリと震えながら顔を洗う。その冷たさにすっかり目が覚め、寒さを振り切って腕を伸ばして深呼吸をすると、小川の中で泳ぐ魚の姿が目に入った。
「あっ、魚!魚なんて、ずっと食べてないな……。食べたいけど、食べられる魚かどうか調べる術がないんだよね。それが分かれば笹で籠を編んだらたくさん捕まえられそうなんだけど」
川で遊んだことも魚釣りをしたことも一度もないが、魚が入ったら抜けられない筒のような物を使った追い込み漁をテレビで見たことがあった。とても印象的だったから覚えていたのだ。
まあそれも、この魚が食べられるという確信がない限り食べようとは思わないのだが。
じっくり岩陰に隠れながら泳ぐ魚の姿を観察した後戻る途中、ウィトが岩場から駆け下りて来た。
「ウィト、おはよう!見回りありがとう!」
「ウォンッ!!」
尻尾をパタパタと振りながら私の回りをグルグル回るウィトに、しゃがんで抱き着いて朝の挨拶をした。
「朝食を食べたら今日も作業をお願いね!今日で終わりにしたいの」
「ウォッフゥ、ウォンッウォンッ!!」
急いで戻ってスープを作って飲むと、裏の昨日更地にした崖へと向かう。
「ウィト、この岩の上をこう、斜めに切れる?」
今出て来た岩室を囲んでいる岩の、穴が開いている天井部分を見下ろしながらその天井を崖側に斜めになるように上を切りそろえる絵を、地面に木の枝で描いて説明する。
今のままだと天井が高くて寒いので、揃えるついでに崖側の岩が地面からニメートル、反対側が三メートルくらいの傾斜になるように身振り手振りで説明した。
「グルグル……グルゥ、クウォンッ」
うーーん、なんとかやってみる、という感じの返事に、失敗しても別の岩場にするから大丈夫だと背を押す。
そしてしばらく上から岩場を見下ろしていたウィトは、私を見て一声鳴くと崖を走って下りて行った。上からその姿を見ていると、岩室のある岩場のさらに向こうの岩場の上にウィトが姿を現した。
昨日の崖の笹を刈る時の、下から斜め上へ風を放って崖をえぐってしまった時のことを思い出し、ウィトが上から風を放とうとしていることにその姿を見て気が付いた。
私がここにいると邪魔になる、と急いで歩いてウィトと岩場の直線からズレるよう横に移動した。そして十分に岩山から離れた位置に着いた時、ウィトの遠吠えが聞こえた。
「ウォオーーーーーーッ!」
顔を上げ、遠吠えをしたウィトの姿を見ながら念の為に自分の周囲に結界を三重に張ると、それを感じたのかウィトがこちらに視線を投げてから前を向き、風を放った。
ゴウッと風が吹き抜ける音と、ドオッと切られた岩が落ちる音、そしてわずかに崖の土を舞い上げ私の一番外側の結界を掠るように風が消えて行った。
それは一瞬のことで、その騒音に森から物音や鳥の鳴き声が消え、一瞬で静まり返る。
「ウォオーーーーーーッ!」
そこに響いたウィトの遠吠えは、今度は歓喜に染まり、とても誇らしそうだった。
そうして切って貰った岩室の天井は、指定した通りに見事に切られていたのだった。
上手に出来た喜びに走って戻って来たウィトを褒めて撫でまわし、切り落とした岩を収納すると、今度はウィトと私の二人での共同作業だ。
「ウィト、私がタブレットから昨日切って貰った岩を出すから、その岩の倒れる角度の調整と落とす速度を風で調節して貰いたいんだけど、できるかな?岩はね、こう、この崖から斜めに岩室の上にかかるように並べて置きたいんだ」
昨日ウィトに大きな岩山をそのまま縦に切って貰った岩を収納した時、タブレットの変換リストに石板(特大)が表示された。
その大きさまではリストでは確認できないが、変換率を計算して欲しい石板の1.5倍の大きさの岩山にしたので、欲しいサイズの石板に変換出来るのではないかと期待している。
先ほど岩山の天井部分を切って貰う為に描いた図に、今度は石板を裏の崖から斜めに渡す図を足して描いてみせる。
「大きさが出してみないと分からないから、まずは中央部分に一枚ね。大きさがあんまりにも合わなかったらそのまま収納するから、とりえずタブレットから私が石板を出したらウィトには風で支えて欲しいの」
「ウォフッ!!」
さっきの作業が上手くいったからか、今度は自信満々の鳴き声にちょっとだけ笑いそうになってしまった。
タブレットから物を出す時は、タブレットの真下に出て来るが、その時にタブレットの高さよりも長い品物は、タブレットを突き抜けて出現する。
最初に鍬を出した時には驚いたが、タブレットに私は触れるが実体がある訳ではないので何も問題なかったのだ。
ただ今回は大きさが大きさだけに、タブレットの位置を念入りに調整する。出した石板に私が潰されたらシャレにならないからだ。
タブレットは高さは私の身長まで、そして前後はやはり私の身長と同じ距離だけは身体から離して使用することができる。その際は文字を手で押さなくても、念じても変換の操作は可能だった。
「いくよ、ウィト!」
崖に登り、ウィトが切ってくれた天井の角度が交わる場所にタブレットを出し、石板(特大)横向きに出すようにイメージして変換と念じた。
ドオンッ。
変換され、タブレットから出て来た石板(特大)は、予想した以上にキレイに平面で、そして予測していた大きさの範囲内で一番小さめだった。
「ウィト、ちょっとだけ小さかったから、長さが不足していたら位置の調整をお願いね!」
「ウォフッ!……グルルルルーーーーウォンッ!!」
斜面の傾斜に沿って、岩室の方へ倒れて行く石板(特大)の保持をウィトに頼むと、途中から明らかに倒れる速度が遅くなり、斜めにズレていた軌道が変わる。
「ウィト、頑張って!」
ゆっくり、ゆっくりと倒れていく石板(特大)がどんどん下がって行くにつれ、ウィトの頭が下へ下がっていく。何も助けられない私はその姿をハラハラしながら見守りつつ、ウィトを応援するしか出来なかった。
トスンッ。
大きさと質量を考えると信じられない程の軽い音で、一枚目の石板(特大)は無事に崖から岩室の頭上へと掛かり、天井の一部を埋めた。
「ウォフゥ……クゥーー……」
フウ、と力が抜けたようにへたり込むウィトに、かなりの負担がかかったと一目で分かって駆け寄った。
「ウィト、ありがとう、ありがとう!すごいよ、ウィト。完璧だったよ!」
隣に座り、ゆっくりと頭や耳の裏、そして喉の辺りを撫でさすると、気持ち良さそうに目を細める。こんなにも頑張ってくれたウィトには感謝しかない。
しばらく撫でていると元気を取り戻したのか、ペロペロと顔を舐めながらいつものようりスリスリとすり寄って来た。
「ウィト、休憩して、あとはお昼からにしようか?」
今の石板(特大)で天井の半分近くは埋まったが、両側に一枚ずつ同じように並べないと屋根は完成しない。でもウィトの負担を考えると、明日に持ち越した方がいいのかもしれない。そう思って言ってみると。
「ウォウゥーーー、ウォフッ、ウォンッ!」
大丈夫、僕、出来るから!と言わんばかりのウィトの鳴き声に、無理はして欲しくはないがとりあえず休憩してからもう一枚をやることにした。
結局二度目はウィトも要領を掴んだのか、一度目と比べるするすると石板(特大)が倒れていった。
「ウィト、一枚目となるべく間を空けないようにお願いね。もし間が開いてしまっても、他の石で埋めれるから、無理だけはしないでね」
変換した石板(特大)はキレイにカットされた長方形をしているが、これを隙間なく並べるには風の魔法の制御が難しいのではないか、と一枚目の実際の作業を見ていて気づいたのだが。
「ウォッフゥーーーーッ!」
いっけぇーーーっ!というウィトの気合いの入った鳴き声と共に、二枚目の石板(特大)はキレイに一枚目の隣に置かれたのだった。
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これで2章が終了となります。
私は今日でGWは終わり明日から平日ですが(土曜も仕事です( ;∀;)GW週ということで、
明日はお昼に予約を入れて、2話更新予定です(昼、夜)
ただ明後日の土曜は3度目のワクチン接種なので、様子を見て土曜から1話更新になるかと思います。
元気だったら土日までは2話、来週からは毎日1話の更新となります。
明日は新しい子が登場します!のでよろしくお願いします<(_ _)>
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