夏休み概念化計画

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夏休み概念化計画

葉歳はさい西高校 自由研究課題

二年D組 天鷹あまたかきかる

「夏休み概念化計画」

概要

 「夏休み」にまつわるイメージを全校生徒から集計し、接合処理を施す。そのデータを仮想空間に構築し、一般にイメージされる夏休みのシミュレーションを行う。



櫻田:>Kikaru

たいへん面白いテーマです。シミュレーションだけでなく、それを成立させた背景や現実との乖離まで考えられるとなお良いでしょう。セキュリティの都合があるので、仮想空間構築には学校のコンピュータを使ってください。外部ツールは入れないこと。


櫻田:>Kikaru

追記です。題名はもう少し考えても良いかもしれません。


Kikaru:>櫻田

自由研究の間ずっと学校にいなきゃいけませんか?タイトルは検討します!


櫻田:>Kikaru

構築を済ませた後は、録画データは天鷹さんのスペースに定期的に送られるように設定すれば大丈夫です。


Kikaru:>櫻田

そうします!



○「夏休み」にまつわるアンケート

「夏休み」と聞いて連想する単語を、下のボックスへ入力してください。上限は五個としますが、思い浮かばなければ無理に入力しないで大丈夫です。自由研究に利用するので、ご協力よろしくお願いします。

                            2年D組 天鷹きかる



夏休み概念化計画

          2年D組 天嵩きかる


1.アンケート結果

 全校生徒182人に向け上記のアンケートを実施した結果、以下のような結果が得られた。(表1)


回答総数:472(ひとり当たり約2.6回答)

・「海」:161人

・「部活」:145人

・「祭り」:132人

※「わかあゆ祭」「花火大会」などは「祭り」としてカウント

・「花火」:130人

・「帰省」:129人

※「実家」「田舎」「故郷」などは「帰省」としてカウント

・「宿題」:128人

……


 このうち、2/3以上の回答数(=121以上)の単語を「夏休みイメージ語」と規定する。これらの「夏休みイメージ語」を合成、仮想空間構築ソフトCIELAにインプットし、「擬似的夏休み空間」を構築する。



2.擬似的夏休み空間の設計

 葉歳西高校の夏休みは25日間のため、空間内でも同様の日数、観察する。準備、考察の時間の都合上、空間内の時間を1.5倍にし、現実世界の17日間で観察を行う。人間については、ソフト付属の学生モデル、家族モデルなどを使用する。


1日目

 学生が起床し、海へ向かった。そこには学生の実家があり、夜には花火大会が行われた。日中は多数の学生と顧問らしき教師が出現し、練習をしていた。花火大会が終わった直後に学生は宿題を始めた。


※設定ミス。「夏休みイメージ語」を「消化行動」の欄に入力していたため起きた事態だと思われる。「夏休みイメージ語」は「達成行動」の欄に移し、「消化行動」は学生モデル(休暇)のものをそのまま入力した。優先度は「達成行動」>「消化行動」とした。


1日目(take2)

 本モデル(以下、学生)は昼に起床した。昼食を済ませると、図書館に向かって友達と宿題をした。二時間ほどで図書館を出て、カラオケに入った。夕飯はファミレスで食べ、宿題を広げたが、1,2ページ程度しか進まなかった。帰宅後は深夜までゲームを行い、就寝は午前4時だった。


2日目

 昨日とほぼ変わらず。カラオケには行かず、夕飯は家で食べていた。宿題をやる様子はない。風呂を済ませると、またゲームをしていた。4時就寝。


……


5日目

 一昨日、昨日に続き、部活に顔を出した。練習は夕方くらいまで続く。荷物がやたら多い。着替えを持ってきたらしく、私服姿になって祭りへと出かけていった。学内でネックレスをつけて顧問に怒られていた。花火大会には男子4人で向かった。誘った女子は全員来なかったらしい。特に、ひとりの男子は他の3人にやたら慰められていた。彼女に振られた様子。花火を見に河原まで出ると、隣に女子の一団があった。その中には男の元カノもいたらしく、気まずい雰囲気に。しかし、花火が上がった瞬間彼女が男の手を取って、もう一度やり直そう、と告げた。呆気にとられるその他のメンバー。復縁成立。


【考察】

現時点で、現実と仮想空間との乖離はあまり見られない。私服登校が不可の弊学では、このようにして祭りへ行く生徒も少なくない。ただ、復縁の流れは少し現実味がないと感じた。今後も似たようなことが起こるかどうか、要観察。


……


10日目

 学生が所属する水泳部の試合が開かれた。学生は50メートルの自由形に出場。他の選手がクロールを選択する中、バタフライを選択した。バタフライで他の選手を抜く学生の泳ぎは異彩を放ち、1位でゴールした。だが、審判によるビデオ判定で、折り返しの際に片手でタッチしていたことが発覚。記録は取り消しとなった。項垂れる学生に、マネージャーと思しき女子が近寄る。2人は無言でベンチに座っていた。


……


16日目

 お盆休みとなり、学生は和歌山の実家まで帰省した。海沿いの小さな街で、祖父母と従弟一家がいた。失意の学生に祖父母はかき氷を作ってやり、中学3年生になる従弟は学生を海へ連れ出した。学生はわっ、と叫んで水着になり、海へ飛び込んだ。従弟もそれに続く。ルールなんてクソくらえ、と喚きながら、2人は夕方まで海ではしゃいでいた。

 家に戻ると再従姉はとこが来ており、一同で手巻き寿司を食べた。特番を見ながらダラダラと過ごしていたが、学生は宿題を終わらせるため、仏間へ向かった。ひとりで宿題をしていると再従姉が顔を出し、横から口を出し始めた。教え方は的確で、学生は文句を言いつつ宿題を進めた。

 宿題が終わると、再従姉は仏壇を指し、私のお爺ちゃんも水泳やってたんだよ、と言った。大学で挫折して、その後は教師になった。ほとんど水泳に縁のない人生をおくったはずだけど、溺れることだけはないようにって、泳ぎ方を教えてくれた。

 学生が、それがどうした、と言うと、再従姉は別に、と返した。それ以降会話はなく、11時頃に就寝した。


17日目

 再従姉一家は一日だけ滞在して帰ることになっていた。昼過ぎに学生の父と学生が、車で駅まで送った。別れ際、学生は再従姉にありがとうと言った。再従姉は、なんのこと? と返した。


……


【中間考察】

 とても面白かった。直接的な慰めではなく、行動によって学生を励ます親戚一同の姿には胸を打たれた。が、これは少しフィクションじみている気がする。見応えはあったが、シミュレーションとしては失敗かもしれない。


……


24日目

 宿題を手伝ってほしい、という名目で、水泳部のマネージャーから呼び出される。学校の図書室で、割りと黙々とこなしていたが、夕方あたりになると様子が変わった。どうやら学生が落ち込んでいるのを見越しての呼び出しらしかった。元気だしなよ、という在り来りな励ましから、果ては私がいるじゃん、などという公私混同甚だしい言葉まで飛び出た。良い雰囲気になる。司書の先生の不在を見計らい、女子マネージャーが学生に告白。答え保留。


25日目

 最終日。学生は電話で、答えを告げた。晴れて二人は付き合うことに。めでたしめてたし。


【考察】

 もしかして私がおかしいのだろうか。私の人生が無味乾燥なだけで、みんなこういう輝かしい夏休みをすごしているのだろうか? とうてい受け入れ難い結論。要分析。


3.シミュレーションに対する考察

 思考の結果、やはりシミュレーション上の夏休みはフィクションに毒されすぎではないかという結論に至った。「夏休みイメージ語」から構築されるストーリーとしては矛盾がないが、例えば「祭りでの復縁」「部活での失敗」「親戚の励まし」など、付加要素が多いように思う。結論としてはシミュレーションは現実モデルをなぞるのに失敗した、ということだが、その原因を探るべく追加調査を行う。


4.追加調査

 シミュレーションは「夏休みイメージ語」をもとに構築したが、実際の夏休みの日記と比較してみてはどうだろう。また、参考として、フィクションでの夏休みとの比較も行う。

 匿名を条件に、葉歳西高校の生徒3名の夏休みの日記を借用した。いずれも昨年の課題「夏休みの記録」である。これを「現実夏休みモデル」とする。

 また、夏休みを舞台とした小説を四冊ピックアップした。これは図書室のデータベースで「夏休み」をキーワードにして検索した際の小説群から、無作為に選んだものである。作品は大森千夏『夏が爆ぜる』、小笠原ごう『夏と冬のオペラ』、滝田航平『昭和四十年の夏』、冷玉ひえたま芭韮ばにら『宿題を初日に終わらせる彼女、最終日まで溜め込むオレ』の4冊。これらを「空想夏休みモデル」とする。

 シミュレーションを上記の2モデルと並行比較装置にかけ、一致度を計測した。結果、「現実夏休みモデル」との一致度は57%、「空想夏休みモデル」との一致度は68%であった。やはり先のシミュレーションはフィクションに寄っていた、という結論に至った。


5.結論

 今回の研究を総括する。まず、「夏休み」という言葉から連想される単語、「夏休みイメージ語」で仮想空間に夏休みを構築し、シミュレーションを行った。

 そのシミュレーションを過去の夏休みの日記、「現実夏休みモデル」、夏休みを舞台とした小説「空想夏休みモデル」と比較し、一致度を計測した。結果、シミュレーションは「空想夏休みモデル」との一致度の方が高く、すなわちフィクションよりであると分かった。

 このような事態が起きた原因は、仮想空間構築ソフトCIELAの参照データにあるのではないか。CIELAの仕様書を見ると、「学内の日誌、記録を収集し仮想空間構築の助けとする」とある。つまり、夏休みは基本的に学外の出来事であるため、データの不足を補うため、このような飛躍が生まれたものと推察する。(2034.08.22)



フィードバック 2年D組 天鷹きかる

 自由研究、お疲れ様でした。質、量ともに充実していて素晴らしかったと思います。シミュレーションが想定外のものでも、原因を追求しようとしたことは特に良かったです。

 「消化行動」と「達成行動」の取り違えは気をつけましょう。「消化行動」は言わばその日にやるルーティーンで、「達成行動」はシミュレーション期間内に果たすべきノルマです。

 考察に関しても、的を射ていると思います。CIELAはまだ導入されたばかりですから、データの蓄積が不十分だったのでしょう。他ソフトのデータを借用することを検討していますが、やはり予算の問題でまだ上手くいかないようです。

 ただ、学内のことはデータ通りだとすると、図書室の告白も本当にあったことになります。司書の宮木先生に聞いてみたら、良い雰囲気だったから少し二人きりにしてやった、だそうです。

 ともかく、天鷹さんの考察は当たっているということになるでしょう。システムの不備を指摘されたようで、こちらとしては耳の痛い考察でした。お疲れ様でした。


評価[A] 櫻田陽仁はると



狛川大学月報 2041.9

 狛川大学大学院空間構築研究室所属、天鷹きかるさんの論文が、シミュレーション物理学の研究誌『JAYRO』8月号に掲載された。天鷹さんの論文では、仮想空間構築の際に、参照データの不足をコンピュータがどう補うかについての研究がなされた。極端に確実性の低い空間を20パターン構築し、補足アルゴリズムが小説家がストーリーを考える際のそれと極めて近いことを示した。レビューでは、これにより参照データが不足した際の修正が容易になると共に、小説家の仕事を脅かす可能性もあると指摘されている。天鷹さんはこれについて、「夏休みの自由研究から発想した。研究で構築した仮想空間は、私の愛読書『夏休みの宿題を初日に終わらせる彼女、最終日まで溜め込むオレ』にはとうてい及ばない。人を楽しませるのは人の仕事であると」と……

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