第1話 - シンという少年
木を削って作られた模造刀が、カン、カン、という小気味よい音を立ててぶつかり合う。砂利の上を移動する足は、模造刀とは別のリズムで不規則に細かい音を鳴らしていた。両者は、時に詰まったような強い音を立てる。
模造刀をぶつけ合っているのは、手拭いを頭に巻いた壮年の男性と、黒い髪の毛を短く刈り上げた短髪の少年だ。短髪の少年は息を荒げながら模造刀を振り回している。壮年の男性は、寸前で躱したり模造刀で受け止めたりしながら、短髪の少年の攻め手を受け流していた。呼吸は全く乱れていない。数十人の少年少女が2人を取り囲んでいて、そのやり取りを固唾をのんで見守っていた。
何度目かのやり取りで、壮年の男性にわずかな隙が生まれる。短髪の少年はそれを見逃さず、滑るように屈んで男性の懐へ足を踏み入れた。そして、片手逆袈裟に模造刀を走らせる。
(ーー入る!)
短髪の少年はそう確信し、模造刀を握る手により一層の力を込めた。しかし次の瞬間、短髪の少年の模造刀は大きく空を切る。予想していた手ごたえがないことに、短髪の少年は体のバランスを崩した。何が起こったのか分からず大きく目を見開くが、視線の先に壮年の男性の姿はない。姿を探し下を見ると、壮年の男性が片手逆袈裟の体制で模造刀を構えていた。
「残念」
鈍い音が鳴った。
***
「今のように力んでしまうと、チャンスも一転してピンチとなりうる」
壮年の男性が、少年少女の前で話をしている。少年少女は皆、足を抱えるようにして地面に座り込んでおり、先刻の短髪の少年も同じようにして列の最後尾に並んでいた。少年少女は目を輝かせるようにして、壮年の男性を見つめている。短髪の少年だけは、壮年の男性から目を逸らし空を眺めていた。その様子に壮年の男性が気付き、短髪の少年へ声をかける。
「シン、ちゃんと話を聞いているのか。お前のことだぞ」
シンという短髪の少年は、壮年の男性の呼びかけに応えなかった。空を眺めたまま、口を強く結んでいる。
その様子を見て、少年少女たちがひそひそと声を立てた。
「相変わらず態度悪いよな、あいつ」
「ゲンマもよく目をかけてあげてるよ」
「少し強いからって浮かれてんだよ」
少年少女たちのひそひそとした声にも、シンは反応を示さなかった。変わらず空を眺めている。
「……お前たち、よしなさい」
ゲンマという壮年の男性が、少年少女たちをたしなめた。
「陰口を叩くのはよくない。それは弱い者のすることだ。何かを言いたければ、面と向かって正々堂々と言え。大人数という陰に隠れるな」
少年少女たちは「はーい」と声をそろえて答え、シンに向けていた視線をゲンマに戻していった。ゲンマはそれを確認すると、話を続けた。
「いいか、軍部学校の試験はもう再来月にまで迫っている。狭き門だ。生半可な実力・覚悟では、一次試験をやり切ることすらできない。道場での稽古はもちろんだが、家での自主鍛錬も欠かしてはいけない。いいね。悔いの残らぬよう、やれることはすべてやっておきなさい」
「はい!」
ゲンマの言葉に、少年少女たちが声をそろえてはっきりと返事をする。
ゲンマが話している軍部学校とは、グラン帝国が保有している帝国軍の養成所のことだ。15歳になった少年少女のみが入学試験を受けることができる。非常に狭き門だが、名誉ある職業として子供たちからの憧れを集めており、志願者が減ることはない。試験は毎年行われ、多くの子供たちが落第していく。
軍部学校の入学試験は、一次試験である筆記と実技が終わったあとに、最終試験として将軍たちによる面接が行われる流れになっていた。ゲンマの道場に通う門下生の多くは、来月に一次試験を控えている。
ゲンマの話が終わった。
シンは、ゲンマの話が終わると早々に立ち上がり、一礼をして道場を出ていった。その様子を見て、ひとりの少年が隣の少年に独り言のように呟く。
「あいつ、なんでこの道場に通ってるんだろうな」
隣の少年は帰りの支度をしている途中だった。上着のシャツを羽織りながら、不愛想に答える。
「知らねえよ。試験を受けるわけでもないのに、本当に謎だよな。ずいぶん前からいるみたいだけどさ」
「……受ければいいのにな。多分、この道場で一番強いぜ、あいつ」
話しかけてきた少年の言葉に、隣の少年は苦虫を嚙み潰したような顔をしてこう返事をした。
「人のことはいいだろ! お前、筆記試験の勉強したのかよ。筆記で落ちたなんて言ったら、ママに殺されるぞ」
「そうだ、やばい。早く帰って勉強しないと」
2人の少年は会話を終えると、急いで身支度を整え道場から出ていった。
ゲンマは、道場の出入り口で門下生たちを見送っている。2人の会話を聞き、物悲しい表情を浮かべていた。
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