第67話
ただ。
彼女を元気付けることは、フィーリアにもできる。
しかし完治させることは、フィーリアにはできない。
何故なら彼女がかかった病は、失恋が引き金だからだ。
完治させる最善の策は、考えるのもつらいが、アベルが彼女の想いを受け入れるか、彼女が次の恋に目覚めるかしかない。
失恋には恋の成就。
それが最大の特効薬。
それは先人の知恵。
「お兄ちゃん。どうしたらいいかわからない。あたしほんとはね? まだお兄ちゃんのこと」
独り言のつもりだった。
しかし急に城が騒がしくなり、公爵の帰宅を知り、慌てて出迎えに出向いた。
「お帰りなさい、公爵様!」
「いつになったらお父様と呼んでくれるのかな? フィーリア? きみを養子縁組で迎えたいという申し出は、大分前からしているのだが?」
「それはやっぱりわたしなんかが公爵家に養子縁組するなんて無理だと思うから」
「そんなことはない。きみには大変世話になっているし、少しくらい報わせてほしい。リアンもきみが妹なら嬉しいと言っているし、わたしたちもフィーリアなら娘として愛せると自負している。それでもダメかな?」
「もう少し考えさせてください」
「無理強いする気はないからね。わかったよ」
「それよりも公爵様。お兄ちゃんに逢う方法ってないですか?
お兄ちゃんは世継ぎの王子様だから、あたしみたいな身分の低い娘が逢うのは、難しいってわかってるけど」
「アルベルト殿下に? それは確かに難しいが。必要なことなのかい?」
「リアンのことでお兄ちゃんに聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「今回のこと曖昧に断ったことで、お兄ちゃんにも責任があると思うんです。だからっ!」
リアンのことで必死になっているのが伝わって、公爵は尚更フィーリアが愛しくなる。
リアンで不服だったわけではないが、どこまでも無償で尽くしてくれるフィーリアに、夫妻で話し合いリアンにも相談した上で、彼女を養子に迎えたいという結論に至った。
まだ色良い返事は貰えないが、諦めてもいない。
そのくらい彼女を見込んでいた。
彼女のお願いに多少狡いかなと思いつつ正論を返した。
「それは確かに難しいね。以前が例外だったのは、陛下のご許可があったからだし、陛下を頼れないなら、きみがわたしと養子縁組をして娘になるくらいやらないと殿下には逢えないね」
「公爵様狡いです」
「貴族は大なり小なり狡い生き物だよ? 知らなかったかな?」
公爵の提案にずっと迷っていたフィーリアの心が定まった。
深々とお辞儀する。
「そのお話、謹んでお受けいたします」
そこまで言ってから一度区切り、フィーリアは笑顔を向ける。
「お父様」
「フィーリア! ありがとう! 嬉しいよ!」
早速手続きするからと去っていく公爵に、フィーリアはこのことを報告するため、リアンの元を目指した。
それから暫くしてケルトは最近元気のないリドリス公爵から、意外な報告を受けることになった。
「養子縁組? しかもこの名前。フィーリアって」
「はい。アルベルト殿下にとって、妹代わりだったあのフィーリアです。色々ありましてこの度、養子縁組することになりました。待望の2人目の娘です!」
「嬉しそうだな。しかしどうして急に養子縁組をしようと?」
「フィーリアにはリアンのことで返しきれないほどの恩があるのです。無欲なあの子に親として愛することで報いようと思いまして」
「リアンになにかあったのか? 確かにここ最近、いや、もう長く姿を見ていないが」
「リアンのことで陛下にお願いがございます」
そう言って切り出された内容にケルトは絶句したのだった。
世継ぎの王子の自室に案内されたフィーリアは、ドキドキする胸に手を当てて深呼吸を繰り返す。
リアンのためという動機は確かなものだ。
でも、好きな人に久し振りに逢える!
そう喜んでしまうのも、また事実だった。
震える手で数度扉をノックする。
「どうぞ?」
促す声に部屋に立ち入る。
部屋で待つ世継ぎに挨拶のため一礼した。
「この度リドリス公爵様の養女になりました。フィーリアと申します。アルベルト殿下。以後お見知り置き下さいませ」
「養女って。え? フィーリア? 本物の?」
アベルは突然の出来事に目を擦ったりして、挙動不審になっている。
「フィーリア? 正真正銘本物の?」
「今はシスター見習いでもフィーリア・ムーンでもなくて、フィーリア・リドリスだよ? お兄ちゃん!」
「え? え? え? 一体なにがどうなってるんだ?」
動揺しながらもそこまで言ってから、アベルは駆け寄っていき、まだ慣れないドレスに戸惑っているフィーリアを抱きしめた。
「お、お兄ちゃん?」
「もう逢えないと思ってた。どうしてリドリス公爵家の養女に?」
「あたしもお兄ちゃんに逢えて嬉しいよ? でも、今日は嬉しいだけの報告じゃなくて、お兄ちゃんにとって、とてもつらい報告もあるの。聞いてくれる?」
「わかった。聞こうか。とりあえず座らないか?」
誘いに向かい合う形で落ち着くと、フィーリアはもう長くリアンを苦しめている現状を語り始めた。
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