第66話
応接室に通されたフィーリアは、大事に持参してきたブローチを差し出した。
「孤児院にいた頃、リアン様が泊まっていた部屋に落ちていました。イニシャルがLLだったし、これだけ高価な品、公爵家のご令嬢のものに違いないと思いました。姫様たちのものだと思うには、落ちていた場所が変でしたし。間違っていましたか?」
シスターになるため、最近になって礼儀作法を習い出したフィーリアは、丁寧に話を切り出した。
ブローチを受け取った公爵は、一度よく見ていたが、奥方に手渡した。
「わたしは宝飾品には詳しくない。どうだ? リアンのものか?」
「あなたが宝飾品を湯水の如く与えるから、把握するのが難しくなったのです。それに本当に見覚えがありませんか? これは七歳になったとき、あなたが買い与えたブローチで、あの子の宝物ですのよ?」
「あのときの! 家出するときに身に付けていたのか?」
「売る気はなかったと思います。ただあなたに対して怒っていても、あなたから初めて貰ったブローチだから、手放せなかった。それだけだと思います」
「その割には落としたことに、こんなに長く気付かなかったみたいだが」
「それはあなた。あの子が戻ってから、王家やあの子の身に起きたことを考えてあげてください。うっかりしていただけてすよ。拗ねなくても大事な気持ちに変わりはないはず」
「またあの子の手元に戻って来てよかった。ありがとう。シスターフィーリア」
「いえ。当然のことをしただけですから。それよりあれからリアン様はお元気に過ごされていますか? 気にしていたのです」
軽い気持ちで聞いたフィーリアだったが、この問いに顔を見合わせるふたりに、フィーリアは「え?」と驚きを口にしてしまった。
「シスターフィーリア。あなたは家出していた頃、あの子とは親しかったのでしょうか?」
「はい。年が同じだったからか特別親しくさせて頂いてました。一緒にお料理したりお掃除したり。時には孤児院の子供たちと遊んだり。今考えると夢見たいですが楽しかったです。それがなにか?」
「助けてあげてください、シスターフィーリア。あの子を助けてあげてください。もう神の子であるシスターに縋るしか」
これは只事ではないと悟って、フィーリアは居住まいを正した。
「シスターとして全力を尽くすとお約束します。恐れ多いですが友達としても。事情を教えて頂けませんか?」
涙ながらに語る奥方に公爵が時折、説明を補足しながら、事情説明は続きフィーリアは、すべての説明を聞き終えた。
愕然としてしまう。
ここまで激しい恋。
フィーリアは体験する前に失恋してしまったが、リアンはアベルの身近にいた分、深手を受けてしまったのだろう。
その痛みがわかるだけに、放っておけないとフィーリアは思った。
「リアン様に逢わせて頂けますか? シスターとしてではなく友達としてお逢いしたいので、洋服を一式貸して頂けると助かります。お願いできないでしょうか?」
「暫くここに逗留して貰えると助かる。教会にはシスター見習いとしてのきみに、わたしが正式に依頼したと伝えておこう。頼めるだろうか? わたしたちはもう弱っていくあの子を見ていられない!」
「はい。全力を尽くします」
「「ありがとう!」」
「お礼はいりません。友達として助けになりたいだけなのですから」
「だが、ありがとう。友達としてなら、シスター言葉はやめてあげてほしい。距離を感じるからね」
「わかりました。気をつけます」
そうしてこの日より、フィーリアはリドリス公爵家の客人として世話になることになったのだった。
「リアン。今日は外へ出てみない? 車椅子でもいいから。一緒に花でも見てお茶しない?」
フィーリアが介護につくようになったことで、リアンの容態は少しずつ回復していた。
フィーリアは決して無理強いしない。
リアンの嫌がることもしない。
ただ優しく気遣うだけだ。
身分を気にしない友達の尊さをリアンは、生まれて初めて実感していた。
「空は曇っている?」
「ええ。あなたの今は見られない青い空は見えないわ」
再会してまず知ったこと。
リアンがアベルを想うあまり彼の瞳を想起させる青い空は見られないこと。
無理に見せると癇癪を起こすこと。
だから、フィーリアは毎日天気に合わせて介護の仕方を変えていた。
曇り空の日は外に誘い、少しでも外の空気に触れさせる。
閉じこもりがちな彼女が、外の楽しさを忘れないように毎回工夫を凝らして。
そのおかげか、外に出たがらなかった彼女も、空の見えない日は外に出るようになった。
それだけでも収穫だとフィーリアは思う。
だって一睡もできなかった彼女が、外に出た日は食欲もあり、疲れから少しは眠ってくれる。
それが誇らしい。
ただのシスターでも、医師や看護師でも、多分無理だった。
友達だから。
それがリアンを支えてくれるのだと、フィーリアは理解している。
だから、誇らしいのだ。
彼女の友達でよかったと。
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