第68話
「リアンがそんなことに。確かにもう長く姿を見かけないなと思っていたけど。避けられてるだけだと思ってた」
驚いたように言うアベルに、フィーリアは静かに名を呼んだ。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「どうして断るときに、リアンに嫌いじゃないなんて言ったの?」
「それは本当に嫌ってなかったからだよ。断るにしても嫌いだからだと誤解されたくなくて」
「それはお兄ちゃんが嫌な思いしたくないからだよね?」
「フィーリア」
「相手のためを思うなら、多少きつくても嘘でもいい。嫌いじゃなくても、断るしか道がないなら、嫌いだって言ってあげるのが、本当の誠意じゃないのかな?」
「それは」
「断るのに期待を持たせる断り方は、優しさとは言わないんじゃない?」
「俺が期待を持たせたから、リアンは心を病んだっていうのか?」
「あたしなら嫌だよ。もし。もしもだよ? あたしがお兄ちゃんに告白したら、お兄ちゃんどうしてた?」
「フィーリアは大事な妹だ。その妹に告白されたら、真剣に考える。家同士の問題もないわけだし、今となってはリドリス公爵令嬢だから、身分差の問題もない。どうすればいいか、自分なりに考える。それが俺なりの誠意だ」
「嫌いじゃないなんて断らない?」
「断るときはつらいけど、そんなふうには思えないからって言うよ」
「お兄ちゃん。ひょっとしてリアンのこと好きなの?」
「うっ」
隠していた気持ちに気付かれて、アベルは冷や汗を掻く。
「貴族にとって家同士の問題ってそんなに大きいの? 両想いなのを隠さないといけないほど? あたしにはわからないな」
「俺もわかりたくなかったよ。でも、気持ちを受け入れたら、彼女は公爵令嬢だから妃に迎え入れなくてはいけなくなる。万が一彼女が俺の第一子を産んだら、その子が俺の世継ぎとなる。その後リアンに子供が産まれなかった場合、リドリス公爵家は断絶。今はフィーリアがいるけど、リアンが嫡子である以上、跡取りはリアンだ。それに気付いたとき、受け入れられないと思った。リアンは公爵家を継げる男と結ばれるべきだと」
「貴族ってややこしいんだね。好きなら好き。嫌いなら嫌い。それが一番健全でいいことなのに」
「フィーリアとこういう話題で話すことがあるなんて想像もしなかったよ。フィーリアは初恋はまだなのか?」
無邪気に問われてフィーリアは軽く息を呑んだ。
初恋の人なら目の前にいる。
気付いた途端に失恋させた人が。
笑って誤魔化そうと思うのに引き攣ったまま唇が動かない。
「フィーリア?」
「あたしシスター辞めたのも、リドリス公爵令嬢になったのも、少しでも初恋の人の傍にいたかったからだよ? リアンの恋が叶えばいい。でも、あたしだってひとりの女の子なんだよ? 好きな人には振り向いて欲しいよ。いつまでも妹代わりはいやだよ」
「フィーリア。まさかその相手って」
「あたしにとってお兄ちゃんは、もう兄じゃない。兄ならこんなにつらくなかった」
「フィーリア」
アベルはどう答えるべきかわからず、名を呼ぶに止めた。
「ねえ、お兄ちゃん。あたしはもうシスターじゃないし、妹でもないよ? それでもあたしじゃダメ? お兄ちゃんのハーレムには入れない?」
「確かにハーレムには制限はないけど」
今アベルのハーレムには、双子の王女がいるだけで、他の姫君はいない。臣下から増やすようにせっつかれているところだ。
ケルトの件や父王の問題もあり、臣下たちは王族を増やそうと必死なのだ。
妃の数が増えれば王族の人数も増え、王家は安泰だと。
フィーリアの件は断る必要がないなら、受けても問題はない。
しかし。
リアンの泣き顔が浮かぶ。
先にリアンの件を片付けないとフィーリアの告白には答えを返せない。
そのことに思い至るとアベルは震えるフィーリアの手を握っていた。
「リアンの問題が片付いたら、フィーリアの告白には返事を返すよ。それまで待ってくれないか?」
「妹としか思えないと即答されるかと思ってた」
それをせずに正式に考えるという。
フィーリアにはそれだけで十分だと思えた。
「お兄ちゃんが真剣に考えてくれる。それだけで充分。リアンを裏切るような真似もしたくないしね」
「フィーリアは知らない間に大人になったな」
「誰だっていつまでも子供のままではいられないよ」
「そうだな」
頷くとアベルはあることを言い忘れていたことに気付いた。
「もう無理してお兄ちゃんと呼ばなくていいよ、フィーリア」
「でも、お兄ちゃんは世継ぎの王子様だし」
「フィーリアはリドリス公爵令嬢だ。ふたりきりのときは、アルベルトでも、アルでも好きな呼び方で呼んでくれて構わないよ」
「ふたりだけの秘密?」
「そういうことになるな」
思いがけない提案にフィーリアは綺麗に微笑むのだった。
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