第19話

「隠し事もいっぱいするようになった」


「そんなことないよ」


「ほら。その笑顔も作り笑顔」


 フィーリアに苦い顔をされてアベルは言葉に詰まる。


「お兄ちゃん」


「なんだ?」


 眼を逸らして合わせないアベルにフィーリアは真剣に言い募った。


「お兄ちゃんがなにを隠しているのかは知らない。でも、お兄ちゃんはお兄ちゃんだよね?」


「……フィーリア」


「いきなり居なくなったりしないよね?」


 居なくなったりしない。


 昨日までなら確信をもって言えた言葉なのに今はどうしても言えない。


 答えられないアベルにフィーリアは悲しそうに笑った。





 フィーリアが部屋に戻ってからも、アベルは屋根の上に寝そべって星を見ていた。


 これまで普通だったことが、どんどん普通じゃなくなっていく。


 変わらずにいたいのに変わるしかなくなっていく。


 それが辛い。


「俺は……どうなっていくんだろう?」


 自分で自分のことが見えなくて怖い。


 そう思ったとき、近くの屋根の上に人影が見えた。


 驚いて上体を起こす。


 月の光でシルエットになっているが、だれかが屋根の上を跳んでいるようだ。


「もしかして噂の怪盗?」


 見付かったらヤバい気がして、慌てて屋根から部屋に戻ろうとしたとき、相手からは見えない位置まで移動したときだ。


 黒い影が孤児院の屋根に着地した。


 息を殺す。


「ふう」


 漏れた声に更に驚いた。


「エル姉?」


 ハッと振り向く気配がしてそのとき、月明かりが相手の顔を照らし出した。


 黒装束に身を包んでいて見慣れない格好だったが、そこにいたのはまさしくエル姉。


 シスター・エルだった。


「エル姉。なにしてるの?」


「アンタこそ。もう寝ている頃じゃないの? いつもなら」


「俺のことはいいからっ。エル姉はなにしてるんだよっ!? その格好なにっ!?」


 アベルに問い詰められてエル姉は諦めたような息を吐いた。


「説明するから部屋に戻って。追われてるのよ。見付かるじゃない」


 頭の中は疑問符だらけだったが、アベルは素直に部屋に戻った。


 アベルの部屋は1番広いので話し合いを聞かれる心配がないとかで、アベルはエル姉に部屋へと連行された。


 すこし待っていると夜衣に着替えたエル姉が戻ってきた。


 夜に逢うことはないのですこし新鮮だ。


「アンタに見付かったのは失敗だったわ。孤児院の人には見付からないように気を付けていたのに」


「エル姉」


「なに?」


「エル姉が噂の怪盗だったのか?」


「噂の怪盗っていうのが、なにを意味するのかは知らないけど、盗みを働いていた者という意味ならそうよ」


「……なんで」


 信じられない。


 シスターとして敬虔で悪いことは悪いと指摘していたエル姉が怪盗?


「あたしの家系はね。元々神職と怪盗というふたつの顔を持つ家系だったの」


「ふたつの顔?」


「表の顔が敬虔なシスターや神父なら、裏ではあくどい真似をする貴族から金品を奪い、貧しい人に分け与える。そういうことをやっている家系だったという意味よ」


「盗みは悪いことだって子供たちを諭していたのはエル姉じゃないか」


 刺々しくなった声にエル姉がやりきれない顔で笑う。


「前王の時代にね。父さんも母さんも怪盗をやめようとしたことがあったの」


「え?」


「前王なら信じられる。国を救ってくれる。それなら怪盗はもういらないだろう。そう判断して怪盗家業から足を洗おうとしていたの。でも、そんな矢先に前王が亡くなって……暗殺されたという噂も流れたわ」


「……暗殺」


 そんな説明は受けていない。


 父かもしれないと説明を受けた人が、実は暗殺された可能性があるなんて。


 でも、そんな可能性があったら、それが噂だけだとしても、だ。


 あのケルトがそれをアベルに教えるだろうか。


 むしろそういう不安の芽をすべて潰して危険のない状態でアベルに王位を譲りそうだ。


 問いかけるべきなのだろうか。


 ケルトに。


「やっぱり貴族に頼るのは間違いだった。父さんたちはそう判断したわ。そうして怪盗家業を続けたの。今はあたしが継いでるわ」


「なんで……隠してたんだ?」


「アンタねえ。大声で言えると思ってるの? 実は怪盗やってますって」


 呆れ顔で言われて言葉に詰まる。


 確かに言えないだろう。


 だが。


「今日はリドリス公の家だったから、ちょっと手こずったわ」


「リドリス公!? なんでっ!? あの人は別にあくどい貴族じゃないだろっ!?」


 ケルトの人柄を信じているアベルは、彼がリドリス公爵は信じられると言ったことで、公爵のことは信じていた。


 なによりアベルも吟遊詩人として公爵の噂は聞いていて、それで信じられると判断した部分もあるのだ。


 なのに。


 エル姉はそっぽを向いて言った。


「貴族なんて全部あくどいに決まってるわ。宰相なんてその頂点じゃない」


 エル姉の偏見は知ってるつもりだった。


 だが、これは……。


「エル姉。リドリス公爵からなにを盗んだんだ?」


「これよ」


 エル姉が差し出したのは豪華なネックレスだった。


 リドリス公爵なら持っていても不思議のないものだ。


「大事に宝物庫に保管されていたわ。絶対にあくどい真似をして手に入れたのよ。だから、1番高価なこれを奪ってやったわ」


 これを聞いた瞬間、バシッとエル姉の頬を叩いていた。


 エル姉が驚いたように見上げてくる。


「アベル?」


「エル姉が貴族に偏見を持ってることは知ってたよ。でも、ここまでひどいとは思わなかった。真実さえ見抜けないほどだとはね」


「あたしはっ」


「リドリス公の噂なら俺もよく聞いたよ。エル姉たちが1番讃えていた前王。その時代に側近となり、その功績で宰相になった人だ。ただの善人だよ?」


「貴族に善人なんていないわっ」


「なんでそんなことがエル姉にわかるんだ?」


 問いかけるとエル姉はムキになったように言い募った。


「貴族なんて民から税金を巻き上げて暮らしているだけのっ」


「エル姉。だったらその頂点だった前王は?」


「っ」


「殺されるところまで民の味方をしたんだよ?」


「それは」


 今度はさすがのエル姉も言い返せないようだった。


 これが政治が荒れるということなのだろうか。


 政治が荒れると国も荒れる。


 それを目の当たりにしている気がした。


「これは俺が公爵に返すから」


 そう言ってネックレスを奪った。


 エル姉は俯いたきり顔を上げない。


「怪盗家業はもうやめてほしい」


「……アベル」


「きっと国はよくなるから。貴族たちだって変わるから」


 変えないといけないのだとアベルは感じていた。


 自分が……変えないといけない。


 でないとこういう悪循環は終わらないのだと。

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