第16話

 自分なら……どうしただろう?


 あの人が死んだ後であの人の血が引く王子が手元にいたら、彼に王位を継がせようとしたんじゃないだろうか。


 そうしたらおそらく彼は殺されていた。


 あの当時はそんなことも見抜けないほど自分も若造だった。


 だから、打ち明けてもらえなかったのだろう。


 あの人に。


 決してあの人のせいではない。


 自分が未熟だったのだ。


「あのさ」


 気まずそうな彼が声を投げてくる。


 その顔があの人に重なって見える。


 打ち明けなかったことで落ち込まれて慰めようとしているような彼の顔に。


「よく……わからないけど、アンタのせいじゃない」


「あなたは不思議な人ですね」


「なんとなくそう言わないといけない気がしたから」


 顔を背けて彼はそう言った。


 その様子を娘が怪訝そうに見ている。


「娘も同席していても構いませんか?」


 王を見て問いかける。


 王はムッとしたような顔をした。


「構わないがアルは譲らないぞ。そなたにはやらない」


 この発言には呆れて笑い彼の方が陛下を殴っていた。


「痛いぞ、アル」


「俺はだれのものでもないぞ。変な発言するんじゃないっ!!」


「言ったはずだ。わたしは欲しいものは譲らない、と」


 真正面から見据えられて彼が言葉を失った。


 これ以上はこの場ではマズイかなと判断して割り込む。


「とりあえず部屋に行きましょう。ここでする話でもないでしょう?」


「つくづくそなたは敵に回したくないが、敵に回ると言うなら受けて立とう。レイもレティもいいな?」


「えっと」


「お父さま?」


 ふたりの王女が戸惑っている。


 見捨てたのか彼はそのまま自室へ歩き出した。


 その後を娘の腕を握って追いかける。


 取り残された少女が不安そうに自分たちを見送っているのを感じながら。





 部屋に通されたが、案内された部屋はたしかに個室だった。


 だが、世継ぎの自室と思うとあまりに侘しく悲しくなってくる。


 しかしそれを顔に出すと彼を不機嫌にすると思って耐えた。


 おそらく彼はそういう境遇をなんとも思っていない。


 むしろ王位を得ることをきらっている。


 だから、陛下は苦労していると言ったのだろう。


 世継ぎのくせに彼が王位を継ぐことを否定しているから。


「アルベルト」


 王がそういえば彼を発見したときに王がそう呼んでいたと思い出す。


「リドリス公に腕輪を見せてやれ」


「でも」


「宰相は敵じゃない。信じられなければ、そなたの下にリアンを置いたまま放置したりはしなかった。こうして鉢合わせする可能性だってあったんだから」


 つまり王はこの事態も想定済だったということだ。


 彼の下に娘を置いていたのは王の自分への信頼の証。


 そう思うと誇らしい気分になる。


 じっと彼を見た。


 渋々彼が左腕の袖を捲りあげる。


 その下からあらわになる腕輪。


 懐かしさに涙が浮かぶ。


「父様……どうして泣いているの?」


「いや。あまりの懐かしさについ」


「懐かしい?」


 リアンが不思議そうな声を出す。


 そんな娘にふたりの王女が説明してくれた。


「リドリス公はアル従兄さまのお父さまと親友だったっておっしゃっていたわ」


「え?」


「その当時の功績で宰相になられたって」


「だから、信頼できる唯一の人。そんなふうにおっしゃっていたわね。それはあなたをここに置いていたことでも証明されているわ」


「どういうことですか、レイ様? レティ様?」


 ふたりの王女が陛下を振り向いた。


 陛下はリアンの腕を取り彼に近付けた。


「腕輪をよく見てみるんだ、リアン」


「えっと。なにか文字が刻まれて……アルベルト・オリオン・サークル?」


「アルベルト・オリオン・サークル・ディアン。それが彼の本名だ」


「ディアン!?」


 リアンの瞳が忙しく王族のあいだを行き来する。


「そう。賢王と呼ばれた前王、わたしの兄の唯一の忘れ形見。第一王位継承権を受け継ぐ者だ」


「王子様?」


「うーん。俺はそれを認めてないんだけどね」


「でも、皆さんそう言われてますよ? レイ様たちだってにいさまって」


「あれは従兄のにいさまって意味よ」


 レイティアが朗らかに笑う。


「彼が、えっとあなたが第一王位継承権を持っているって……じゃあだれが王位を継ぐんですか?」


「陛下としては彼に継いでほしいようだ」


「父様。知って?」


「いや。ここにくるまでは知らなかった。ただ宮殿で陛下に王位を譲りたい相手がいるとだけ聞いていたんだ。それでだれなのだろうと思っていて。ここへきて彼の顔を見て彼の漏らした言葉を聞いて、それでもしやと疑った」


 陛下から事前に聞いていた王位継承に関する話。


 彼が漏らした言葉。


 そして彼の容姿。


 すべてが答えを導き出してくれた。


「俺……そんなに前王に似てる?」


「あなたのお父上でしょう。そのような言い方はいけませんよ」


「……そんなことを言われたって自覚がないんだ」


「アルのそれは自覚がないんじゃなくて、自覚したくないだけだろう?」


「陛下? どういうことですか?」


 ここで陛下から聞いたのは意外な内容だった。


 彼がこの孤児院と教会の生活を成り立てている?


 それはまあ国1番の吟遊詩人なんて噂も広がるはずだ。


 そこまでの腕前の吟遊詩人なんて聞いたこともない。


 しかも彼は旅をしていない。


 旅をせずに生計を成り立てている吟遊詩人なんて一握りだ。


 そうして大抵そういう吟遊詩人は貴族の専属になるものだ。


 それすらせずに生計を成り立てている。


 それは彼がそこまで優れた腕を持つ吟遊詩人である証。


「それは国1番と称されるはずですね。納得しました」


「たしかに兄上の子なら納得だが、ちょっと凄腕すぎる。おかげで王位を継ぎたくないと駄々をこねる始末だ」


 陛下がそう言って愚痴ると彼がまた陛下を叩いた。


「痛い」


「駄々をこねるなんて言い方をするからだ。自己主張だっ!!」


「そなたが足蹴にしているものは、この国全体なんだぞ?」


 グッと返事に詰まる彼に陛下は畳み掛ける。


「本当なら継ぎたくないで済む話ではないんだ。それを同意を得るまで待ってやっているんだ。これを駄々と言わずになんて言う?」


 二の句が継げないのか彼はプルプルと震えている。


 なんだか火山が爆発する前みたいな変な感じがする。


「陛下。それ以上は慎まれた方が宜しいでしょう」


「だが」


「前王は頑固なところがおありでした。彼が気性まで前王に瓜二つなら、意固地になられる可能性もございます」


「うっ。忘れていた」


 王が冷や汗を掻いているのを彼は横目で見ている。


「とにかく。このことはここにいる者だけの秘密なのですね?」


「そうだな。アルベルトが認めない以上公にはできない。公にしてアルが王位を継ぎたくないと言っていることがはっきりしたら厄介な事態になる」


「前々から訊きたかったんだけどさ」


「なんだ?」


「なんで俺がっていうか、世継ぎが素性を隠して雲隠れしないといけないんだ? そもそも俺の素性を知っていたはずのクレイ将軍からも、そういう話は一切聞いてないし。ちょっとおかしくないか?」


 この彼の問いかけには陛下とふたりして顔を見合わせてしまった。


 女の子は女の子同士で顔を見合わせている。


 彼にすべてを話すときがきているのかもしれないと陛下は重々しく呟かれた。

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