第15話

「なに? 用がないんなら立ち去ってくれる? 大きい馬車は通行の妨げだし」


「あ。すまない。すぐに動かせよう」


 御者に合図して邪魔にならない場所に移動させる。


 すると青年は安堵するどころか、余計に怪訝な顔になった。


「上品な格好してるなあ。もしかして貴族?」


「きみは?」


「……まさかあの人の使いじゃないだろうな?」


「あの人?」


 首を傾げる。


「違うのか? まあ王様がそう簡単には俺のことを教えるとも思えないけど」


 そっぽを向いてそう言われた。


 今、王と言ったか?


 どういうことだ?


「とにかく懺悔にきたのなら教会の方に行ってくれ」


「いや。懺悔にきたわけでは……」


「なんだよ。やっぱりあの人の使いなのか? 今度はなんだって?」


 話が……噛み合わない。


 彼はなにを言っている?


「う~ん。でも、今まではこんな身分のありそうな人、使いで寄越さなかったしなあ。あれえ?」


 青年がウンウン唸っている。


 さっき王と口走ったことを思い出してさりげなく誘導してみる。


「お元気でやっているかどうか確認するように命じられまして」


「元気もなにも昨日逢ったじゃないか。本人と」


 昨日逢った? 本人と? つまり「あの人」とは「王」ではない?


 いや。


 しかし昨日、王は宮殿にいたか?


 姿を……見ていない。


 一日中。


 思わず青ざめた。


「なんで俺が王都の道案内なんてやらないといけないんだ? それくらい自分でやれっていうんだ。一応王なんだし」


 顔を背けてぶつぶつ愚痴る様子に、やはり王なのだと知った。


 しかし王が彼に逢いにきた。


 しかも1日をかけて彼に王都を案内させた?


 あれだけ街のことには詳しい王が?


 それは一緒にいる口実以外のなにものでもない気がした。


「それに俺より王都な裏道に詳しいくせに、なんだって俺をいいように振り回すんだよ? アンタのところの王様は?」


 王を相手にしているとは思えない口調である。


 ふと王から聞いた話が蘇った。


 王位を譲りたいと言われても靡かない男。


 あれほどの美少女の王女たちを前にしても聖人君子のように振る舞える男。


 そしてこの容姿。


 まさか。


「とにかくっ。俺は元気だから余計な邪魔しないでさっさと帰ってくれよ!!」


 邪険に追い払われそうになったので、思わず彼の左腕を掴んでいた。


「待ってほしいっ!!」


 そう言った瞬間手に触れた硬質な感触にハッとする。


 青年もハッとしたのか、慌てて腕を振り切っていた。


 お互いに見詰め合うその一瞬が永遠に思えた刹那、緊張を打ち破る声がした。


「アルベルトッ。見付けたぞっ」


 ガバリッ。


 そんな音がしそうな勢いで彼に背後から抱きついたのは、見紛うことなき王だった。


 呆気に取られて固まる。


「……懐くな」


「そんなに邪険にしなくても。忙しいなか様子を見にきたのに」


「見にくるもなにも使いの者を寄越しておいてなにを言ってんだ、アンタは!!」


 勢いよく振り向いた青年に怒鳴られて、王がキョトンとした顔になった。


「使いの者?」


 王の視線がゆっくりとこちらを向いてくる。


 やがてその目が丸く見開かれた。


「意外なところでお 逢いしますね、陛下」


「……そうだな」


 ふたりの剣呑なやり取りに青年が「あれ?」といった顔になった。


「あれ? 使いの者じゃなかったのか? さっきそう言われて」


「わたしは一言も陛下の使いだとは申し上げておりませんが?」


 念のため敬語で返す。


 青年はみるみる強張った。


 陛下との関係を知られたくなかったと思っているのは間違いない。


「お名前を聞かせて頂いてもよろしいですか、陛下?」


 答えず目を泳がせる王に一応クギを刺す。


「偽名ではない方をお願いします」


「ふう。こうなるとそなたはごまかせないな。アル」


 ゴンッと拳骨が降ってきて、アルと呼ばれた青年が頭を抱えて踞った。


「いきなりなんだよー?」


「なんでもかんでもわたしと結び付けて納得するな。どうしてくれるんだ? この事態」


「そんなこと言われても、こんな上品そうな格好した人がきたら、普通はアンタの使いかと思うだろっ!! ここには縁のない人種だし」


「そうでもないだろう。現在はひとりだけ、こういう格好の者がきても、おかしくない素性の者がいるはずだ」


「あ。リアンのお父さん?」


 青年が唖然として立ち上がった。


 それでやはり陛下の言っていたことは嘘でもなんでもなく、陛下は娘がここにいることを知っていたのだと知る。


 これはどうやら問い詰めるべき事柄が増えたようだと感じながら。





「アル従兄さま? どうして宰相と……」

 建物の中に入ると出迎えてくれたのは双生児の王女だった。


 どちらも唖然としている。


 思わず頭を抱えた。


 あまりに違和感のない姿に。


「陛下」


「バカ。その名で呼ぶなっ」


「ですが」


「適当な偽名で呼んでくれ。わたしはここでは素性を隠しているんだ」


「はあ。とにかくもうすこしなんとかならなかったのですか? おふたりの姿が痛々しいです」


「しっつれいな人だなあ」


 青年はそう言うと怒って先に行ってしまった。


 置いて行かれたようで寂しくなる。


 肩を落とすと陛下がとんとんと叩いてくれた。


 顔を向ける。


「気にするな。あれは知られたくなかったことを知られて拗ねているだけだから」


「はあ」


「とにかくあまり貧富の差を意識した態度は取るな。彼はそういうことには敏感だぞ?」


「気を付けます」


 彼にきらわれるのは避けたかったのでそう言った。


 陛下が屈託なく笑う。


 陛下のこういう笑顔は前王そっくりだ。


 これで何故偽者が出現したのか不思議で仕方ない。


 どこから見ても血の繋がりの有無なんて明白だろうに。


 あの人と同じ顔をした彼。


 彼が笑うところにはまだお目にかかっていないが、笑うともっとそっくりなのだろうか?


 そんな疑問が兆す。


「お父さま、もしかしてアル従兄さまのこと……バレています?」


「さすがにレイは聡いな。リアンを迎えにきて鉢合わせて、彼が勝手にわたしの使者と間違えて暴露してしまったんだ」


「なんていうか。従兄さまらしい」


 微笑むレティシアに公爵は今更ながら気付く。


 ふたりが彼のことを「にいさま」と呼んでいることに。


「あの」


「なんだ?」


「もしかして陛……あなたの隠し子ですか?」


 首を傾げて問いかけると陛下には爆笑され、どこかで聞き耳を立てていたらしい本人には戻ってきて頭を殴られた。


 えらく手が早い。


 老人を殴らなくてもいいだろうに。


 こういうところは似ていないなと思う。


 しかし老人を殴るなという発言は、しっかりしていたらしく、彼には呆れられた。


「どこが老人だって? こんな元気な老人見たことないって」


「はあ。まだ45ではありますが」


「まだ働き盛りじゃないか。老人なんて言うんじゃないって」


「ありがとうございます」


 頭を下げると彼は赤くなってそっぽを向いた。


 あれ?


 こういうところは似ている。


 さっきから目まぐるしく変わる感情についていけない。


 こんなに動悸が激しいのは久しぶりだ。


「あー。リドリス公。初恋に右往左往する少年みたいな眼はやめるように」


「とんでもないことを平然とおっしゃらないでください」


「そういう眼をしていたぞ?」


 からかわれて赤くなる。


 確かにこの気持ちは初恋に似ている。


 初めて純粋な友情を感じた人を取り戻したような、この感覚は。


「はー。なんか貴族の会話ってついていけなーい」


 ぶつぶつぼやいて彼はまた歩き出した。


 陛下に背を押されたのでついていく。


 ふたりの王女もしっかりついてきた。


 どうやら王女たちには隠し事はしていないらしい。


 まあ宮廷で聞いた話が彼のことなら、隠し事なんてないのだろうけれども。


 しかし頭が痛い。


 彼は一体何者なのだろう?


「お兄ちゃん。またお客さん?」


 2階へ上がると幼い少女と愛娘が一緒にいた。


 娘の両腕には大量のシーツがかかっている。


 思わずムッとして睨め。


 娘はオドオドと顔を伏せた。


 すこし反省する。


 すると彼が声をかけた。


「フィーリア。しばらく俺の部屋にはだれも近付けないでくれ」


「でも、もうすぐ夕飯だよ?」


「パスする。なんならどこかの酒場で食うから」


 彼がそう言った瞬間、再びゴンッと派手な音が彼の頭上でした。


 彼が頭を抱え込む。


「お父さま。そう何度も殴ったらアベルさんがバカになってしまいます」


 レティシアが青年の頭を撫でたが、王は一向に堪えていなかった。


 そっぽを向いて話し出す。


「アベル殿はお幾つですか?」


 ずっと気になっていたことを問いかけた。


 青年は気まずい顔を背ける。


「18」


 なるほど。


 前王が亡くなり現王が即位したのが15年前だから、当時彼は3歳ということになる。


 それならまあ腕輪が継承されていても不思議はないか。


 王位継承権の腕輪はどちらも継承者が3歳にならないと継承できない。


 彼は当時やっと3歳になったばかり。


 それがなければ今頃、身許を証明する物はなにもなかっただろう。


「でも、何故わたしに隠していたのだろう……?」


 思わず疑問が口から滑り落ちた。


 彼は怪訝な顔をし慰める声をかけてくれた。


「どれほど信頼できても言えなかっただろう。当時は」


「そう……ですね」


 当時の宮廷がそれほど荒れていたのは事実だった。


 とても子供が生まれたと明らかにできないくらい。


 大切に扱わなければ生まれたばかりの赤子など、あっという間に殺されただろうから。


 父としては当然の決断。


 でも、自分には知らせてもくれなかったあの人が、彼を託したのはだれなんだろう?


 その嫉妬にも似た疑問も王は見抜いてくれたようだった。


「クレイ将軍だ」


「え……?」


「彼が託された相手はクレイ将軍だ。そして亡くなった後、将軍がこの孤児院に彼を預けた。目を欺くために」


 主題がぼかされていても自分にはすべてが伝わる。


 彼の生命を狙う者たちから護るために、世継ぎが託されたのは当時の近衛隊の将軍クレイ。


 そして王が亡くなった後も彼はそれを完遂するために、大事な世継ぎの王子を孤児院に預けた。


 つまりあの人の人を見る眼は正確だったということだ。


 将軍は見事にすべてをやり遂げた。


 自分が死んだ後も彼を18になる現在まで護り通しているのだから。

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