第10話

「アベルって名はさ。俺をここに連れてきてくれた人が名付けてくれた名前で、俺の本名じゃないんだよ」


「嘘。じゃあお兄ちゃんの本名って?」


「ごめん。それについては言いたくない。いつか言ってもいいと思えたら、フィーリアやエル姉には1番に教えるから。だから、今は知らないフリをしてくれよ」


「お兄ちゃん」


 呆然としているフィーリアを置いて、アベルは3人を引き連れて部屋へと移動した。





 アベルの部屋は大黒柱だけあってか、個室でわりと立派な部屋だった。


 だが、それはあくまでも外観から見てという意味だ。


 通されたケルトはすこし複雑な声を投げた。


「せっかくわたしがごまかしたのに言ってもよかったのか、アル?」


「いつかは言わなくちゃいけなかったことだ。俺がフィーリアたちを騙しているのは事実だからな」


「だが」


「お父さま。そのことではアベルさんが1番考えているはずよ。そのくらいにしてあげて」


 レティシアに取りなされてケルトは渋々諦めた。


「それで? 詳しい事情って?」


 寝台に腰掛けたアベルに言われ、部屋に4つしかない椅子を勧められたケルトたちは、勧められるままに腰掛けると話し出した。


「まずそなたの名付けについて」


「名付け?」


 首を傾げるアベルにケルトは頷いた。


「おそらくそなたのアルベルト・オリオン・サークルというのは略称だ」


「略称」


「この国ではそういう名付けをされる人物というのはただひとりしかいない」


「どういうこと? お父さま?」


 首を傾げるレティシアに姉であるレイティアが話し掛けた。


「今は黙って聞いていて、レティ」


「姉様は知っているの?」


「このあいだレティをを連れ戻しにきたときに、宮廷に戻ってからお父さまから伺ったわ」


 レティシアは黙ってアベルの顔を見る。


 強ばった彼の顔を。


「ファースト・セカンド・サードと続く名付け。そなたの名付けはそれを意味している」


「そんなの……サークルが苗字かもしれないじゃないか」


「そなたはわたしが国王だと忘れていないか? この国に住む人々の苗字はすべて把握している。サークルという苗字はないのだ」


 サークルという苗字はないと言われ一度言葉に詰まったが、アベルはすぐに思いなおして言い返した。


「だったらよその国から流れ者かもしれないし。その場合サークルという苗字でもおかしくないだろう?」


「それはありえないな」


「どうして……」


「そなたの容姿だ」


「容姿?」


 アベルは意外なことを指摘され、今度こそ言葉に詰まった。


(容姿?)


「わたしはな、王家の直系として他国の血はいっさい混じっていない。それは前王だった兄上にもいえるのだ」


「……」


 レイティアからアベルが前王そっくりだと言われたことを思い出してアベルの顔がますます白くなる。


「兄上は紛れもないこの国特有の顔立ちの持ち主だった。その兄上とそっくり同じ顔をしていながら他国の血を引いている? それどころか他国からの流れ者? ありえぬな」


 前王にそっくりだということは、アベルの身にはこの国の人間以外の血は流れていないことを意味する。


 そう言われてアベルは言い返す言葉を探していた。


 このままでは思わぬ形で自分の出自を証明されそうで。


 だが、どうしても言い返すべき言葉が浮かばない。


 この国でたったひとりにしか名付けられない名付け。


 それが普通の意味ではないことは、アベルにもよくわかるので。


「この国でたったひとりだけサードまで名付けられる人物がいる。言っておくがわたしの名付けられた名はセカンドまでだ」


 この言葉にはアベルは瞳を見開いた。


 国王よりも長い名前?


 ありえないと内心で動揺している。


 顔には出していないけれども。


「前例はわたしが知っているかぎりでは、そうだな。そなたよりも以前はただひとり。その人より以前を逆上ればもっといるが」


「そんなにいるんなら別に特別な名前じゃないだろ」


 言い返すアベルの声は震えていた。


 その動揺を見抜いてケルトはため息を漏らす。


「言っただろう? この国でそう名付けられるべき人物はただひとり、と。つまりひとつの家系図でひとつの世代につきひとり、という意味だ。言い換えればそなたより以前に名付けられていた者は、そなたよりも以前の世代。つまり前代。そなたは当代。それ以前となると前々代とかそういう意味になる」


「ひとつの家系図でってことは、他の家系図にもいるんじゃ……」


「ああ。言い方が悪かったな。この国に存在するすべての家系図の中で、たったひとつの家系図でひとつの世代につきひとり、だ。つまりその家系図以外は実在しない」


「……」


 聞けば聞くほど普通の意味には聞こえなくて、アベルは息を殺す。


 なんだか聞きたくない現実を聞くような気がして。


「アルベルト。そなたの正式名をわたしは知っている。アルベルト・オリオン・サークル……ディアン」


 アベルとレティシアの瞳が見開かれた。


「「ディアン? それって……」」


「そう。そなたの正式名はアルベルト・オリオン・サークル・ディアン。このディアン王国の正当な世継ぎの君だ」


「嘘だ……」


 アベルは震えて頭を抱え込んだ。


「王家の代々の世継ぎのみが、サードまで名付けられる。国王の家系しかも第一子にしか受け継がれない名付けなのだ。従ってそなたより前にそう名付けられていたのはわたしの兄上。つまり前王だ」


「……信じらんない」


「アルベルト。そなたはわたしの兄上が残した唯一の忘れ形見。この国の正当な跡継ぎなのだ」


「そんなの俺は望んでいないっ!! それにそんな証拠がどこにあるんだっ!? 俺自身、自分の出自は憶えていないのにっ!!」


 とっさに感情的に言い返したアベルに、ケルトは子供を言い聞かせるような顔をした。


「そなたのしている腕輪が証拠だ」


 ビクリとアベルの身体が震えた。


 無意識に服の下にある腕輪を隠すような仕種をしてしまう。


「そなたのしている腕輪こそが、第一王位継承者の腕輪。つまりその腕輪の所有者こそが、第一王位継承権を持っていることを証明しているのだ」


「そんなの他のだれが信じるっていうんだ?」


「わたしが信じさせてみせる。それにすこしでもわたしの腕輪について知っている臣下なら、その腕輪を前にしたら信じざるを得ない。何故なら第一王位継承者の腕輪も、わたしの所持している第二王位継承者の腕輪と同じく普通の腕輪ではないからだ」


 これについてはアベルは答えなかった。


 肯定も否定もしなかったのである。


「そなたはその腕輪を外したことがあるか?」


「……あるに決まってるだろ。風呂とかどうするんだよ?」


「だったら今外してみせてくれ」


 こう言い返されるのはわかっていたのか、ケルトは即座にそう言った。


 アベルはなにも言い返さない。


「できないだろう?」


 優しい声にアベルは顔を背けた。


「その腕輪がどういう腕輪なのか、どういう仕組みになっているのか、なにも知らないそなたには外せないはずだ。わたしも生涯に一度しか外す気はないしな」


「え? 外せるのか、これ?」


 つい驚いた声を出してしまい、アベルは暴露してしまった。


 自分には外せない、と。


 それに気づかないくらい驚いているらしいアベルにケルトは苦笑する。


「外せる。生涯に一度だけな」


「嘘だろ」


「そなたはまだその条件を満たしていない。だから、外せないのだ。それにそなたは条件そのものを知らない。それで外せるわけもないだろう」


 これでうっかり暴露したことに気づいたアベルは慌てて口を噤んだ。


「その条件を今教える気はない」


「なんで……」


「そなたは今は条件を満たしていないから、教えてもいいような気もするが、条件を満たそうとして、不本意な行動に出る可能性も無ではないからな。だから、教えない」


「その心配はいらないんじゃないかしら?」


「レイ」


 父の呼び声にレイティアは、自分なりに調べたアベルの人柄を思い出しながら答えた。

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