38. 聖女たち
これは、シャノンがロゼにお姫様だっこで連れていかれてから、夕暮れになって目を覚ますまでの間の話である。
その間俺たちがなにをしていたかといえば、道具屋、武器屋、はたまた飲食店などなど、日頃から懇意にしてもらっている身近な知り合いのもとへ顔を出して回っていた。案の定このいかめしい眼帯義足姿はひどく驚かれたものの、俺が暗い顔せず前向きに振る舞うことで、必要以上の心配はかけずに済んだと思う。
これはひとつ、いい収穫だったといえる。こんな体でもうじうじせず前を向いていれば、周りも変に哀れんだり気を遣ったりしないで普通に接してくれるのだ。やっぱり男の端くれとして、覇気のないカッコ悪い姿なんて見せてられないからな。これからもしっかり意識していかなければ。
まあ俺がそう振る舞えば振る舞うほど、師匠たちが後ろで重い感情を募らせた瞳になっていたわけだが。
い、いやみんな、別に無理して明るくしてるわけじゃないからな? 本当に平気なんだってば。深読みしなくていいから。
嘘じゃないって! 信じてくれぇ!
……とまあそんなこんなで、昼下がりになる頃には〈ル・ブーケ〉へ帰ってきたのだった。
きたのだが。
「――やあやあ君たち! ふむ、どうやら入れ違いにならず済んだようだ。僕のように麗しい男はやはり運命の女神からも愛されてしまうんだねはっはっはっは!」
「……」
〈ル・ブーケ〉ロビーの休憩エリアに、なんかうるさいのがいた。
もちろん、ロッシュであった。
「あらみんな、ちょうどよかったわね。大聖堂からのお遣いで、みんなに用があって来たんだって」
どうやら、ロゼ手製の紅茶で休憩しながら俺たちを待っていたらしい。もはやおなじみとなった腐れ縁のご登場に、師匠は肩を竦めてユリティアは小さく苦笑、アトリはジト目になってやかましそうにしていた。
「ああマドモアゼルたち、そんなに熱い眼差しで見つめないでくれたまえ! さすがの僕も照れてしまうよ!」
「おぬしはほんっとあいかわらずじゃのぉ……」
「僕はいつだって美しいままの僕だとも!」
声がよく通るやつなので、定番のナルシスト発言をみんなで聞き流すのも一苦労だ。
それにしても、紅茶を飲む姿ひとつ取ってもめちゃくちゃ絵になるやつだなこいつは。周囲の空気がきらびやかに輝いて、どこからともなく気品あるバイオリンの音色が聞こえてきそうだ。この街ではありふれた騎士隊の軽鎧も、こいつが着ているとまるで由緒ある一級品に見えてくるのだから不思議なものである。
こいつ、本当にただのヒラ騎士なんだろうか。実はやんごとなき家柄のご子息とか……まあそんなわけないか。
「もしかして、結構待ってたか?」
「いや、ちょうど喉が渇いてね。ロゼ殿に頼んで少し休ませてもらっていたら、折よく君たちが帰ってきたのさ。運がいいね」
なんとなくだけれど、嘘だろうな、という気がした。またこいつは、さりげないスマイルで俺たちに気を遣わせないフォローを……このイケメンがよぉ。
さておき、なんでロッシュが〈ル・ブーケ〉にいるかはだいたい予想がつく。
「褒賞の件か?」
さしずめ、〈
「ああ。君たち、明日は都合がいいかい?」
「今のところ、特には」
「ふむ、なら大聖堂まで顔を出してほしい。アンゼが張り切って準備しているからね」
「アンゼが張り切っている」って結構不安になるワードだな……。それ大丈夫だよな? 張り切りすぎて、度を越えた式典みたいな規模にしようとしてないよな?
「大袈裟なのは勘弁してくれよ?」
「わかっているとも。けれど形式というのは大切だ。気心の知れた相手だからといって、手を抜いて済ませるようではいけないのさ」
大聖堂にも、聖都を治めるなりの『立場』があるってことかねえ。めんどくさい話である。
と、にわかにロッシュの佇まいが生真面目な空気を帯びた。
「――それから、ルエリィ嬢の処遇だが」
俺たちも、身構えるように呼吸が浅くなるのを感じた。
ルエリィの処遇――すなわち、処罰について。
どんなに仕方のない事情があったのだとしても、ルエリィが〈
ゆえにもし大聖堂が彼女をなんらかの罪に問うのなら、それは俺たちも受け止めなければならないと思っていたが――。
「まず、冒険者の資格は一時剥奪となる。……もっともルエリィ嬢にとっては、もはや『一時』でなくともよい話かもしれないがね」
それは……そう、なんだろうな。
二人の仲間を喪い、おねえさんも、他でもないルエリィ自身も心に大きすぎる傷を負った。冒険を続けられるわけがないし、続けるべきでもないのだと思う。そうして剣や杖を永遠に置くと決める冒険者の話は、この国であっても決して珍しいものではない。
俺は黙して続きを促す。
「次に……簡易的な審判の結果、ルエリィ嬢には『どんな罰も受ける』と深い改悛の意思が認められた。よって教会の更生プログラムで社会奉仕をしながら、当面のあいだ保護観察という処分になったよ」
「……、」
「今は大聖堂きっての敏腕シスターが、ビシバシと叩き直してやっているはずさ」
それは、つまり。
ロッシュはふっと微笑し、
「僕が様子を見に行ったときは、それは元気なものだったとも。よければ君たちも、明日顔を出してあげるといい」
「……そうか。よかった」
俺は心底ほっとした。要はしばらくの間、社会奉仕を通して清く正しい精神を身につけるまで鍛え直すという話らしい。
この国で罪を犯した女性は、贖罪のため遠く離れた辺境の修道院へ送られるのも珍しくないと聞く。俺は法だのなんだの小難しいのはからっきしだけれど、そう考えれば充分すぎるほど情状を汲んでもらえたのだろう。
「だからリゼル嬢たちも、此度の褒賞は胸を張って受け取ってほしい。ルエリィ嬢がいま笑っていられるのは、間違いなく君たちなくしてはありえなかったことなのだからね」
「……そうじゃな」
今回の褒賞に消極的だった師匠たちも、ロッシュの言葉を聞いて少しだけ前を向けたようだ。……俺はこういうさりげないフォローをぜんぜん上手く言えないタチだから、三人まで気遣ってもらえるのは本当に助かるよ。
紅茶を飲み切り、ロッシュはすっかり元の調子に戻って席を立った。
「では明日、またここへ迎えに来させてもらうよ! マドモアゼルたち、そして友よ、さらばだ! はっはっはっは!」
「ああ。ありがとな」
こいつが颯爽と立ち去ったあとは、そこはかとなく周りの空気が軽くなっているのを感じる。俺はロッシュの背をひとしきり見送り、やかましいけれどありがたい友人の存在に感謝しつつ。
それにしても、アンゼが張り切って準備しているらしいのがどうしても引っかかる。クソデカ善意の塊である彼女が張り切ってしまったら、ちょっとなにをしでかすかわからないというか。大聖堂の大礼拝堂を貸し切って、「大々的に式典を執り行いましょう!」とニッコニコで提案していてもおかしくはない。
まあさすがに、聖女様とか、大聖堂のお偉いさん方に却下されるだろうけど……。
頼むぞロッシュ。なんとなく彼女のお兄さんっぽい立ち位置にいるんだから、ちゃんと手綱を握ってあげてくれよ。
/
というわけで師匠たちとシャノンが無事仲直りした翌日、約束通り〈ル・ブーケ〉まで迎えがやってきた。みんなで支度を整えロビーに下りると、そこには昨日ぶりの光り輝くやかましさが立っていて、
「やあやあウォルカ、今日はなんとも素晴らしい天気じゃないか! 君たちが褒賞を授かるのにふさわしい日だと思わないかいはっはっは!!」
「ほんとうるせえなぁおまえ」
「太陽の下では僕も輝きを抑えられなくなってしまうものでね!」
うるさいやつはひとまず置いておき、ロッシュの隣にはもう一人、負けず劣らずニッコニコの祝福オーラで存在感あふれる少女の姿。
もちろん、アンゼであった。
「みなさま、おはようございます!」
「おはよう。君も来てくれたんだな」
「はいっ、わたくしはウォルカさまの
「じゃからっ、パーティの
すかさず師匠が怒りを露わにするも、アンゼの祝福オーラがまぶしすぎるせいで呆気なく気勢を削がれた。「な、なんでこいつこんなに元気なの?」と目で助けを求められる。俺もわからん。
素直に訊いてみる。
「アンゼも、なんというか……元気だな?」
「はいっ、今日はウォルカさまに褒賞を受け取っていただける日ですから!」
なんでそれでめちゃくちゃ元気になるの? なんか裏がありそうで怖くなってくるんだけど。このまま二人についていって大丈夫なんだろうか。
「支度が整っているなら、早速行こうじゃないか。教会はとっくに準備万端だからね」
「ああ……」
まあ今更断れるものでもないから、何事もなく終わってくれると信じるしかないんだけどな。まるで兄妹みたいにそっくりな二人と一緒に、俺たちは〈ル・ブーケ〉を出発するのだった。
のどかな朝の陽射しの下を歩きながら、ロッシュに問う。
「ロッシュ……なにか企んでないよな?」
「ふむ? まったく心外だね、僕が君を騙したりするわけないだろうはっはっは!」
本当かなあ……。
隣から、師匠たちとアンゼの会話も聞こえてくる。
「アンゼ、まさか式典みたいな規模でやろうとしておらんじゃろうな? 大袈裟なのは困るぞ……」
「はい、わたしたちはほとんどなにもしてませんし……。あ、でも先輩だけなら!」
「ん。ウォルカは、むしろ式典で讃えられるべき」
「ええ、わたくしもそう思うのですが……」
ええいやめろやめろ、たしか式典って外部にも一般公開する規模のやつだろ? 分不相応すぎるわ。いやまあ、実際〈
「ウォルカ。前々から思っていたが、君は名誉が嫌いなのかい?」
「嫌いというか……」
ロッシュに問われ、考える。そういった欲望が皆無だとカッコつけるつもりはないけれど、身の丈に合わない名誉はぶっちゃけ大変なだけだと思うんだよな。
たとえば冒険者の最高位であるSランクは、常に最前線で魔物と戦い続ける英雄に与えられる称号であり、街で自由気ままな生活を送るなど絶対ありえない――なんて風潮が少なからず世間にはある。Sランクに昇格するということは、そんな英雄として人々の希望になる義務を負うということでもあるのだ。
名誉名声をほしいままにウハウハな生活を送る、と書けば夢のように思えるけれど。しかし実際は、名誉には相応の立場と責任が伴う。それによって生まれる面倒な世間体やら人間関係やらを想像すると、やっぱりほどほどが一番に思えてしまうのだ。
答える。
「名誉がほしくて、命を懸けたわけじゃないからな」
俺があのとき死に物狂いで戦ったのは、ただ、師匠たちに生きていてほしかったから。
そしてそれは、見てのとおりもう叶っている。
「みんなが生きて、ここにいてくれる……それだけで、俺にとっては充分すぎる『褒賞』だ」
いやほんとに、本来俺たちはあの戦いで全滅していたはずだったんだから、こうして誰一人欠けず聖都に帰ってきて、再び平穏な生活を送り始めただけでいったいどれほど素晴らしいか。原作のあのシーンを思えば涙が出てきそうだよ、俺は。
――問題は。
「ウォルカはっ……ウォルカはまた、そんなことばっかり言ってっ……!」
『原作』なんて知る由もない師匠たちには、この感覚を絶対に理解してもらえないことだろうか。ああもう、また師匠たちがクッソ重い感じになっちゃったじゃねえか! 絶対間違った方向に深読みされてるだろ……!
しかし、だからといってまさか『原作』のことを話せるはずもなく。
「か、考えすぎないでくれ。あのときはそれだけ必死だったってだけだ」
と当たり障りのない言葉で宥めるくらいしかできず、その結果ロッシュに呆れられてしまい、
「やれやれ。君、本当にどうして騎士じゃないんだい?」
匙投げんなてめえ!
と、道中そんなこんなありつつも大聖堂に到着する。正面の大礼拝堂は今日もその門戸を広く開け放ち、足繁くやってくる礼拝者たちを懐深く受け入れていた。
俺はおそるおそるアンゼに尋ねる。
「……一応訊くけど、ここでやるなんて言わないよな?」
「それも、もちろん考えたのですが……」
もちろん考えたのかよ。
「ご心配なく。先日ご案内した、奥の小礼拝堂は覚えていらっしゃいますか? 今回はそちらで、関係者のみで内密に執り行わせていただきます」
ああ、ならよかった。こんなバカ広い礼拝堂で、百以上にもなるであろう衆目に晒されながら褒賞を受け取るなんて……う、考えただけで胃がキリキリしてきた。
前回案内されたときと同じ回廊を通り、小礼拝堂の前までやってくる。
「さて、準備はいいかい?」
ロッシュは実に楽しげで、アンゼに至ってはもう待ちきれないといった様子でニッコニコだった。なんで褒賞を受け取る本人たちより期待に満ちあふれてるんだろうか。……ほんとに大丈夫なんだよな? ここに来てめちゃくちゃ不安になってきたぞ。信じてるからな?
「では――中へ」
ロッシュが左、アンゼが右に立って仰々しく礼拝堂の扉を開ける。なんだか王様とか貴族とか、ものすごく身分が高い人に謁見する前のワンシーンみたいだ――と、俺は妙な緊張を紛らわすために冗談めかして考えていた。
そう、ほんの冗談のつもりだったのに。
礼拝堂に、三人の少女がいた。
一人は最前列の長椅子に腰かけ、もう一人は車椅子に座り、最後の一人は……は? ちゅ、宙に浮いてる? なんじゃありゃ?
ともかく、待ち時間を世間話で紛らわしていた風の少女たち。長椅子に腰かけていた一人がすぐこちらを振り向き、立ち上がって、
「お、来た来た! ったくもぉー待ちくたび――んんっ、えほん! ……お待ちしていました、〈
全員そんじょそこらのシスターではないと、ひと目見た瞬間一発でわかった。
なぜなら服が違うから。最上級の生地を惜しみなく使った壮麗な祭服。アンゼが着ているただの修道服とはわけが違う。あれは教会でも極めて高い地位にいる人間のための衣服であり、そんなものを身にまとう少女がいるとすれば――いやちょっと待て。
「えっ――ええぇっ!?」
「……びっくり」
ユリティアが素っ頓狂な声で驚き、アトリさえも目を丸くして、師匠に至っては完全にぽかーんと思考停止してしまった。
しかし、みんなの反応もさもありなん。あそこにいるのがいったい誰なのか、これはさすがに俺でもわかる。わかってしまう。
「はじめまして。さあ、どうぞこちらへ」
「……、」
いや……いやいや、待て、待ってくれ。
たしかにさ、ロッシュとアンゼが上機嫌すぎて裏がありそうとは思ってたよ。でも、さすがにこれは予想外すぎるだろ。もしも予想できるやつがいるなら、そいつは間違いなくロッシュ以上のナルシストだ。
なんの変哲もないAランクの冒険者に、なんの変哲もない普通の褒賞を手渡す。
そんなことのためにわざわざこの人たちが出張ってくるなんて、予想できる方がおかしいに決まっている。おいコラ、「こちらへ」って言われて「あっどうも」なんて返せる相手じゃねえだろ!
「大丈夫ですよ、ウォルカさま」
その場から動けずにいると、アンゼが後ろから優しく俺の右手を取った。
「礼儀などはお気になさらず、普段通りのウォルカさまでよいのです。さあ」
「お、おい」
居ても立ってもいられない様子で手を引っ張られ、俺たちは半ば強引に祭壇の方へ。先ほど立ち上がった少女が、清らかに頬をほころばせて歓迎してくれている。
真っ白い髪に真っ白い祭服。その瞳と肌の色以外、ほとんどすべてが純白に包まれた少女。
聖女である。
もう見るからに、聖女なのである。
俺は聖女たちの顔なんて一人も知らないけれど、この壮麗な立ち姿と清澄なオーラを前にして「誰だこいつ?」ってとぼけられるほどアホじゃねえぞ……!
白い少女はスカートの左右をつまんで持ち上げ、優雅に一礼すると。
「わたくし、〈白亜の聖女〉レスターディアと申します。どうか、お見知りおきを」
続けて、両目を眼帯で覆い車椅子に座る幼い少女が、
「〈
最後に、三日月の形をしたゆりかごか、はたまたクッションか……そんな感じの物体に寝そべって宙を漂う少女があくびをしながら、
「ふあ……ん、……〈
……ああ、なんとなくわかってきた。そりゃあ聖都の頂点におわす方々なのだから、〈ゴウゼル〉で起こった騒動を耳にしていてもおかしくはない。むしろ聖都にそれなりの衝撃をもたらした事件だったのを考えれば、かなり細かいところまで報告を受けたのではないか。
具体的には、誰がどんな魔物を倒したのか、とか。
純白の少女――〈白亜の聖女〉レスターディアが、くすりと上品に微笑を深める。
つまり、この三人が俺たちを待っていた理由は――
「お噂はかねがね……お会いできて嬉しいですわ、ウォルカ様」
おいロッシュ!! ハメやがったなてめえ!?
振り返って目で訴えるも、ロッシュは扉のところでニコニコしながら手を振ってくるだけだった。
ちくしょう!
■■■■■■■■■■■■■■■
今週末の8/30(金)に、本作の書籍版が発売されます。
ラノベとしてはなかなかニッチな作品ですが、応援よろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます