37.〈ギルド職員〉シャノンⅣ

 重すぎて、話聞いてる途中で意識が飛ぶかと思った。


 〈ル・ブーケ〉を訪ねてきたシャノンが俺の部屋までやってくるなり懺悔のごとく吐き出したのは、バッドエンド嫌いな俺にとって少々……いやだいぶ、その、なんというかだな……。


 みんな、俺が寝てる間にそんなことになってたのかよ……! 重い重い、そこだけ切り取ったら完全なすれ違い系バッドエンドじゃねえか! あ、後味悪すぎる……ああ、話聞いただけで胃がしんどくなってきた……。


 俺はてっきり、シャノンが仕事のためにちょっと空気が読めない事情聴取をしようとしてしまって、それで怒った師匠が冷たく突っぱねたものと思っていたのだ。

 しかし実際は、お互いの気持ちとタイミングが噛み合わなかったせいで起こった、本当に不運で悲しいすれ違いというか。道理で師匠が気まずそうにしてたわけだよ。師匠からしたら、たまたまやってきた無関係な人に八つ当たりしてしまったようなものだもんな、これ。


「ごめんね、あたしがみんなの気持ちも考えないで、出しゃばったから……! みんなが心配で、だからなにかしなきゃダメだって、自分のことしか考えてなくてっ……!」


 すべてを話し終えたシャノンが、俺たちの前で話すのもやっとなくらいぼろぼろと涙ぐんでいる。

 彼女のチャームポイントである犬耳のようなクセ毛が、今は完全にへにゃりと垂れ下がってしまっている。あのクセ毛、どうもシャノンの感情と連動しているみたいで、悲しいときは今みたいにしおれるし、嬉しいときはぴょこぴょこと元気に動いたりするんだよな。まさか犬耳のように見えるクセ毛ではなく、クセ毛のように見える犬耳だったりするのだろうか……。


 ……と、現実逃避はここまでにして。

 師匠たちとシャノンがこんな風にすれ違ってしまったのは、元はといえば俺が散々無茶して死にかけていたせいだ。原作のクソッタレな全滅エンドをぶっ壊すためだったとはいえ――本当に、たくさんの人に心配をかけてしまったのだと痛感させられる。


「その……心配かけて悪かったな、シャノン」

「ウォルくんはなにも悪くないっす……! もうちょっとで死んじゃうくらいの大怪我して、そんな体になっちゃって、一番辛いの、ウォルくんなのにぃっ……!!」


 そ、そんなに泣かないでくれよぉ……。相手を思うあまり感情移入しすぎてしまって、まるで自分のことのように涙を流せる――流してしまうのが、シャノンという少女の美点でもあり欠点でもあった。


「ギルドの……あたしのせいなんす」


 呼吸をいくらか落ち着かせ、すんすんと鼻をすすりながらシャノンは続ける。


「あたしが調査を依頼したパーティ……〈炎龍爪牙フランヴェルジュ〉っていうんすけど」

「〈炎龍爪牙フランヴェルジュ〉……」


 なんか聞き覚えがあるな。たしか、そこそこ実績のあるAランクパーティじゃなかったっけ?


「そのパーティに、問題があったみたいで。いろいろあって、大聖堂に身柄を引き渡して『審判』してもらうことになったんす」


 『審判』とは、この国では〈聖導教会クリスクレス〉で執り行われる裁判のことを指している。読んで字のごとく、そのままの意味での『裁判』だ。

 にわかに信じがたい話ではあった。〈炎龍爪牙フランヴェルジュ〉――直接の面識はないが、ギルドでパーティの面子を見かけた記憶がおぼろげにある。その中でも特に、


「たしか、かなり正義感強そうな女の人がいたよな。ああいう人がいるのに……」


 男相手にもまったく物怖じせず、ズバズバと遠慮のない口でパーティを引っ張っていた女戦士だったはずだ。あんなしっかりした人がいるパーティが審判行きなんて、いったいなにがあったのだろうか。


「あたしも、詳しくはわかってないんすけど……」


 シャノンは一層重く表情を曇らせ、


「その女の人は……調らしくて」

「……うん?」

「他のメンバーと仲違いして、パーティが内部分裂みたいな状態だったって。それで……」


 ええと……つまり、パーティがバラバラになっていたせいで調査が不充分だった可能性がある、と?

 だとすると、俺たちが巻き込まれたのは単に不幸な事故ではなく、


「――人災かも、しれないの。だから、ほんとに……ごめんねっ……!」

「……いや、」


 ……俺は、〈摘命者グリムリーパー〉との戦闘は避けられない運命みたいなものだったと割り切っている。


 そもそも『原作』がそうだったからと言ってしまえばそれまでだが、ボス部屋が巧妙な転移トラップで隠されていた上、転移後は即強制戦闘という完全な初見殺しだった。あれを事前の調査でなんとかすべきだったと非難するのは、正直いって無理筋でしかないように思うのだ。


 仮に〈炎龍爪牙フランヴェルジュ〉が見事トラップを見抜き、調査のため勇敢にも作動させて転移したとしよう。

 待っているのは〈摘命者グリムリーパー〉との強制戦闘、すなわち全滅だ。そうなったらもう目も当てられない。ギルドが別のパーティを再度調査に向かわせるもまた全滅、事態を重く見ていよいよ騎士隊に協力を仰ぎ、大規模な調査団を編成するも再び全滅――次から次へと死の連鎖が巻き起こることになっていただろう。


 それと比べれば、俺の右目と左足だけで済んだのは間違いなく幸運だった。〈摘命者グリムリーパー〉が待ち受けていた時点で、どう転んでも犠牲は避けられないトロッコ問題だったのだ。だからこの事故を〈炎龍爪牙フランヴェルジュ〉による人災と表現するのも、少しばかり理不尽だろうと。


 ――とはいえ。


 それはあくまで、〈炎龍爪牙フランヴェルジュ〉が責任もって任務を全うした前提の話。そもそも調査の内容に無責任な『過失』があったのだとすれば、話は180度変わってきてしまう。


 踏破承認というのは、冒険者の中でも難易度の高い仕事だ。

 前世でよくあったファンタジー系の漫画なりラノベなりだと、たとえばボスを倒すとダンジョンの『コア』が停止するとか、確実に踏破したと判断できる『証拠』が存在するのがテンプレだった。しかし、このクソッタレな世界にはそれがない。精々、ボスモンスターの希少な戦利品ドロップが判断材料のひとつになるくらいで、ダンジョンが踏破されたかを確かめるには、人を派遣して隅から隅まで徹底的に調査するしか方法がないのだ。


 もし、〈炎龍爪牙フランヴェルジュ〉が自分たちに課せられた責任を果たしていなかったのなら――。

 ゆえに大聖堂で審判を行い、一切の事実を明らかにするということなのだろう。


 なんだかなぁ……単なる原作の一ページでしかなかったはずのエピソードが、まさかここまで根深い問題になってくるとは。原作でも、主人公が王都聖都を避けて行動していたから描かれなかっただけで、本当は似たような騒動に発展していたのだろうか。


「……でも、なんにしたってシャノンは悪くないだろ」


 ともかくここまでの話を聞いて、俺たちの中にシャノンを責めようなんてやつは一人もいない。むしろシャノンも、信じて依頼したのに適当な仕事をされてしまった被害者もいいところじゃないか。


「俺は大丈夫だ。この足でもちゃんと帰ってこられたし、今朝もみんなと一緒に鍛錬したんだぞ」


 義足生活にも随分と慣れてきた。歩くときに杖をつかなくても大丈夫になってきているし、鍛錬も最近は素振りや筋トレだけでなく、ユリティアたちと簡単な打ち合いをしたりな。まあこの義足じゃ俺の方からはほとんど動けないので、向こうが打ち込んでくるのをひたすらいなすという形ではあるけど……。


 でも、これが結構いい感じなのである。隻眼隻脚となって感覚が研ぎ澄まされてきているのか、前よりも相手の動きがかえってよく見えるんだよな。もっとまともな義足で自分からも踏み込むことができれば、相手の動きを先読みして制する芸当も夢ではないかもしれない。


 これぞかの有名な『後の先』ってやつで――あれ、本当にそうだっけ。先読みして動くんだから『後』ではない気が……まあいいや。

 要するに前より深く剣へようになって、俺は少々テンションが上がり気味なのだ。心配されることなどなにひとつない。


「誰も君のせいなんて思ってない。思うわけがないだろ?」


 ほら師匠も! 今だ。謝るなら今だっ。

 俺の眼力ある目配せに師匠ははっとして、


「あ、えっと、あのときはすまんかった、すまんかったっ。わしはもう大丈夫じゃから、ゆ、許してくれぇっ……」


 アトリとユリティアも続いてくれる。


「ボクも……ごめんね。八つ当たりみたいなことして……」

「誰も、シャノンさんを嫌いになんてなってませんっ。みんな、優しいシャノンさんのことが好きですよ!」


 シャノンの嗚咽が一瞬だけ引っ込んだ。しかしすぐに、だぱーっ! と漫画みたいな涙をあふれさせると、


「うあ゛ああああみんないい子すぎるっすよおおおおおぉぉぉ」

「ぎゃー!?」


 師匠に抱きついた。師匠の小さな頭を両腕いっぱいにホールドして、


「ふぐ、えぐっ、あたしもみんなのこと好きっすからね……!! 大好きっ……!!」

「むぐ――こらやめんかっ!? はーなーせーっ!!」

「あたしにできることがあったら、なんでも言ってくれていいっすから……! あたし、どんなことでも一生懸命がんばるっすからっ……!!」

「離せ言うとるじゃろが!!」


 師匠がぎゃあぎゃあ抵抗するも、シャノンはまったくびくともしない。涙の跡が残る顔でへにゃりと笑い、


「えへへ、リゼルはおててがちっちゃくてかわいいっすねえ」

「ウォルカたすけてえええ」


 うん……なんか、いつも通りのシャノンに戻った気がするな。シャノン、俺たちのパーティでも師匠を一番かわいがってたからなあ。

 シャノンのメンタルを癒やすため、このまま師匠にはちょっとばかりがんばってもらうとしよう。

 ようやく笑顔を見せてくれたシャノンの姿に、俺たちはほっと安堵の息をつくのだった。


「はーなーしーてーっ!!」


 師匠だけが、暴れていた。



 /


 思う存分師匠をだっこして満足したらしく、シャノンはだいぶ元気になった。


 なので、このまま帰還の報告もまとめてさせてもらうことにした。聖都に帰ってくるまでの出来事――すなわちルエリィたち〈天巡る風ウインドミル〉の事件について話すと、シャノンは犬耳なクセ毛を少しだけしおれさせて、


「……そっか。そんなことがあったんすね」


 冒険者パーティに犠牲が出る報告は珍しくない、とはいえ。何度聞いても慣れるものではないだろうに、シャノンは笑顔を見せて俺たちを労ってくれた。


「お疲れ様。ほんとに、帰ってきてくれてありがとね」

「……帰ってくるさ」


 いい都市だからな、聖都は。暮らしの利便性だけなら王都に軍配が上がるだろうけど、聖都はとにかく息がしやすくて、みんなのびのびと自由に生活している感じがする。平和というのは、まさしく聖都のためにある言葉なのだろう。王都はほら……あまり大きな声では言えない闇の部分があるから……。


「うん! それじゃあ、ギルドのことはぜんぶあたしに任せて!」

「悪いな」

「ううん、顔を出しづらいのはわかるっすから。ウォルくんたちはいろいろ大変だったんだから、ちゃんとゆっくり休むんすよ!」


 最初俺の部屋にやってきたときの、今にも罪悪感で押し潰されそうだったシャノンはもう見る影もない。「よぉし!」と両手を拳にしながら気合を入れて、


「じゃあ、あたしはギルドに戻――」


 しかし立ち上がった途端、突然強烈なめまいを起こしたようにふらついた。師匠とユリティアが驚きながら両脇を支え、ゆっくりとその場に座り直させる。


「な、なんじゃなんじゃ? どうした?」

「だ、大丈夫ですか?」

「あれ――」


 シャノンはひどく緩慢な動きで頭を振り、目を閉じては開けるのを何度か繰り返して、


「ご、ごめんね。なんだか急に、くらっとして……」


 そういえば、シャノンの目元……今は泣いたあとなのでわかりにくくなっているけれど、うっすら隈っぽいものが見える気がする。それが、罪悪感や無力感に苛まれて今日までロクに休みも取れていない証拠だとするならば。師匠たちと仲直りできた反動で疲れがどっと押し寄せてきたというのは、ありえない話ではないと思えた。


「シャノンさん、もしかして疲れてるんじゃ……」

「そ、そんなことないっすよ!」


 ユリティアを振り払うように、もう一度立ち上がる。今度は辛うじてふらつかなかったものの、


「ほら、ぜんぜん平気っすから! ねっ!」


 元気アピールする表情がぎこちない。どこからどう見ても無理をしていると丸わかりだった。

 そうして軽やかに歩き出そうとするも、やはりというべきか、一歩目からまたバランスを崩した。見かねたアトリが通せんぼして、


「だめ、通行禁止。ふらふら」

「う、ううっ……」


 体に力が入らないのをシャノン自身どうすることもできず、辛そうな表情でアトリにもたれかかってしまう。


「まっすぐ歩けないの、だめ。危ない」

「で、でも。みんなの報告、ちゃんとギルドに帰って記録しなきゃ……」


 いやそんなのどうだっていいだろ。なに社畜みたいなこと言っとんじゃ。

 まったく、それでよく俺たちにゆっくり休めと言えたもんだ――そう呆れながら俺は口を開こうとして、


『――おーい、ウォルカくん。いるかい?』


 ふと、部屋の外から聞き馴染みのある男の声が聞こえた。この締まりがなく飄々とした口の利き方は、


「……フュジのおっさん?」

『やあ。開けてもいいかい?』

「ああ」


 どうやらシャノンの様子を見に来てくれたらしく、ドアを開けてのんべんだらりとした顔を見せたのはやはりおっさんであった。


 冒険者ギルドのだらしない中年代表、通称『おっさん』ことフュジについて。


 正直、ある程度面識のある俺から見ても謎めいた人物と言わざるを得ない。一応、ギルドの各種試験や新人教育などを担当する教官めいた立ち位置にいるのはたしかなのだが、それにしてはどうも覇気がなさすぎるというか。常日頃からやる気というものがほとんど感じられないため、冒険者の中では彼を昼行灯とあざける者も少なくない。実際、仕事のお呼びがかからなければ職場のソファーでのんびりしている日も多く、シャノンをはじめとする職員たちからも呆れられている始末らしい。


 灰色がかった緑の髪には寝ぐせみたいなハネがちらほらとあって、頬に無精ひげが散っているのもあいまっていまいちパッとしない。シャノンと同じくギルドの制服を着用してはいるものの、開けっぴろげな襟元、中途半端な腕まくり、そしてスラックスからはみ出たシャツとまあズボラである。だらしがない、やる気がない、ギルド職員としては身だしなみもよろしくないと、まさしくダメなおっさんの三拍子がそろった男なのだった。


 しかし俺は内心、このおっさんを相当な実力者だとニラんでいる。

 たとえば新人に戦闘の手解きをするとき、あるいは冒険者のケンカを仲裁するときなど、ふとした瞬間にどうも只者とは思えない雰囲気が垣間見えるというか。誰からも見えない体の陰に、鋭利な武器をいくつも隠し持っているような気配がするんだよな。


 もっとも、基本的にはただのだらしがないおっさんである。彼はいつも通り締まりのない表情をして、


「様子を見に来たよ。シャノンちゃんは――」


 アトリにもたれかかって辛そうにしているシャノンに気づき、やれやれと小さく吐息して、


「みんなと仲直りはできたかい?」

「は、はい……」

「ならよかった。その様子だと、もう限界だってわかってるはずよね。今日は休みなよ、ギルドの方は大丈夫だからさ」


 次いで俺たちを見て、


「シャノンちゃん、ここひと月くらいずっと働き詰めでさ。おまけに、家に帰ってもロクに寝てないときた。おっさん困ってんのよ」

「……シャノン」

「ううっ……」


 まあそうさせてしまったのは俺たちのせいでもあるから、あんまり強くは言えないけどさ。このまま無理をして、次に会う場所が大聖堂の病室では洒落にもならないぞ。

 そしてフュジは、この状況を最初から想定していたようだった。


「というわけで――ロゼ!」

「はいはぁーい!」


 どうやら廊下でスタンバイしていたらしく、今度は頼れるイケメンオネエことロゼがやってきた。高い背丈からシャノンを優しく見下ろして、


「シャノンちゃん、ここで休んでいきなさいな。今日はお客さんも少ないから部屋が空いてるし」

「そ、そんな、悪いっすよ。ちょっとだけ、本当にちょっとだけ休めば――」

「――シャノンちゃん」


 シャノンをきっぱりと遮り、


「ひと月ずっと働き詰めで、ロクに睡眠も取ってない……そんな話を聞いて、このアタシがあなたを黙って行かせると思うかしら?」

「え? えっと……ひゃっ」


 突然、シャノンの頬を指先でさっと撫でる。

 それだけでいったいなにを感じ取ったというのか、ロゼは途端に「んもう!」と柳眉を逆立てるようにして、


「ほらやっぱり! せっかくきれいなお肌が荒れ始めちゃってるじゃない! こんなの絶対許さないわよ、休む前にアタシ直伝のスキンケアを味わってもらうわ!」

「ひえっ……いや、あの、」


 シャノンが面食らって呆然としているうちに、あとはもう突風のような勢いで、


「それと食事! 髪に栄養がぜんぜん足りてないわね。まずはしっかり休んで、起きたらアタシ特製のリフレッシュメニューをご馳走してあげる!」

「ロ、ロゼさん? ひゃあっ!?」


 シャノンをお姫様だっこで抱えあげ、


「ところで最近ね、趣味でアロマキャンドルっていうのを作ってみたの。休むときに焚いてあげるから感想を聞かせてちょうだい? いい出来だったらウチの新しいサービスにしようと思ってるのよね~」

「あ、あのー!?」

「それじゃあ、この子はアタシに任せてもらうから~!」


 という具合で、あっという間にシャノンを連れて行ってしまうのだった。

 突風が吹き抜けたあとの静寂。俺たちがそろってぽかんと呆気に取られている中、フュジ一人だけがからからと笑って、


「いや、さすがロゼ。頼りになるねえ」

「……そうだな」


 言ってもダメなら無理にでも休ませる――それをああも爽やかに、力ずくな印象を感じさせず実行できるのはさすがというか。なんかもう、ぜんぶあの人に任せておけば大丈夫な気がしてきた。


 ロッシュといいロゼといい、俺の身近な男性陣はデキるイケメンばかりである。

 なるほど、これがチートキャラの性能を前に圧倒されるモブの気持ちか……。まあ実際モブなんだけどさ、俺。




 ――さて、その後のシャノンについて先に触れておくと。


 ロゼお手製のアロマキャンドル香る部屋でぐっすり休み、シャノンが目を覚ましたのは夕暮れの頃だった。倒れる寸前まで無理し続けた件をロゼからもたしなめられたらしく、シャノンはわざわざ俺の部屋まで謝りに来てくれて、


「ロゼさんに言われちゃったっす。あたしがこのまま無理して、それで喜ぶのはいったい誰なんだって……」


 一度ぐっすり眠ったらいろいろ吹っ切れたのか、シャノンの表情は憑き物が落ちたようにすっきりしていた。ついでにいうと、ロゼ直伝のスキンケアで肌ももちもちになっている。


「あたし……昔から、気持ちが空回りしちゃうこと、多くて。子どもの頃は、それで友達から鬱陶しいって言われたこともあって」


 ……まあたしかに、シャノンはよくも悪くも気持ちが先走ってグイグイ行きすぎちゃうからな。時と状況によっては、人から眉をひそめられてしまう場合もあるのかもしれない。


 けれど俺は、それこそがシャノンという人間のすごいところなのだと思う。


 俺はシャノンを純粋に尊敬する。彼女ほど誰かを想って行動したり、人の痛みで涙を流せる人間がいったいどれだけいるだろうか。俺の前世なんて、そういう『人情』ってもんがどんどん希薄になりつつあった時代だったからな。そんな転生者からすればシャノンはまぶしいよ、本当に。


「……俺たちがはじめて出会ったときのこと、覚えてるか?」

「え? えっと……あれっすよね、あたしがウォルくんたちにあちこち案内した」


 そう。〈銀灰の旅路シルバリーグレイ〉がはじめて聖都にやってきたとき、シャノンは初対面の俺たちのために街中を案内したり宿を探してくれたりした。まあ彼女はギルドの職員なのだから、冒険者のサポートをするのは仕事のうちだと思われるかもしれない。

 しかし、


「あのとき君は、休暇中だったろ」

「あ、そうそう、そうだったっすよね。街で偶然出会って……」


 それが休みの日だったならどうだろう。せっかくの休日を満喫する最中でも、シャノンは快く俺たちの助けになってくれた。面倒くさそうな顔なんてちっともしないで、聖都にはこんなものがある、あんなものが美味しいんだと日が暮れるまでずっと付き合ってくれた。

 そういう人なのだ、シャノンは。


「俺たちが聖都を拠点に決めた理由、君と出会えたからっていうのもちょっとくらいあるんだぞ」

「――、」


 明るい笑顔を絶やさず歓迎してくれる彼女の姿は、聖都の街並みを一層魅力的に見せてくれた。こんなにいい人がいるのなら、きっといい街に違いないと。もしあのときシャノンと出会っていなかったら、ひょっとすると今ごろ〈銀灰の旅路シルバリーグレイ〉の拠点は聖都じゃなかったかもしれない。


 たしかに今回はちょっとすれ違ってしまったけれど、まあ、生きてりゃたまにはそんな日もあるさ。

 仲直りできたんだからそれでよし。俺は、シャノンに右手を伸ばして。


「これからもよろしくな、シャノン」

「……っ!」


 これでもう、心配いらないはずだ。

 シャノンは少しの間だけ一生懸命なにかをこらえて、目尻に光った涙をぬぐうと。


「――うんっ! よろしくね、ウォルくん!」


 シャノンの犬耳は、もうしおれていない。


 うむ――やっぱり女の子は笑ってこそ、だな。




 /


 そしてだいたい時を同じくして、大聖堂から天へそびえ立つ塔の頂――聖女たちのプライベート空間である『聖処』にて。


「アンゼ、、少しよいですか?」

「はい。どうかされましたか?」

「んー?」


 剣の紋章を持つ聖女。

 雪の紋章を持つ聖女。

 星の紋章を持つ聖女。

 月の紋章を持つ聖女。


 〈聖導教会クリスクレス〉の頂点に君臨する四人の聖女が、リビングに当たる空間でこんな会話をしている。


「さっき、じいやから聞いたんだけど……」

「明日、例の彼に褒賞を与えるそうですね」

「はいっ! ウォルカさまがいらっしゃいます!」

「おー。顔合わせするいい機会だしさ、おれから渡そうかなって思ってんだよねー」


 剣の紋章を持つ聖女の、祝福に満ちた清らかな声。

 雪の紋章を持つ聖女の、慎みを知らない砕けた声。

 星の紋章を持つ聖女の、幼くも流麗に澄み渡る声。

 月の紋章を持つ聖女の、抑揚を欠いた眠たげな声。


「そのことで、ひとつ相談がありまして」

「なんでしょう?」

「せっかくだから、あんたらもウォルカ様と顔合わせしとくかー? なーんて――」

「はい、まさしくそのとおりで」

「――――え? マジ?」

「ん……マジ」

「まあ……!」


 聖女たちは、話をしている。


「は? はまあわかるけど……え、も?」

「……悪い?」

「いや悪いってか……下の礼拝堂でやるから、ここから下りないとだけど」

「まあ、たまには下の空気を吸ってもいいわ……」

「ぜひっ! ぜひお会いしてみてください! お二人もきっと気に入ると思います! ウォルカさまはですね、ええと、ええと――」

「あーはいはいウォルカ様語りはまた今度な! ……にしても、こりゃ面白くなってきたじゃん。よーし、みんなでウォルカ様囲んでやろうぜー」

「ふふ、どんな人か楽しみですね」

「あたしに楽させてくれそうだったら、教会で雇いましょ……」


 ウォルカの胃が痛くなるような、話をしている。


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