06.〈剣士〉ユリティアⅢ
午後。ユリティアがまたあの「なにかできることはありますかっ?」ループに突入してしまったため、今度こそ観念した俺は日光浴も兼ねた散歩を手伝ってもらっていた。
この異世界における車椅子は、どうやら介助者に後ろで動かしてもらうタイプが主流らしい。少なくともこの街の教会では、乗る本人が動かすタイプ――いわゆる自走式の車椅子は配備されていなかった。バリアフリーが希薄な異世界の水準だと、やはり安全面の問題から普及に至っていないのだろうか。
とはいえフレームや車輪は魔物の素材が使用され強度のあるつくりになっており、クッション性の乏しさから悪路ではガタガタ揺れてしまう点、長く座っていると体が痛くなってしまう点以外は、およそ地球産の車椅子と比べてもそう悪い出来ではない気がする。木のおもちゃみたいなのが出てくるんじゃないかと不安だっただけに、これは嬉しい誤算だった。
そもそもこの異世界、元が日本人の考えたなんちゃってファンタジーだからなのか、地球の――もっといえば日本の風習や概念が通じてしまう場面が結構あったりする。
たとえばユリティアの髪は淡い桜色をしているが、これをこの世界の人たちも桜色と認識している。道行くおばさんが、「綺麗な桜色の髪で素敵ねえ」みたいに反応してくるのだ。この世界に桜ってあるのだろうか?
あとは日本の伝統謝罪技である土下座が存在したり、不義理を犯してしまった騎士が「腹を切って詫びる」と言い出したり。まあそのお陰で転生者の俺もこの異世界に順応できているわけだが、今でも時々は奇妙な感覚に陥ることがある。
閑話休題。
そんなわけで俺は、ユリティアに車椅子を押してもらいながら街を散歩しているのである。
「先輩、他に行きたいところはありますか? 遠慮なく仰ってくださいね、わたしがどこまでもご一緒しますから!」
「あ、ああ」
頭のすぐ後ろから、ユリティアのとても活き活きとした声が飛んでくる。心なしか、『どこまでも』の部分にアクセントが入っていた気がする。我らがパーティ最年少のおかあさんは、どうやらこの車椅子介助をいたく気に入ったようだった。
「~♪ ~♪」
隣では、我らがパーティ最年長の幼女がリンゴ飴を頬張って、こちらも実にご機嫌な様子で遊歩している。甘いもの大好きだもんね師匠……。
そして俺は冒険者の『ぼ』の字もない完全オフの平服に、右目の傷を隠すための黒い眼帯という装い。紐で耳に引っかける医療用のものではなく、頭に巻きつけて目から頬までを覆い隠す、漫画やゲームで定番のあのイカついやつだ。自分で言っちゃあなんだがなかなかカッコよくて、在りし日の中二心がくすぶる俺である。
たくさんの露店で賑わう通りを越え、人々の邪魔にならないよう車椅子は道の端をゆったりと進んでいく。
「うーん……天気もいいですし、広場で少しのんびりするのもよさそうですね。風もありますから、お昼寝したら気持ちよさそうです……」
おお、それはなかなか名案だ。昼下がりでちょうど眠くなってくる頃合いだし、風に吹かれながら草花と一緒にまどろむのはさぞかし心地よいだろう。
「………………あ、あの、ところで先輩、わたし一度でいいからやってみたいことがありましてっ。その、あの……ひっ膝ま――うぅ、ごにょごにょ……」
おお、それもなかなか名案だ。ぜひ師匠に膝枕してあげてほしい。原作で悲惨なバッドエンドを迎えたキャラが、生き延びて仲良く膝枕――うーん、写真を撮って額縁に飾る必要があるな。
「じゃあ、広場に行こうか」
「ふえっ!? え、あああっあのあの先輩、それってつまり、その………………し、して、いいんですか……?」
師匠にね。俺も一人の男として惹かれるのは否定しないが、さすがにユリティア相手だと……
ちょっと落ち着きのなくなった車椅子が、広場に向けて曲がり角で方向転換しようとする。そのときふと、
「……ん?」
向かいの道具屋のすぐそばに、俺たちを見て呆然と固まる少年が一人。すぐにユリティアも気づいて、あっと小さく声をあげる。
「……知り合いか?」
「ええと、知り合いといいますか……午前中に魔物を狩ってたとき、外で少し……」
そう言われると、なるほど少年の出で立ちは駆け出し冒険者のそれである。バツ字に交差した〈
「パーティを組んだとかか?」
「……よその人とパーティなんか組みません」
な、なんかマジトーンで否定されてしまった。今の質問のどこに機嫌を損ねる要素が……。
リンゴ飴を半分食べ終えた師匠も気づいた。こういうとき、師匠はまったく物怖じも遠慮もしない。わざわざ警戒するほどの相手でもなかろうに、目つきを鋭くして俺の前に出ると、
「おい、そこな少年。わしらになにか用でもあるのか?」
「……ハッ」
少年が正気に返った。そもそもなぜ呆然としていたのか不明だが、どうあれ少年は大急ぎで状況整理を追いつかせると、
「や、やあ。また会ったな」
「え? あ、はい……」
なぜか尋ねてきた師匠ではなく、ユリティアに向けて少し緊張した様子で返事をするのだった。
おい少年、そういうことをするとウチの師匠は――。
「おいコラ、わしを無視するな!! 礼儀がなっとらんちびっこじゃな!!」
「は、はあ? なんだよ、そっちの方がチビだろ」
二連続で地雷を踏み抜かれた師匠は速やかにキレた。俺を振り向いて、青筋を浮かべたステキな笑顔で、
「ウォルカ、ちょっとあいつボコボコにしてくるねっ」
「師匠、リンゴ飴、リンゴ飴がまだ半分残ってるぞ」
バカ……! 少年のバカ……! なぜ地獄の針山めがけてバンジージャンプするような真似をッ……!
だがまあ、こればかりはいかんともしがたい。師匠、本当に小さいんだもんなあ。俺もはじめて出会ったときは、子どもと勘違いして怒られたし。
ともかく、師匠の気を少年から逸らさなければ。冗談でもなんでもなく、師匠、こういう手合いはマジでボコボコにするからな。顔面に魔法を叩き込まれて吹っ飛んでいく犠牲者を、今まで何人目撃してきたことか。
「師匠が食べないなら、あー……俺が食べちゃうぞ」
「え? あ、じゃあウォルカも一緒に食べる?」
「ん?」
あれ、なんか思ってた反応と違うな。ここは食い意地張った師匠が「あげないもん!!」と怒り出して、少年そっちのけで黙々とリンゴ飴を食べる流れのはず……。
まあいいか、今のうちに少年はユリティアに対応してもらおう。どうもそちらと話がしたいようだし。
ユリティアは見るからに乗り気ではなかったが、声をかけられた以上やむなしといった様子だった。
「ええと……あの、なにか用でしたか?」
「い、いや、用ってほどじゃ。たまたま見かけたからさ……」
どこか照れくさそうに、初々しさ満点で受け答えする少年。その隅っこで俺はといえば、
「もー、ウォルカも食べたいなら買えばよかったのに。はい、あーんっ」
「あ、あー……?」
なぜか師匠の師匠モードが完全にすっ飛んでいて、白昼堂々幼女に餌付けされる公開処刑の様相を呈している。衛兵さん、いっそ俺を連行して楽にしてくれねえかな……。
「その、君みたいな冒険者がこの街にいたっけかなって気になって、ギルドで少し聞いたんだ。仲間が怪我したって……のが、えっと、そっちの……?」
「は、はい……」
「えへへー、おいしい?」
「う、うむ」
やめろ少年。そんなコメントしづらそうな目で俺を見ないでくれ。
結局、俺についてはあまり深く考えないことにしたらしい。ユリティアに向き直り、
「そ、それでさ。今は君が依頼を受けて路銀とか稼いでるんだろ? もし、よかったらなんだけど……」
この時点で俺は、少年がなにを言うつもりなのかをなんとなく察した。
俺でさえそうなのだから、ユリティアは一言一句まで完璧に見抜いたことだろう。少年が意を決して口を開くのと、ユリティアがすげなく頭を下げるのはほとんど同時だった。
「俺とパ」
「パーティのお誘いなら結構です。必要ありません」
「カフッ……」
少年……! 気をしっかり持て少年……! まだ土手っ腹に風穴が空いただけだ……!
しかしなるほど、この少年はユリティアとパーティを組みたいらしい。ギルドに話を聞いたのならば、〈
翻って少年はおそらくD、どう高く見積もってもCランクといったところだ。そのランク差でもパーティに誘うということは……。
ああ、そうか――俺の胸に染み渡るような理解が広がる。
考えてみればこれは、『原作』ではありえなかった新しい出会いといえるのか。
原作において、俺たちはあの戦いで全員命を落としていた使い捨てのモブパーティだった。だから本来であれば、ユリティアと少年がこうやって出会う未来もなかったわけだ。
そうだな。原作の全滅エンドを覆せたのなら、師匠たちはこれからもっとたくさんの人々と出会って、原作になかったたくさんの縁を紡いで生きていけるんだ。
そう思うとなんだか感慨深い。特にユリティアはまだ幼くして冒険者の世界に飛び込んだ都合、同年代の友人というのがほとんどいないからな。人と出会い絆を結び、
人並みの青春すら、原作では彼女に与えられることなく終わってしまったのだから。
というわけで俺は、こういった出会いに関しては積極的に歓迎していきたい。よく来たな少年、俺は君と出会えて嬉しく思うぞ。
しかし早速で申し訳ないのだが、彼の申し出は非常に厳しいと言わざるを得ない。なぜなら当のユリティアが、この手の誘いに関してものすごく警戒心が強いんだよな。
小動物的な性格が災いしてか、ユリティアは以前からなにかと変な男に目を付けられやすい体質なのだ。気弱で奥手なためそういった手合いをあしらうのも得意ではなく、街でひと気のない場所へ連れ込まれそうになったのも一度や二度ではない。
そんな経験を何度もさせられれば、当然、見知らぬ男への警戒心だって強くなる。お互いよく知りもしないうちからいきなりパーティに誘うのは、ユリティアに対しては致命的な悪手なのだ。
案の定、少年を見るユリティアの眼差しは氷のようになってしまっていた。
「ま、待ってくれ! たしかに俺はまだランクも高くないけど、パーティの立ち回りはわかって」
「……あなたも、そうやってわたしにつきまとうつもりなんですか? 本当に、迷惑ですので」
「ガハァッ……」
死ぬな少年……! ただの致命傷だ……!
悲しいかな、少年はなにも悪くない。たとえランクが開いていたとしても、気になる相手とパーティを組みたいと思う気持ちをどうして否定できようか。
少年が恨むべきは、ユリティアに何度も嫌な思いをさせてきた過去のロクデナシどもである。
「ねーウォルカ、もっと食べたい? もう一本買っていっしょに食べよっか」
「すまん師匠、ちょっと待って」
幼女モードから帰ってこない師匠を一旦脇に置いて、
「あー……その、君が悪いわけじゃないんだ。この子は前々から、しつこい声がけで何度も嫌な思いを」
「っ……!」
少年をフォローしようとしたのだが、なぜか仇を見るような目で睨まれてしまう。これ俺が悪いの?
少年が拳を震わせ、
「……君はやっぱり、その男が……」
「えっ、…………は、はい」
「ウォールカーっ!」
「むぐ」
ユリティアが答えようとしたそのとき、脇にほっとかれてヘソを曲げた師匠が、ぷんすか怒りながら俺の口にリンゴ飴を突っ込んできた。いきなりなにすんじゃ!
「そんなやついいから私とお話するの! ほらもう一本買いに行こ!」
「
「た、大切な………………えっと、その……あぅ」
「これで勝ったと思うなよおおおおおぉぉぉっ」
そして俺が師匠に気を取られている間に、少年は教科書のような捨て台詞を残して走り去っていってしまうのだった。
間。
ええと、今、ユリティア……まあともかく、上手いこと少年の誘いを断ったようだ。すでにパーティに所属している相手を誘うなら、少年だって断られるのは想定していたはず。それでも思わず走り去るほどショックを受けるのだから――彼のユリティアに対する思いは、きっと本物なんだろうな。
「? なんだか諦めてくれたみたいですね。じゃあ先輩、行きましょうかっ」
「……むぐ」
がんばれ少年。今のところユリティアは君を『冒険者A』としか認識していない。認めてもらうためには口ではなく腕を動かして、ただただ愚直に強くなるしか道はないぞ。己の実力は剣で語るのだ。
「ユリティア」
「はい?」
「もし、この人ならと思える相手がいたら……パーティを組んでみても、いいんだからな。俺のことは気にするな」
「ふふ、先輩ったら。そんな人いるわけないじゃないですか」
そこまではっきり言っちゃう? もし少年が聞いてたら膝から泣き崩れてるぞ。うーむ、彼女が内気で人見知りなのは理解するが、ここまで他人を拒絶してしまうのは少し考えもので――
「――先輩」
いきなりだった。
耳元。息遣いがわかるほどの距離。まるでその小さな両腕で、俺をどうしようもなく優しく抱き締めるように、
「わたし、ずーっと傍にいますから。
――いいですよね、せんぱい?」
いつも通りのユリティアだ。いつも通り優しい声で、いつも通り可憐で、いつも通り思いやりに満ちていて、いつも通りの――
「……そ、そうか……?」
「はいっ」
けれど俺は、なぜだろう、なぜか無性に背筋が凍りついて、かけらも後ろを振り向くことができなかった。
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