29. 後援者
さて――人目のない場所で木を殴りつけて「神などいない」「みんな幸せにならなきゃダメなんだ」などとぶつぶつ言うこっ恥ずかしい姿を幸いにも見られずに済み、現在俺は師匠に手をつながれながら野営地へと引き返しているわけだが。
なんというか――
「……なあ師匠、そんなに強く握らなくてもだな」
「だーめーじゃー。ほれ、あちこち木の根が張ってて危ないじゃろう? もっとちゃんとつなぐの」
「そうですよ、転んだら大変じゃないですか。ゆっくり、ゆっくりでいいですからねー」
「……こっちの手、ボクとつなぐ?」
みんな距離近くない?
俺の右手をがっしり握って一歩前を行く師匠、右脇腹にぴったり寄り添って歩くユリティア、そして杖をつく俺の左手首に指を絡ませてくるアトリ。三人とも距離が物理的に近え……はじめて義足のリハビリしたときでもここまでではなかっただろ……!
唯一アンゼだけは適度な距離を保ってついてきてくれているが、その代わりにずっと湿り気のある視線を感じるし。アンゼ、さっきから俺の背中以外のもの見てる? 見てないよね? 怖くなって一度だけ振り返ってみたものの、いつもの柔らかな微笑を返されるだけだった。
実質、前後左右を完全に制圧されているも同然の状況。みんな一見するといつも通りに見えるけれど、こうもわかりやすいとさすがの俺でもわかる。はっきりとした言葉がなくてもひしひしと感じる。みんなのあからさまな優しさが逆説的に証明している。
――てめえこれ以上手間かけさせやがったらもう承知しねえからな、という無言の怒りを。
ただでさえ遺跡でバカな真似をして怪我したというのに、挙げ句全員バタバタしている最中にいつの間にかいなくなる――そんな勝手なことばかりしている俺に、みんな堪忍袋の緒がキレかけているのだ。
笑顔とは、すなわち威嚇の表情なのである。
俺は内心冷や汗ダラダラだった。『明らかに怒らせてしまっているはずなのになぜか怒られない』、これほど恐ろしい状況もそうありはしない。ちゃんと話合わせてくれよロッシュゥ……と恨み言を言いたくなったが、あいつのせいにするわけにもいかなかった。師匠たちが心配するかもしれないとわかった上で、それでも堪えきれずに席を外す選択をしたのは紛れもなく俺自身なのだから。
……なんというか、感情が空回りしてばっかりだなあ。
自分の思考と行動が矛盾しているのを感じる。師匠たちにこれ以上心配をかけちゃいけないと頭では考えているはずなのに、気づけば感情に振り回されて、結果余計な迷惑ばかりかけてしまっている。……ハッピーエンドを目指すなんて、いったいどの口が言ってるんだろうな。
ため息が出た。師匠がびくりと肩を震わせて、
「ウォルカ? ど、どうした? 大丈夫かっ……?」
「いや……」
なんでもない、と言いかけようとしたところで俺はふと気づく。――そういえば、みんなに謝るなら今のうちかもしれないな。正面に見える焚き火の灯りまではまだ距離があって、ここならルエリィたちの目を気にしないで済む。このままなにもしないで戻ったら、なんだか聖都に到着するまで謝るタイミングを見失ってしまう気がした。
「……みんな、少しいいか?」
「?」
足を止める。
「その……今のうちに、言っておきたいことがあって」
「……なんじゃ? どうかしたのか?」
どこか改まった空気を感じたユリティアとアトリが、不思議そうにしながら俺から一歩距離を取った。師匠はあいかわらず手をつないだまま離れようとしなかったが、その指先がかすかな緊張で強張ったのがわかった。
俺は数秒で考えをまとめた。
「……遺跡で心配かけたこと、謝らせてくれ」
俺の唐突な謝罪に師匠たちが面食らう。構わず続ける。師匠とアンゼを順に見て、
「師匠とアンゼは俺を助けようとしてくれたのに、『黙ってろ』は、なかったよな。……悪かった」
ロッシュに言われるまでは、ナイフを腕で庇って怪我したから怒られたのだと思っていた。あの状況じゃ腕で庇うしかなかったんだからしょうがないじゃないか、と少し理不尽に思う気持ちも正直あった。
バカな勘違いもあったものだと我ながら呆れてしまう。すぐ目の前で助けられる距離にいるのに、それでも『黙ってろ』と突き放される気持ち――俺だって、師匠たちの立場になったら怒るに違いない。どうして一人で無茶をするんだと叱責するに違いない。
本当に、悪いことをしたと思う。深く目を伏せて、
「あのときは、俺がなにかを言わなきゃいけないって思って……考えるより先に体が動いてた。我慢ならなかったんだ」
なにを言っても言い訳にしかならないと承知で、それでも今は嘘偽りない気持ちを言葉にする。
「みんなに心配をかけちゃいけないって、頭ではわかってる。でも、もしまた今日みたいなことが目の前で起こったら……俺は、じっとしていられないんだと思う」
師匠たちに迷惑をかけてしまうから、見て見ぬふりをしよう、見殺しにしよう――そういう割り切った選択はきっと俺にはできないのだろう。
俺はもう、思い出してしまったから。救われなかった命がどんな末路を辿るのか、『原作』で嫌というほど見てきたから。こんなクソッタレな世界でも一人孤独に足掻き続けていた、主人公の背中を知っているから。
せめて俺の手が届く範囲だけは、原作のようになってほしくないと。
「……ごめん。勝手なやつだな、俺は」
だが、こんなのは所詮俺個人の事情だ。師匠たちからすればたまったものではないだろう。要するに今の俺は、みんなに心配をかけると理解した上で、それでも無茶をするぞと愚かにも宣言しているわけなのだから。
怒られるだけならまだマシ、最悪は――愛想を尽かされるかもなぁ。
でもこればかりは俺も嘘はつけないし、ついたってしょうがない。付き合いきれないと見限られてしまったとしても、師匠たちはなにも悪くない。むしろ師匠たちにとっては、俺と縁を切って新しい道を選べるならそれがいいのかもしれないとすら――
「――ウォルカ」
師匠が、とてもまっすぐに俺の名を呼んだ。
笑っていた。
笑って、言うのだ。
「……わしらはな、本当は、もうおぬしに無茶なんてしてほしくない。怖いんじゃ。次ウォルカが無茶をしたら、今度こそ死んじゃうかもしれないって……」
「……」
「でも、怖いのはウォルカだって同じなんじゃな。おぬしだって、目の前で誰かが死ぬのはもう嫌じゃから……」
……まあ、言ってしまえばそうなんだろうな。原作通りのバッドエンドを回避したとはいえ、それで未来永劫平和に暮らしていける保証などこの世界には存在しない。ある日突然大切な人を喪う悲劇はいつだって誰にでも起こり得て、師匠たちが別の形で非業の死を遂げてしまう可能性も否定はできない。
そこだけ切り取れば、別に前世の地球でも同じことはいえただろう。しかし俺はここが漫画の世界と気づいてしまって、目の前の悲劇を『しょうがないこと』と割り切れなくなった。まるで見えない誰かにすべて仕組まれているような、
登場人物を苦しめるのが目的とでも言わんばかりのストーリーが、ここから先は俺の目の前で現実として起こるかもしれない――というか、ある意味ではもう起こってしまったのだ。救えた命がある分だけ原作よりマシとはいえ、無念の中死んでいったカインとロイド、そして一生消えない傷を負う羽目になったルエリィとシアリィを思うと言葉も出てこない。
ああ、そうだ――俺は、本当に怖くて仕方がないさ。
俺なんかがわかった気になるのはおこがましいかもしれないけれど……今ならなんとなく、原作主人公を突き動かしていた感情が少しだけ理解できるような気がした。
師匠たちには、果たしてどこまで見透かされたのだろうか。
「だから、これだけは約束して」
師匠は手をほどき、代わりに俺の胸元を皺がつくほど強く掴んで。
俺の師匠としてではなく、リゼルアルテという一人の少女としての――本気の言葉だったのだと思う。
「『黙ってろ』なんて――もう二度と言わないで」
「……」
「危ないことしたら心配するし、自分の命を軽く扱ったら怒るし、……助けさせてくれなかったら、許さないんだから。そんなの、当たり前なんだからね」
ユリティアも、アトリも、
「本当は無茶してほしくないですけど、それが誰かを守るためなら……わたしたちも理解できます。でもだからって、わたしたちに迷惑をかけるとか、自分ひとりで充分だとか、そんな考えで無茶をするのは絶対にダメですからね?」
「ウォルカは、自分のことをぜんぶ自分一人でやろうとするからダメ」
耳が痛え……。みんなに余計な負担をかけたくなかったというのはもちろんだが、たぶんあのジジイからそういう風に叩き込まれたのもあるんだよな。『自分のことは自分でやれ』があのジジイの教育理念で――教育? 果たしてあれは教育だったのだろうか……。
まあそれはともかく、みんなが言わんとしてくれていることは充分に伝わってきた。月並みな言い方しかできないけれど……本当に仲間に恵まれたんだろうな、俺は。
答えは、決まっていた。
「ああ。ごめん、もう二度と言わないよ」
「約束だよ?」
少しだけ首を傾げ、月明かりのように愛らしく微笑んだ師匠を見て、俺は心の中でロッシュの存在に心底感謝する。
やっぱり気心が知れた仲間だからって、仲間だからこそ、時には本音を言い合うのも必要なんだろうな。あいつがいなかったら俺はこうして謝れていなかったし、そもそも遺跡で怒られた理由すら勘違いしたまま終わってしまっていただろう。俺みたいなコミュニケーション能力敗者にとって、ああいう心の機微に
「もし破ったら、私、もうなにするかわかんなくなっちゃうんだからね?」
……ん? 師匠、今なんかニュアンスが――
「うーん、そうですね。これでもわかってもらえないようだったら――どうしたらいいのか本当に困っちゃいますね」
「うん。とても困る」
「……」
……う、うむ。みんなの心配は至極ごもっとも、二度目があったら怒られる程度じゃ済まないのは重々承知だ。愛想尽かされないように、これからは本当に気をつけないとな。
それでいい、その理解で間違っていない……はず、なのだが。なぜか俺はこのとき、真っ暗な闇の底を覗き込むような得体の知れない不安に駆られた気がして。みんななんてことのない世間話をするように言っているのに、なぜだか不穏で不穏で背筋が寒くなってしまって。
……やっぱりこれ、みんなキレてるよね?
「あ、あー、そういえばアンゼ、悪いな話し込んでしまって……」
雲行きが怪しくなってきたので、俺は速やかに軌道修正を試みる。「二度目があったらどうするつもりなのか」なんて、間違っても訊けるわけがなかった。俺は後方でずっと蚊帳の外になってしまっていたアンゼへ振り向こうとし、
「――本当に、羨ましい……」
ふと聞こえてきた小さな吐露の言葉が、俺たちの視線を引きつけた。どうやらアンゼ自身意図して出た言葉ではなかったらしく、視線に気づいた彼女ははっとして我に返って、
「あ――いえ、その。今のは……!」
柄にもなく目を泳がせてたじろぐ。こういうとき、妙に勘が鋭いのがアトリであって。
「羨ましい? ……もしかして、アンゼもボクたちのパーティに入りたいの?」
「なんじゃとぉ!?」
師匠が飛び上がるように仰天して、一直線にアトリの裾へ掴みかかった。
「な、なにを言っとるんじゃアトリ!」
「だって、ボクたちが羨ましいって言ったから……」
「い、いや、まさかそういう意味じゃ……」
師匠が信じがたい目でアンゼを見て、アンゼは気まずそうに視線を横へと逃がした。
「ええと……その、ですね」
「……図星?」
「んななななっ……!?」
師匠が脳天に落雷を受けたみたいに
「も、申し訳ありません。身の程を弁えない、わがままのような願いです」
別にそんなことはないと思うが……どうあれ、『パーティに入りたい』と思ったのは紛れもない事実のようだ。アンゼは言い逃れを諦め、寂しげに目を伏せて、
「わたくしも、もっと自分にできることがあればと……こうして後ろから見ていることしかできない自分が、もどかしくて」
修道服のスカートに、両手で小さくない皺を作って、
「……わたくしの出る幕などないと、悔しく思ってしまったのです。わたくしは冒険者ですらない、部外者のようなものですから……」
首を振り、
「……申し訳ありません。恩着せがましい女、と思われるかもしれませんね」
……お、おう、結構暗いな。最後にほんのり自虐を付け加えるあたりがガチっぽい。
聖都から遥々駆けつけてくれてからというもの、アンゼが少しでも俺たちの助けになろうとがんばってくれているのは承知している。今日一日だけ見ても、果たして俺たちをどれだけ縁の下から支えてくれたことか。もしアンゼがいなければ、俺たちは今ごろ精神的にも肉体的にも疲れ果てて、こうして腹を割った話をする余裕などとてもなかっただろう。
しかしアンゼは、そんな自分の貢献をまったく自覚できていないらしく、
「それで、もしわたくしも〈
……これは、あれだな。
さてはアンゼって、実はかなり自己評価低いな?
まあシスターなのだから自分を至らない存在と考えるのは仕方ないのかもしれないが、この世のすべてに神の祝福が降り注いでいるかのように穢れなく振る舞う――それがアンゼという少女だと思っていたので、こんな風に等身大に思い悩む一面があるとはかなり意外だった。
しかし一方では、ピンと来る部分もあった。このところずっとアンゼを傍で見ていて気づいたことだが、彼女は誰かの力になれないことに対して人一倍強い忌避感を抱いているらしいのだ。それが人を
そう思うと、今までの取っつきづらい印象が裏返って急に親近感が湧いた。
だって、アンゼの悩みは要約するとこういうことだ――俺たちパーティの輪に入っていく勇気がなくて、尻込みしてしまうのだと。
自己評価が低いコミュニケーション敗者としては非常に共感できる悩みである。そうだよな、すでにできあがっている輪の中に入っていくのってすごく難しいよな。自分はよそ者で、本当は歓迎されていないんじゃないかって自信が持てない感覚。すごくよくわかるぞ。
アンゼが〈
パーティの役割という観点で見れば、あえて拒絶する理由はないといっていい。シスターであり神聖魔法が使えるという職業柄、アンゼは基本的に俺たちにできないことができるからだ。彼女がウチのパーティでどれほど代えの利かない活躍をしてくれるかは、今日一日の貢献を思い出せば自明の理だろう。
ただしアンゼは冒険者ではなく、あくまでシスターである。
教会に勤めながら冒険者稼業もやるなんて二足の草鞋を履くのは現実的でないし、そもそもアンゼは『パーティ』という関係性を羨んでいるだけで、冒険自体に興味があるのかは甚だ疑問だ。パーティの輪に入りたいからといって、必ずしもメンバーに加わる必要はないわけだしな。結局そこはアンゼの考え方次第というか。
それに、俺がよくてもリーダーである師匠が――そう思い隣を見てみると、
「ボクはいいと思う。アンゼ、すごくいい子」
「ぐむっ……そ、それはわかっとるが……!」
「ウォルカの怪我も治してくれた」
「ぐむむむむぅっ……!」
アトリは仲間に入れてもいいと思っているようだが、対して師匠は案の定難色を示しまくっていた。師匠は人付き合いに関して、気心が知れた数人の仲間さえいれば満足するタイプで、自分から友人を増やそうとはほとんどしないからな。俺もそういうタチなので気持ちはよくわかる。
師匠はゲシゲシ地団駄を踏んで、
「だ、だってこいつ、おっぱいでっかい!!」
「……関係あるの?」
「あるの!!」
だから師匠、男の俺がいる前でそういうことをはっきり言うんじゃありません。意識しないようにするのも一苦労なんだぞこっちは。
アトリはなおも、
「でも、それならユリ」
「わー!? わーわーわーわぁーっ!!」
ユリティアがいきなり叫び声をあげたので、普通にびっくりしてしまった。な、なんだなんだどうした? 普段の可憐な彼女らしからぬ、相当切羽詰まった大声だった。
「ど、どうした?」
「な、なんでもないです!! えっと、そっその、今はアンゼさんの話ですよね!?」
アトリのやつ、いったいなにを言おうとしたのか……青白い月明かりの下にもかかわらず、ユリティアは顔がかなり赤くなって見えた。必死に逃げ道を探すあまり早口になって、
「あ、アンゼさんは結局、わたしたちのパーティに入りたいってことでいいんですか!?」
「それは――」
アンゼは唇を噛み、
「いえ、わたくしは……大聖堂の任を離れることはできません。ですから、身の程を弁えない願いと――」
「でっでも、冒険者にならなくても、パーティに入る方法はありますよね! ほ、ほらっ……」
うん? いや、パーティを組むならギルドでちゃんと冒険者として登録しないと――ああ待て、もしかすると。
「
「そ、そうですそれですっ」
「ぱとろん……ですか?」
「はい。パーティの活動を裏方で支援してくれる人、といいますか……」
上手く話の軌道を修正できそうとあって、ユリティアの口調もだんだん落ち着いてきた。ほっと胸を撫で下ろし、
「えっと……人数が多い高ランクパーティだと、アイテムの仕入れだったり、資金繰りだったり、冒険以外のことも大変になってくるんですけど、冒険者は冒険だけしたいっていう人がほとんどなので……商人の人とかと契約を結んで、面倒な事務仕事を手伝ってもらうことができるんです。それが
十三歳なのにちゃんとわかりやすく説明できて偉いなあ……俺だったら途中で三回くらいは「あー……」って考える時間を挟みそうだ。
ともあれ、
とはいえこの制度をそういったビジネス目線で活用できるのは、メンバーが数十人規模になるようなほんの一握りの高ランクパーティだけだ。規模も実績も大したことのないパーティをわざわざ支援したがる商人はいないし、冒険者が向こうの腹黒い魂胆を見抜いて信頼できるパートナーを見つけ出すのも難しい。また制度上は
よって実際のところは、親交のある知人や友人、もしくは冒険者を引退した先輩などにビジネス抜きで手伝ってもらうという場合がほとんどのようだ。
アンゼは目をぱちくりとさせて、
「……その
「まあウチは人数が少ないので、手伝ってもらうような仕事もないですけどね」
「そ、それでも……それならばわたくしでも、みなさまのパーティに入れるのですかっ?」
「ギルドの取り決め上は……」
「……!!」
アンゼの瞳がきらきらと輝き出した。それは例えるならば、クリスマスに今一番ほしいプレゼントがもらえるかもしれないとわかったときの子どもの目であった。アンゼの背後に、ぶんぶんすごい勢いで振られる小動物の尻尾が見える気がした。
どうしよう。今までは取っつきづらい宗教の人というイメージが多少なりともあったのに、アンゼがどんどん普通の女の子に見えてきたんだが。
「リゼル。これで断ったら、アンゼ泣いちゃう」
「……うー! うー!」
進退窮まった師匠が幼児退行しながら助けを求めてきた。しかし申し訳ない、俺としてもアンゼを
特に俺の場合、もっとハイグレードな義足の手配をアンゼに頼みたい思いがある。そうなると、国一番の医療機関である〈
アンゼは力になりたいと言ってくれていて、俺にも頼みたいことがある。この点で
「いいんじゃないですか? アンゼさんが
ユリティアが言うのもわかる。以前から何度もよくしてもらっていたし、街で合流してからはほとんど一緒に行動しているし、今回〈
それからみんなの視線に晒されること十秒、師匠はついに根負けした。うがー! と叫び、俺とアンゼの間に立ち塞がって、
「ふんだふんだ! 言っておくけどな、ウォルカは絶対に渡さんからな! 調子に乗るでないぞっ」
「そ、そのようなことは考えておりません……!」
うーん師匠、まだ俺が〈
どうあれ、結論が出たのなら俺も話を切り出しやすくなった。
「……ちょうどよかった。実は、君に頼みたいことがあるんだ。新しい仲間として聞いてくれないか?」
「あ――は、はいっ! どのようなことでも!」
「聖都に戻ったら、もっとマシな義足を探すの、手伝ってくれないか。俺たちじゃそういうツテもないからな」
そのときのアンゼの反応は、もはや天から降り注ぐ光そのものだった。百点満点のとびきりの笑顔で、
「――はい! わたくしにすべてお任せください、この世界で手に入る最高の義足をご用意してみせますっ!!」
クソデカ善意おっもぉ……。『聖都で』どころか『この世界で』と来たよ。大丈夫? 目玉飛び出て戻ってこなくなるような金額の義足が出てきたりしない?
……でもまあ、いいか。とりあえずは好きにやらせてみるとしよう。
「わーい、アンゼが仲間になった」
「よろしくお願いしますね、アンゼさんっ」
「はい! みなさま、本当にありがとうございますっ!」
「しょうがないんだからもぉー……。どさくさに紛れてウォルカを連れてこうとしたら絶対許さんからな! わしがリーダーなんじゃからなーっ!!」
四人集まってわちゃわちゃしているみんなを眺めていると、心が暖かくなって、細かい野暮なんざ今はどうだっていいと思えた。
これからもこうやって、原作ではありえなかった縁が師匠たちにたくさんできるといいな。
この世界で、平穏無事な人生を歩める保証などどこにも存在しない。
けれど多くの人と出会って、多くの縁を紡いで、もっとたくさん笑ったりケンカをしたりして――そんな当たり前の人生を歩む権利くらい、師匠たちにだってあるはずなのだから。
/
――ちなみにこのあと、野営地に戻ってからのこと。
「……ああ、なるほど。あのときユリティアさまが大声で叫ばれたのは、そういう……」
「ふ、不公平……不公平なのです……私の方がひとつ年上なのに……」
「う、うぅ……や、やっぱり、わたしの歳でこんなに大きいのっておかしいですよね……? 今はまだ、サラシで誤魔化せてますけど……」
「リゼル、血。唇噛みすぎて血が出てる」
「ウギゴゴゴ」
「うーん……おかしくはないと思いますよ? わたくしもユリティアさまの歳で、同じくらいに大きくなっていましたし……」
「カッハ」
「あ、リゼルが死んだ」
「格差社会! 格差社会なのです! 神は死にましたっ!」
「おおおっ大声出さないでくださいっ!? 恥ずかしくて先輩にも隠してるんですからぁ……!」
一日の汚れを落とす女性陣の間でこのような会話があったらしいが、もちろん、ウォルカには知る
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