18.〈天巡る風〉Ⅰ

「――土下座。土下座するです。早く。そういうのやめてくださいって、もう何度も言ったですよね? どうして他人に迷惑をかけることしかできないのですか?」

「「申し訳ありませんっしたァ!!」」

「なんで私に土下座するですか。こっち。こちらの皆様に土下座するです。誰が頭を上げていいって言ったですか? 這いつくばったまま向きを変えればいいのです。そう、ちゃんと身の程を弁えるのですよ。

 ――あの、ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした! このバカ二人も、このとおり反省していますので!」


「……」


 若干ダークサイドに堕ちたような黒い笑顔の少女――と、その足元で男らしい土下座をキメる二人の青年。片方が「な、なあもうこれで」と慈悲を乞おうとしたが、少女にロッドの先端で頭を踏みつけられ、


「顔上げていいって言ってないですよね? どうして一度言われたことが理解できないのですか? こんな子どもにお説教されて、恥ずかしくないのですか? はぁ、嘆かわしい……」


「…………」


 〈銀灰の旅路シルバリーグレイ〉、ドン引きであった。



 /


 なぜ斯様かようにバイオレンスな光景が繰り広げられるに至ったか、事は少し遡る必要がある。


 義足の修理のため余計な日数を食ってしまったものの、ようやく俺の退院の目途が立った。なのでリハビリの最終段階という意味も込めて、ギルドへ帰り道の足を探しに赴いたのだ。


 ある程度歩けるようになったとはいえこの体だ、旅気分でのんびり歩きながら帰るというわけにもいかない。選択肢としては護衛などの依頼ついでで馬車に乗せてもらうか、街で乗合馬車が組まれるのを待つかだろう。


 船を使って水路で帰るという選択肢もなくはないが、この街〈ルーテル〉は、港町からやや離れているため結局そこまでの馬が必要になることと、アトリが大の船嫌いという意外な弱点を抱えているため、ウチのパーティでは陸路を使うのが慣例であった。


 幸い人の流れというのは人類の営みにおいて必要不可欠なものだから、護衛はギルドの中でもとりわけ依頼の数が多い。


 中でも商人からは引く手数多だ。デキる商人の中には、ギルドで不特定の人を募集するのではなく、信頼できる冒険者をあらかじめ見繕って直接指名してしまう者もいる。冒険者にとっては、実力が世間から評価されていることを示すひとつの栄えあるステータスであるとされている。


 そんなわけで俺は、杖をつきながらパーティのみんなとギルドにやってきたのだ。


「あっ――」


 しかしギルドに入って間もなく、ユリティアがふいに体を強張らせた。視線の先を見てみれば、仲間と待ち合わせをしているのかなんなのか、壁際で手持ち無沙汰にきょろきょろしている二人の冒険者の姿。

 ぱっと見は、どちらも二十くらいの男だろうか。それだけならさして珍しくもなんともないが、アトリも目つきを剣呑にして、


「……あいつ、前にユリティアにつきまとってたやつ」

「なに?」

「しつこく声かけて、どっかに連れてこうとしてた」


 ああなるほど、俺の知らないところでそんなことが。しかもいつぞやの少年と違って、でユリティアにつきまとったと。ユリティアはあいかわらず大変だなぁはっはっは。


 たたっ斬るか。


「お――あれ、キミってあのときの! こんなところで奇遇だねー!」

「ん? うわマジじゃん! やっぱり今日もカワイイねー、これってひょっとして運命ってやつ?」

「っ……」


 向こうもこちらに気づき、まるで往年の友達であるかのような気安さで近づいてくる。ユリティアが息を呑んで一歩後ずさる。


 ほう、そちらから間合いに入ってくれるとはちょうどいい。下心ありきでユリティアに言い寄るなら、まずは俺とアトリを倒してからにしてもらおうか……。


「――あの」


 と、横から冷えきった少女の声。同時に絶対零度の魔力の波動が打ちつけ、男二人が「ヒエッ」と顔を青くして氷結した。


 淡いベージュに赤をアクセントとしたローブに身を包んだ、一見すると魔法使いらしい出で立ちの少女だ。しかし全身からゆらりと放たれる不穏極まりないオーラは、今すぐ前衛職インファイターに転向してもやっていけそうなくらいの凄みがある。

 少女はあくまで笑顔で、


「あの、なにもしないで静かにしててくださいって言ったと思うのですけど。今、こちらの方々に声かけようとしたですか? お知り合いですか?」


 男たちは冷や汗だらっだらになりながら、


「い、いや、その」

「そ、そうそうちょっとした知り合いなんだって。な、なあ?」


 男から命乞いのようなアイコンタクト。もちろん師匠が即答した。


「知らんぞ。ってか、仲間がつきまとわれて迷惑しとるんじゃが」

「は?」


 人は笑顔でキレるとこうなるんだ、というこれ以上ない完璧なお手本だった。



 ――かくして俺たちの目の前で、『土下座する男二人を杖で踏みつけてボロクソに罵る少女』というあまり教育によろしくない光景ができあがったのである。



「はあ……本当にごめんなさいです。この人たちはどうしていつもこう、軽薄というか……ほら、もう一回謝るです。早く」

「「申し訳ありませんっしたァ!!」」

「あ、あはは……」


 男二名の食い気味な土下座に、ユリティアはかなり腰が引けていた。俺も正直、そこまでさせなくてもと思っている。幸い朝のギルドに人影は多くないが、それでも四方八方から突き刺さる不審な眼差しが痛いことこの上ない。

 師匠も辟易して、


「あーわかった、わかったのじゃ。もう仲間につきまとわんでくれればそれでよい。ではの」

「……ま、待ってくださいっ!」


 踵を返しかけた師匠を、少女が慌てて呼び止める。


「あ、あのっ……突然で不躾とは思いますが、冒険者の方……ですよね? 依頼を、手伝ってはいただけませんかっ?」

「あー? ……他を当たるんじゃな。わしらは聖都へ行く足を探しにきたんじゃ」

「! それなら、私たちの依頼がそうです!」


 体を前のめりにして、妙に切羽詰まった様子でまくし立てる。


「ご、護衛の依頼です! 行く先は聖都! 話だけでも、聞いていただけませんかっ……」

「……」


 どうする? と師匠が目で問うてくる。

 少女の藁にも縋る必死さを見るに、どうやらよほどのっぴきならない状況らしかった。聖都行きならこちらの目的と一致しているから、とりあえず話くらいは聞いてみてもいいのだろうか。


「いいんじゃないか?」

「……ま、そうじゃな。どれ、とりあえず話してみい」

「あ、ありがとうございますっ……!」


 少女が、救われたように表情を明るくした。


「えっと、まず自己紹介しないとですね。私はルエリィといいます。で、こちらのバカ二人が……」

「カインッス」

「ロイドッス」

「私たち、〈天巡る風ウインドミル〉というCランクのパーティです」


 話を聞くに。


 まず、〈天巡る風ウインドミル〉。どうやら俺たちと同じ四人パーティらしく、一人目が目の前でリーダーシップを発揮している少女、ルエリィ。白地に赤をアクセントにしたローブ姿で、大きな木杖ウッドロッドを携えていることから魔法使いのようだ。


 少し色の薄いすみれ色の髪を、後ろはユリティアより短いショートにして、サイドは胸の前にかかる程度のセミロングにしている。もしかすると、ユリティアとほとんど同い年かもしれない。背丈はユリティアより少しだけ高いが、幼い声音と、こなれない敬語からそんな印象を受ける。


 そして、後ろで未だ男らしい土下座を貫いている二人の青年。青髪の方がカインで、茶髪の方がロイドと名乗ったはずだ。今は土下座していてわからないが、二人とも陽気で社交的な印象を受けるイケメンだった。

 ……ただまあ、少々軽薄そうな感じがするというのも、わからなくはない。


 で、姿の見えない四人目が誰かといえば、


「本当は、ねえさまも入れて四人なのですが……今は……その、少し体調を崩していて」

「大丈夫なのか?」

「は、はいです。えっと……ちゃんと、ここの教会で診てもらってますので」


 ということは、おねえさんが療養する間も、ルエリィたちだけで冒険者の活動を続けているらしい。きっとおねえさんは、今ごろ教会のベッドで肩身が狭い思いをしていることだろう。わかるぞ、その気持ち。なんだかあんまり他人の気がしないな。


 俺たちも各々簡単に名を名乗る。ルエリィは全員の名前を丁寧に声で確認して、


「そ、それで私たち、明日、護衛の依頼を受けているのです。商人がお二人で、どちらも馬車を持っているのです! なので、三人だけでは不安で。どうか、お力を貸してはいただけないですかっ?」


 これは奇しくも、俺たちにとって渡りに船ともいえる話だった。Aランクパーティとはいえ唯一の男が負傷して役に立たず、戦えるのは、一見強そうには見えない女の子三人だけ――そんな条件で護衛を任せてくれるお人好しなど、そうそういるとは思えなかったからだ。


 だが〈天巡る風ウインドミル〉と協力体制を敷ければ、男三人に女四人で頭数はまずまず。加えて、ロッシュとアンゼも俺たちと一緒に帰ると言ってくれている。〈聖導騎士隊クリスナイツ〉の騎士と神聖魔法を使えるシスターが加われば、俺というお荷物が気にならなくなるほど頼もしい護衛となるだろう。


 正直、条件だけなら断る理由がないくらいだった。

 ただ問題なのは、


「その人たちと一緒に、依頼を……ですか」


 後ろの男二名が、ユリティアにつきまとった前科持ちという点である。ありふれた依頼とはいえ命の危険はあるわけで、背中を預ける相手がいまいち信用できないというのはよろしくない。


 ルエリィにも、ユリティアが露骨に警戒しているのがわかったのだろう。青髪の男――カインの脇腹に容赦なくつま先を叩き込み、


「こ、このバカ二人には私がよく言って聞かせます! もし変なことをされそうになったら、ボコボコにして捨ててもらって構わないのですっ!」


 君たちは本当にパーティの仲間なのだろうか。カイン、突っ伏したままぷるぷる痙攣しているが。

 師匠が腕組みし、


「ほむ、話自体は悪くないがのう……。とりあえず、他に似た依頼がないかだけ見ておくか?」

「まあ、そうだな」

「っ……」


 ルエリィが、まるで見捨てられる子どものように表情を青ざめさせた。そこまで深刻にならずともいいと思うのだが……まだ若い子だし、パーティが欠けた状態ははじめてで怖がっているのかもしれないな。


 壁に貼り出されている依頼書をみんなで確認する。この手の依頼自体ないわけではなかったが、行先が聖都でなかったり、出発がまだ一週間以上先だったり、あるいは移動手段が徒歩だったりと、今の俺たちに合うものはなさそうだった。


「となると、あやつらを頼るか、乗合馬車が組まれるのをのんびり待つかじゃなー」


 視界の端で、ルエリィが固唾を呑みながら俺たちの判断を待ち続けている。なんだろう、俺たちが断ったらその場で泣き崩れてしまいそうな、神にも縋るような悲愴感が漂ってくるのを感じる。

 正直、とても気まずい。


「……本当に困ってるみたいだな」

「まあ、馬車二台の護衛で三人は心もとないかもしれんのう。明日と言っておったし、今更キャンセルも信用問題になるじゃろうな」


 冒険者ギルドの中だけに限らず、信用できる冒険者、できない冒険者という情報は人々の間でも意外と共有されている。特に商人は、冒険者の出来が自分たちの成功にも関わってくる都合、そういった情報に極めて敏感だ。依頼を直前で投げ出した無責任なパーティと烙印を押されれば、向こう数年は商人から一切お呼びがかからなくなってしまうかもしれない。


「先輩……あの、ちょっといいですか?」


 さてどうするかと考えていると、ユリティアに小さく袖を引かれた。彼女は俺の体に隠れるようにして、


「気になることがあって……」


 ユリティアも意見があるならちょうどいいので、そのまま四人で集まって作戦会議を開始する。その間もルエリィは、俺たちからずっと視線を逸らさず祈るように立ち尽くしていた。


 会議は、三分ほどで終わった。


「――うむ。では、詳しい話を聞いてみるか」


 そういうことであった。現状、ルエリィの依頼ほど俺たちに好都合な条件はないし、、という結論で一致した。


 ルエリィのところに戻り、依頼に協力したい旨を告げる。するとルエリィはもう腰が抜けそうなほど安堵しきって、


「あ、ありがとうございますですっ……!」

「だが、俺は片目片足がこのとおりだ。それでもいいかは、依頼人に訊いてみないと」

「任せてくださいッス!」


 答えたのは、ずっと正座させられっぱなしだったカインとロイドだ。息ぴったりで立ち上がると自らの胸を叩き、


「俺らが案内するッスよ!」

「ついてきてくださいッス!」


 この中では一番見た目が年上なのに、なぜか安い三下キャラみたいな喋り方になっている。元々そういう性格なのか、ルエリィに男のプライドをへし折られたからなのか――どうあれ胡散くさいことこの上なく、師匠たちはより一層白い眼差しを二人の背中に突き刺すのだった。



 /


「――ああ、どうもどうも。ワタシが依頼人のスタッフィオってもんです。ええと、こちらの方々と一緒に依頼を受けていただけるということで、よろしいですかな?」


 依頼人は、街の入口にあたる防衛門の近くで馬車の整備をしていた。


 いかにも商人然とした、仕立てのいい臙脂えんじ色の服にちょっと弛んだお腹をアクセントにした男だった。商人の中には冒険者に対して威圧的な態度を取るやつも珍しくないが、この男は一見すると温厚で人がよさそうに見えた。


「そのつもりじゃが、まずは詳しい話を聞かせてくれんか」


 師匠を前にしても、その依頼人――スタッフィオは決して子どもと侮ることなく、むしろ丁寧に何度も頷いて、


「なるほどなるほど、仰るとおりで。では簡単にご説明しましょう――」


 以下、スタッフィオの話をまとめると。


 今回は、聖都へ仕入れに向かうための護衛。明日の朝この街を出発して、一般的な旅程で三日かけて聖都に向かう。仲間の商人と二台の馬車をくため、護衛も二組に分かれて行ってもらいたい。もちろん、有事以外は馬車に乗ってもらっても構わない。多少食料は積んでいくが、一応各々でも用意してもらえると助かるとのこと――。


 そんな、なんの変哲もない護衛の依頼であった。


「こちらのパーティの方が一人体調を崩されたようで、しかしこちらとしても旅程を延期するわけにはいかず。お力添えいただけると助かるのですが……」

「席に余裕はあるか? 今はいないが、騎士とシスターが一人ずついる」

「へっ……き、騎士様ですかいっ?」


 スタッフィオが慌てたような大声を出した。


「どうかしたか?」

「……ああ、いやあその、冒険者で騎士様をお連れの方というのは珍しいもので」

「知り合いだ。腕は保証する」

「左様で……」


 スタッフィオが顎先に手を当てて何事か考え始める。商人らしく、護衛の人数と費用の損得勘定でもしているのかもしれない。


「騎士は馬を連れてるから、シスターの席がひとつあればいい」

「であれば、ちょうど四人ずつに分かれて乗っていただくのがよいでしょうな」

「それと……俺は、右目と左足がこのとおりだ。なるべく足は引っ張らないようにするが……」

「なるほど……」


 そのまま十秒ほど考えて、スタッフィオは計算を終えた。


「お気になさらず。騎士様もいらっしゃるなら、護衛としては充分。そのお体で歩くのは難儀でしょうから、どうぞワタシたちの馬車を使ってください」


 ルエリィたちを見て、


「ワタシとしてはぜひお願いしたいと思いますが……皆様はいかがでしょう?」


 ルエリィは懇願するように頭を下げて、カイン&ロイドはなぜか敬礼。


「ど、どうかお願いしますです……! あなたたち以外、他に手伝ってくれる方がいるかどうかっ……」

「もう変な真似は二度としないって誓うッス!」

「なんなら雑用はみんな俺らに任せてくださいッスよ!」


 だからその安い三下キャラはなんなんだ。

 ともあれ、これで話がまとまった。俺たちを代表して師匠が、


「ではその依頼、わしらも受けよう。世話になるな」

「おお、ありがとうございます……!」


 破顔一笑するスタッフィオ、アトリに白い目で睨まれて頬を引きつらせるカインとロイド。


 ――その隅で、俺は見逃さなかった。

 師匠たちも見ていたはずだ。


 まるで、とてつもない罪悪感で圧し潰されるかのように。


 ルエリィだけがたった一人、震える拳でローブに深い皺を刻み込んでいた。



 /


 その後、〈銀灰の旅路シルバリーグレイ〉は一旦解散し、明日へ向けた準備を始めることになる。


 ウォルカがリゼルと教会に戻り、アンゼと合流して、お互い争うように手伝いをしようとしてくる二人に手を焼かされている頃。

 街を出て少しした街道沿いの空き地に、一組の男女の姿があった。


「すみません、こんなところまで呼び出してしまって」

「んん、構わないとも! マドモアゼルのためなら、遥か彼方の異国だろうと駆けつけるのが僕だからね!」


 ユリティアとロッシュという、あまり見ない組み合わせだった。特にユリティアが、パーティ以外の人物と二人きりで外を歩いているのは珍しい。


「それで、頼みとはいったいなんだい? ユリティア嬢」

「はい」


 振り返ったユリティアは腰の剣に手を遣り、


「ひとつ、お手合わせをお願いできませんか?」

「ふむ?」

「私……強くならないといけないんです。……なんにもできないのは、もう絶対にいやですから」


 対して、ロッシュは目を細めて微笑を返す。ユリティアは表情こそ静かではあったが、己が一振りの剣であるかのごとき鋭利な佇まいは、本来ならば到底十三歳の子どもに辿り着けるはずのないものだった。

 それに、とユリティアは続けて、


「ロッシュさんの剣、前々から興味があったんです。先輩とお手合わせしてるところ、何度も見てましたから」

「んん、光栄だねぇ! もちろん構わないとも! 可憐なマドモアゼルの頼みとあらば、喜んでお引き受けしよう!」


「――じゃあ、終わったらボクの番」


 と、そこでもう一人の少女の声。ユリティアとロッシュが振り向くと、いつの間にかアトリがそこに立っていて、


「あ、アトリさん。アトリさんもやりますか?」

「ん。やりたい」


 ロッシュは真顔になった。


「……ふむ。あー、アトリ嬢? 〈アルスヴァレムの民〉である君が相手では、さすがに僕も力不足というかだね、」

「?」


 アトリは首を傾げ、


「さっき、まどもあぜるの頼みなら喜んで、って言った。……ボク、まどもあぜるじゃない?」

「そぉんなはずがないとも! 君ほど美しいマドモアゼルにはそうそう出会ったためしがないよっ!」

「ん。じゃあユリティアの次、よろしく」

「…………」


 アトリが胸のブローチに魔力を通し、〈装具化アクセサライズ〉を解除する。並の冒険者では振り下ろすのはおろか持ち上げることすら不可能な、美しくも凶悪なハルバードがアトリの右手に顕現する。


「んしょ」


 〈銀灰の旅路シルバリーグレイ〉の重戦士が最も愛用する巨大な得物を、彼女はとりあえずといった感じで手近な岩に突き立てた。

 サクッと、まるで柔らかな果実にナイフを刺すかのように。


「ウォルカと互角、なんでしょ? ――思いっきりやっても、大丈夫だよね」

「……………………」


 ロッシュは腹を下したような青い顔をしている。


 こういうとき、世の中には〈刃なき剣ハートレス〉という大変便利な魔法がある。武器を魔力と術式の膜でコーティングすることにより、殺傷性のある攻撃を魔力的な衝撃に変換するというスグレモノだ。元は大昔の貴族が決闘の際に使用していた魔法と言われており、時代を下るにつれ、人口に広く膾炙かいしゃした結果、今では武芸者たちの鍛錬から罪人の捕縛まで幅広く活用されるようになっている。


 これならば、あんな悪魔のような切れ味を持つ大槍斧が相手でも、気兼ねなく手合わせができる。

 もっとも、殺傷性が抑えられるといえども当たれば痛いし、打ちどころが悪ければそれなりに危険もあるわけで。


 極論、武器の大きさ、重さとはすなわち強さだ。まともに扱うことさえ可能ならば、大きくて重い武器というのはそれだけで破壊力も桁違いになる。

 たとえ〈刃なき剣〉を使おうとも、あれだけ巨大な大槍斧でぶん殴られれば――。


「……………………………………………………」


 たっぷりと十秒近い葛藤を経て、ロッシュは光り輝くスマイルを弾けさせ、半ばヤケクソのように両腕を広げた。


「――任せておきたまえ!! マドモアゼルのためなら何度でも付き合おうともっ!!」

「……ふふ」


 アトリが口の端をほんの少しだけ上げて、笑った。


 それからしばらく後、偶然近くを通りかかった冒険者が、周囲の物すべてを薙ぎ払う嵐のごとき戦闘を目撃して、すわ魔物の襲撃かと腰を抜かしたという。






 /


 なんだかロッシュの切羽詰まった絶叫が聞こえないでもない気がする頃、俺はといえば、〈聖導教会クリスクレス〉にて。


「――〈天巡る風ウインドミル〉というパーティの女性……? ウチでは診てないわよ。なにかの間違いじゃないかしら」


 ――さて、だんだんキナ臭くなってきたようだ。


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