17. 未練Ⅱ

「ああ、………………………………ちくしょう」

「――――――――…………」


 ずっと、辛かったのだろうか。

 ずっと、堪え忍んでいたのだろうか。

 ずっと、平気そうな顔をして、なんでもないふりをして、リゼルたちに余計な心配をかけまいとしていたのだろうか。


 まるでなにかを隠すように手の甲で目元を覆い、小さく小さくこぼれ落ちたウォルカの言葉に、リゼルアルテは血も呼吸も凍りついていく。

 片目片足を失ったと知っても泣き言ひとつ言わなかった彼が、悲しそうな素振りなんてかけらも見せなかった彼が――とうとうリゼルの目の前で、ほぞを噛むような弱さを見せた。


 薄々はわかっていた。ウォルカは、片足がなくとも決して体を動かすことをやめなかった。まだ車椅子のうちから剣の素振りを始め、義足が届くや否や脇目も振らずリハビリに没頭した。


 もう一度、剣を振るために。


 それ以外の理由などあるはずがなかった。だって彼は、今日に至るまで人生のほとんどを剣のために捧げてきたのだから。たとえ片目と片足がなくなってしまったとしても、諦められるわけがなかった。

 悔いが残らないわけが、なかったのだ。


「そうか。…………片足を失うって、なんだな」

「っ、ぁ……ウォルカぁ……っ!!」


 それはウォルカがはじめてこぼす、失意の言葉。……自分が犯してしまった罪の重さを、再び目の前に突きつけられた気がした。


 許される限り傍にいて、今度こそ守ると誓って――それで少しでも償っている気になろうとしていた自分を、引き裂いてしまいたかった。


(なにが……! なにが、『師匠』なのっ……!?)


 なにもできない。弟子の苦しみひとつ取り除いてあげることすらできない。それどころか、ウォルカが苦しんでいるのはリゼルのせいではないか。


 こうして目の当たりにしてわかった。ウォルカは、剣を捨てない。諦められるわけがない。おそらく、ウォルカ自身もそれを決定的に自覚してしまった。これから先、彼は再び剣を振るためにあらゆる可能性を模索し始めるだろう。


 だが、義足は所詮義足だ。足が元通りになるわけではない。どれほど優れた義足を使ったとしても、本物の手足で自由に動けていたかつての自分は、もう取り戻せないのではないか。



 もし、そうなってしまったら。

 ウォルカはやがて――に、辿り着いてしまうかもしれない。



 もし辿り着いてしまったら、彼はいったいどうするのだろう。一人の人間として悪魔の誘惑を振り払うのか、それとも――剣のために、なんの躊躇いもなく手を伸ばしてしまうのか。


 わかっている。ウォルカにとっては、剣の道を行くことこそがすべてだ。ならばリゼルが師匠としてできる償いは、彼が再び剣を振れるようすべてを尽くしてサポートすること。

 わかっている。

 そんなことはわかっている。



 だが、消えない。

 〈摘命者グリムリーパー〉の忌まわしい姿が、今でも頭から離れない。


 飛び散った血飛沫が、

 血溜まりに沈んだウォルカの姿が、

 己の腕の中で、大切な人の命が消えていくあの感覚が――



 ウォルカなら、たとえ義足でも他の剣士と遜色ないくらい動けるまでになるだろう。片目が見えずとも、まるで心に目を持っているかのように不自由なく戦ってみせるのだろう。

 だがそれはどこまで行っても、『本来こうあるはずだったウォルカ』には決して及ばない。失われた片目片足は必ずウォルカの枷となり、今度こそ――彼の命を奪い去ってしまうかもしれない。


 ウォルカが、死ぬ――。


 考えただけで気が狂いそうになって、叫び出してしまいたくなる。頭の中が真っ暗になって、ただ「いやだ」という言葉だけで埋め尽くされる。ウォルカから剣を奪ったのはリゼルなのに、彼の一番の願いを理解してなお、もう無茶はしないで平穏に生きてほしいと考えてしまう。


 師匠として、弟子の願いを叶えたいと思う自分。

 仲間として、もう危ない目に遭ってほしくないと願う自分。


「ううっ……!! っ、うううぅぅ…………!!」

「し、師匠……大丈夫、俺は大丈夫だって。泣かないでくれ……」


 本当に辛いのは自分なのに、それでもリゼルを慰めようとしてくれるウォルカの気持ちが。


 今はただ刃物のように痛いだけで、リゼルはあふれる嗚咽を止めることができなかった。



 /


 ユリティアは押し潰されるほどの悲愴を前に、ただ涙を耐え忍ぶので精一杯だった。


 ――自分で身代わりになれるのなら、今すぐにでもこの体を差し出してしまいたい。


 どうしてウォルカだったのだろう。犠牲になるなら自分でよかったではないか。ウォルカはその剣術、リゼルはその魔力、アトリはその武力、いずれも唯一無二を極めた一流の実力者だけれど、ユリティアは違う。ユリティアなら

 だから、犠牲ならば自分がなればよかったのに。


 その考えが、すべてを賭して守り抜いてくれたウォルカに対する侮辱だとしても。


 それでもウォルカの剣は、折れてはいけなかったはずなのだ。『剣を抜き放ちざまに斬る』、言葉にすればたったそれだけの動作をどこまでも無心に極め、未だかつて誰も想像しえなかった芸術的なまでの剣技として昇華した。彼が『抜刀術』と呼ぶその剣は、彼の戦いを目の当たりにした人々によって語り継がれ、やがて国中に名を知らしめていく――そうユリティアは思っていたのだ。


 せめて片足さえ、失っていなければ。


 土人形を前に剣を構えたウォルカは、まるで左足を取り戻したかのように見えた。

 己が一振りの剣であるかのごとき澄み切ったオーラは、〈摘命者〉との死闘を経て更なる境地へ足を踏み入れていた。


 それは絶望の淵に立って命を燃やし、すべてをなげうち、死の目の前で限界を超克した者だけが達することを許された極地だった。


 心臓が大きく鼓動する。

 肌が粟立つ。ぞくぞくとした感覚が脳までせりあがり、甘美な毒となってユリティアの思考を侵食する。ただ剣を構えただけ――たったそれだけなのに、ウォルカという剣士の姿がユリティアを魂まで狂わせようとしていた。



 けれど、駄目だった。

 たった一閃を放つことすら叶わず、はじめて涙を落とすような弱さを見せたウォルカの姿に、ユリティアは自分が奪ってしまったものの本当の重さを思い知った。



(わたしのせいで…………わたしのせいで、こんな……………………)


 体を内側から食い破られるような、筆舌に尽くしがたいまでの後悔。


 あのとき、もし自分になにかができていれば。

 ともに戦う、身を挺して守る、なんでもよかった、せめてウォルカの傷がもう少しだけでも軽く済んでいれば。

 彼の左足は、失われていなかったかもしれない。


 ウォルカはきっと、剣を諦めはしないだろう。たとえこんな体になってしまっても、苦しんで、苦しんで前に進もうとするのだろう。


 だが、それが必ずしも報われるとは限らない。事実目の前で、せっかくの義足がたった一度剣を抜く負荷にすら耐えられずへし折れたではないか。日常生活用だからといってしまえばそれまでだが、ならばより優れた義足なら彼を救えるという保証がどこにある。


 自由に動けていたかつての自分にどうあがいても辿り着けず、今度こそ残酷な運命に打ちひしがれてしまうかもしれない。

 心の底から剣を愛するからこそ、ウォルカはどこかで本当に折れてしまうかもしれない。



 そう――いま、ウォルカが苦しんでいるのは。

 ここから先、彼が苦しむことになるのは。

 ぜんぶ、わたしのせい。



「ううっ……!! っ、うううぅぅ…………!!」


 リゼルが涙を落としている。一番最後にパーティに加わったユリティアですら、胸が抉れるほどに苦しいのだ。それより前からずっとウォルカと一緒にいた彼女なら、その悲しみはユリティアの比ではないはずだった。


 許せない。なにもできなかった自分が。あまりにも弱すぎる自分が。


(わたしが…………わたしが……………………)


 投げ出されていたウォルカの右手に、両手を重ねる。数多の鍛錬を繰り返し、すっかり傷だらけで硬くなってしまった剣士の右手。


 本当は、もう無理はしないでほしい。これ以上苦しい思いをしてほしくない。

 けれどウォルカの剣に心奪われた者として、彼が行く道を否定したくないのもまた事実。


(だめ…………もっと………………もっと、もっと、)


 だから、剣以外の苦しみだけは。


………………)


 食事や掃除に始まる身の回りのこと。戦いで降りかかる火の粉。あるいは――隻眼隻脚でも剣を極めようとあがくウォルカを、後ろから嘲笑う声。そんな、ウォルカの剣の道に必要ない障害はすべて、



(わたしが――――――――排除しなきゃ)



 余計なものはすべて、ユリティアに委ねてくれればいい。


 落ちていく。

 ユリティアの心が、光すら届かぬ更なる深みへと――。



 /


 アトリは静かに、自らの想いと覚悟を固めた。


 はじめて弱さを見せたウォルカの姿を前に、きっとリゼルもユリティアもたくさんのことを考えていると思う。自分たちになにができるのか、ウォルカの苦しみを取り除くためにはどうすればいいのか、アトリでは考えも及ばないようなたくさんのことを。


 アトリは自分が二人ほどかしこくないとわかっているし、ウォルカの苦しみに寄り添って癒せるほど器用でもないと自覚している。それがかえって、アトリの頭の中から一切の迷いを排除していた。


 アトリは、ウォルカとともに在ろう。


 彼が再び剣を取るならその背を守ろう。

 剣を置き静かな日々を選ぶならその平穏を守ろう。

 隻眼隻脚でなお武の高みを目指すのならともに登ろう。

 剣のために人の道を外れるのならともに堕ちよう。


 ずっと一緒だ。リゼルも、ユリティアも、みんなずっと。



 邪魔をするやつらは、すべて鏖殺おうさつする。



 アトリが一番得意なのは、戦うこと。

 だからウォルカがそうだったように、今度はアトリがみんなを守ろう。


 たとえ〈摘命者〉と再び相見あいまみえる日がやってきたとしても、なにも問題はない。

 アトリが殺す。

 次は殺せる。

 魔物だろうが、人間だろうが、神様だろうが、自分たちの邪魔をするやつらは――この世界にいなくていい。


「んしょ」

「うお――」


 アトリはウォルカの頭を持ち上げ、ぺたんと座って膝枕をしてあげた。


「おい、」

「いいから」


 ウォルカはなにかを言おうとしたが、左手をリゼルに、右手をユリティアに握られているからだろうか。抵抗は不可能と察し、諦めてアトリの膝に頭を落とした。


「ん」


 ウォルカの灰色の髪に、指を絡める。……自分にこんな大切な仲間ができるなんて、昔は思ってもいなかった。アトリは故郷では同年代でも並ぶ者がいないほど強く、それゆえ『仲間』というものの必要性を知らずに育った戦士だった。一人旅をしていた頃は、仲間とは自分が庇護しなければならないか弱い存在なのだと考えていた時期すらあった。


 けれどウォルカと出会って、そんな考えが変わった。

 大切な仲間ができて、こうして尊崇すべき戦士も見つけた。


(うん)


 ゆえにアトリは、絶対的な確信をもってこう思う。



 ――やっぱり、いつかウォルカを押し倒そう。



 この人こそはという男を見つけて、押し倒してひん剥いて、アルスヴァレムの血を繋ぐことは大切な役目だとおばばも言っていた。ウォルカは、アトリにとって「この人のために死のう」と思える戦士だ。だから押し倒そう。


 アトリは自分の部族以外のことはよくわからないけれど、リゼルやユリティアも同じことを教わっているかもしれない。そのときはみんなで押し倒そう。優れた血は多くの次代に継がれるべきだと、故郷でも言われていた気がするから間違いない。


 そうして最期は、どこかの戦いでウォルカのために命を散らすのだ。


 それが、〈アルスヴァレムの民〉にとってこの上ない誉れなのだから。



 /


 アンジェスハイトは、この期に及んでなんの力にもなれない己を慚愧ざんきする。


 アンジェスハイト――アンゼにとってウォルカは、己が生まれてはじめて見殺しにしてしまった人だった。なにかができたはずなのに、目の前から消えてしまった――当時のその経験は幼いアンゼに計り知れない影響を及ぼし、聖女として〈天剣〉の力を覚醒させるに至った。武器など一度も握ったことのないひ弱な女がそんな力に目覚めたのは、きっとそれだけ、ウォルカとの出会いが自分にとって大きな意味を持っていたからだとアンゼは思っている。


 けれど〈天剣〉の力を得ても、聖女となっても、結局自分はあのときと同じ思いを繰り返している。


 本当は、叶うのならばウォルカとともに在りたかった。彼を近衛騎士として迎え入れ、大聖堂で一緒に平穏な日々を送る――そんな夢を何度も見てきた。


 けれど、できなかった。

 なぜならウォルカはすでに、何者にも代えられない素晴らしい仲間と出会っていたから。


(リゼルアルテさま。ユリティアさま。アトリさま。わたくしは、貴女たちが本当に羨ましい――)


 かけがえのない仲間たちに囲まれるウォルカを、アンゼはこうして隣から見ているだけ。


 ウォルカはリゼルたちを心から信頼しているし、リゼルたちもウォルカのことを心から想っている。尋ねるまでもなく、〈銀灰の旅路シルバリーグレイ〉の姿を見ていればそれが容易にわかる。感情を表に出すのが得意ではない彼も、仲間の前ではかすかに頬を緩めているようだった。

 だからウォルカは、己のどんな犠牲もいとわずリゼルたちを守り抜いてみせたのだろう。


 アンゼもなにか、ウォルカの力になりたいのに――。


 精々が、日々の鍛錬や冒険でできたちょっとした傷を癒す程度。失ってしまった片目と片足はアンゼの神聖魔法でも癒せず、仲間としてともに立つこともできず、大聖堂の支援も必要とされなかった。



 そう――今でもアンゼは、ウォルカから必要とされる存在になれていないのだ。



 本当に、本当に――リゼルたちが、羨ましかった。


(ウォルカさま……わたくしは、貴方のためになにができますか?)


 優れた義足が必要なら、教会のあらゆる情報網を使って探します。

 ダンジョン踏破を偽った何者かが許せないなら、わたくしが聖女の名の下に裁きます。

 すべての元凶となったあのダンジョンが目障りなら、わたくしがこの世から消し去ります。


(ウォルカさま……わたくしは、どうすれば貴方に必要としてもらえますかっ……?)


 かつて一度見殺しにしてしまった人だから。辛い修練を乗り越えた分だけ、報われてほしいから。

 彼が望んでさえくれるなら、いつだって、いつまででも、自分のすべてをもって支えるつもりなのに――。



 もし〈白亜〉がこの想いを聞けば、彼女は鼻で笑って呆れ果てるだろう。


 ――やっぱおまえ、相当こじらせてるよなあ。



 /


 ――ウォルカの剣が更なる境地に達しているのは、構える姿を見た瞬間ひと目でわかった。


 庭を一面に臨む教会の建物の陰で、誰にも気づかれることなくみんなを見守っていたロッシュすら、空気が凪ぎ、肌がひりつく感覚を覚えていた。

 ウォルカの横顔が辛うじて識別できる程度の距離にいる自分でもこれだけ圧を感じるなら、正面に立てば、並の者は呑まれて指一本動かせなくなるかもしれない。


 ゆえにロッシュは微笑を深めて、友へ心からの賛辞を贈る。


 ――そうか。君は、のだね。


 一般的に知られていることではないが、絶体絶命の危機が人を更なる次元に引き上げる御伽噺はたしかに存在する。死の淵に立ってなお一歩も引くことなく、命を燃やし、すべてをなげうって運命をねじ伏せた者だけがこじ開けられる扉。冒険者の中でいえばSランクと呼ばれる連中に、そういう危機をきっかけに覚醒した手合いというのがちらほらといる。


 それでもなおこれが御伽噺と呼ばれるのは、奇跡以外に到達する手段がないからだ。


 まず『死の淵に立つ』という時点で、狙ってやろうと思う狂人はまずいない。やろうと思って立てる淵などたかが知れている。しかも立ったところで扉を開けられる保証はなく、下手をせずともそのまま死ぬか、戦士としての生命を未来永劫絶たれることになる。


 己が手で奇跡を起こした者に与えられる、神の祝福のようなものだ。


(もしもこの先、50勝目を懸けた手合わせをする機会があるなら……ふふ、間違いなく君に取られてしまうかな)


 聖騎士として、魔法も含め文字通り全力で戦う条件なら負けるつもりはないが――純粋な剣一本ではもはや敵うまい。



 だからこそ、隻眼隻脚という大きすぎる足枷を課せられてしまったウォルカの姿に、遣る瀬のない思いをくすぶらせずにはおれない。



 義足が壊れ、背中から倒れたウォルカにアンゼたちが脇目も振らず駆け寄っていく。

 そのあとを追うことこそ、しなかったけれど。


「――本当に……」


 腸が煮えくり返るようだ。もしもウォルカが、せめて左足さえ失っていなかったならば。彼が今ごろどれほどの境地に達していたのか、理解できてしまうからこそ。


 〈摘命者〉。戦士の命を摘み取る死神。すでに瀕死の傷を負った状態から、仲間を守りながら一対一で討ち倒すなど、聖騎士の自分であってもおそらくは――。


 だがウォルカはやってのけた。死の運命を覆し、見事仲間の命を守り抜いた。そんな男に更に残酷な試練を与えるのだから――聖騎士の身で神への恨みを吐きたくなったとしても、いったい誰に責められようか。


 パーティの仲間であるリゼルたちや、幼少期に一度出会っているアンゼと比べてしまえば、ロッシュとウォルカは知り合ってからもっとも日が浅い関係だろう。

 しかし百以上の手合わせを繰り返してきた友だからこそ、ウォルカの剣に対する想いは彼自身より理解しているという自負がある。ウォルカがどれほど過酷な鍛錬を重ねてきたのか、誰よりも肌で感じて知っていると確信している。



 ゆえに、断言する。

 ウォルカは到底、剣を捨てて安穏な生活を選べるような人間ではない。



 ウォルカ自身も、今さっき剣を握ってようやくそれを自覚した。これから少しずつ、自分の行くべき道が見えてくるだろう。ロッシュとアンゼならいつでも協力する準備ができている。


 ただ気掛かりなのは、パーティの仲間――リゼル、ユリティア、アトリの三人。


 彼女たちは、。想像を絶する恐怖だったはずだ。ウォルカが剣士として再起する道を、果たして彼女たちはどこまで望んでくれるだろうか。


 ウォルカが剣士として再起する――それは、彼が今度こそどこかで死ぬかもしれない可能性を、受け入れるということ。

 パーティの仲間であっても、仲間として彼を大切に想うからこそ、その決断には大きな苦しみが伴うだろう。


 ロッシュは肩を竦めた。


「ウォルカ。君が向き合わなければいけないのは、自分の体じゃあなくて、すぐ隣の仲間かもしれないよ」


 朴念仁というほどではないと思うのだが、あの男はいかんせん、言葉が足りなさすぎる。


 そういうところは僕を見習ってほしいんだがね! と誰が見ているわけでもないのに颯爽と前髪を払って、ロッシュは爽やかに歩を前へ進めた。


 あそこまで義足を壊してしまっては、肩を貸す人間が必要だろう。

 ついでに地の底まで沈み込んでいくような重い空気を吹き飛ばす、陽気で剽軽ひょうきんな役回りがいるべきだろう。



「――やあやあウォルカ、また随分と派手にやったようだねっ! むむっこんなに可憐なマドモアゼルを泣かせるとは、やれやれ君は本当にしょうがないやつだ! いいかい、君ももう少し女性の気持ちというものをだねぇ――」



 友の前では、決して変わらないいつも通りの自分でありながら。


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