第40話 「結婚を前提に付き合ってます」

8月10日



 今日もじめじめと暑い日だった。

 額には大粒の汗がにじみ出る。

 

 今日の格好とあいまって、暑さも五割増しだった。


 ――今日は陽葵のお父さんの墓参りにきていた。

 本来なら、墓参りにお互いの家は干渉していなかったのだが今年からは少しだけ事情が違う。

 親族で墓参りをする前に、俺と陽葵の二人だけで陽葵のお父さんの墓参りにやってきた。


 俺はスーツ、陽葵は高校の制服だった。


「暑いーーー。サラリーマンってよくこんなの着て外回りとかしてられるな」

「慣れとかもあるのかな?」


 陽葵とそんな会話をしながら陽葵のお父さんのお墓に花を供える。


「ごめんな、俺陽葵のお父さんの墓参りのことすっかり忘れてて気が利かなくて」

「私だってお父さんの顔なんて全然覚えてないんだからそんなの気にしなくていいのに」


 お線香に火をつけて、陽葵と一緒に手を合わせる。


「陽葵と付き合ってる鈴木春斗といいます。真剣に交際してますのでどうか見守っててください」

「お父さん、私にも彼氏ができました。これからも見守っててね」


 目をつむって、しばらくの間そうしていた。


「春斗くん、そろそろ行こっか」

「うん」


 そう言ってお墓をあとにしようとする。


「……陽葵」

「なーに? どうしたの春斗くん」

「お、俺、仕事とか頑張るから、他のことも何でも頑張るから、もし俺がそのおおお落ち着いたときはさ」


 肝心なことを言おうとしてるのに、心臓がバクバクしてしまい声が震えてしまう。


「春斗くん……」

「けけけけっこん」

「……」


 大切なところで噛み噛みになってしまった。

 陽葵はぎゅっと目をつむっていた。


「……私でいいの? それ聞いちゃったら私だって期待しちゃうんだからね」

「うん、いつかちゃんとその言葉を陽葵に言えるよう頑張るから」

「うん! ずっと待ってる! 大好き!」


 陽葵が目を真っ赤にして俺の腕に抱き着いてきた。

 ちゃんと言えなかったけど、いつかちゃんと“その言葉”が言えるように頑張ろう。


「あっ、陽葵ちょっと待って」

「ん?」


 陽葵のお父さんのお墓に戻って、もう一度手を合わせる。

 心の中でもう一度、陽葵のお父さんに挨拶をする。


 “結婚を前提に付き合ってます”と。




8月13日



 11日、12日は、お盆特有の親戚づきあいなどで忙しくて陽葵とも日中は中々会うことができなかった。

 昼間は会うことはできなくても、夜は一緒にご飯を食べていたし、スマホでメッセージのやり取りをしていたから特別寂しくはなかった。

 スマホのちからってすげー!


 そして、今日シェアハウスに戻る日がやってきたのだ。


「なんでもう一回戻る必要があるんだい」


 うちのオカンが不機嫌気味にそんなことを言ってきた。


「荷物もそのまんまだし、ちゃんとお別れとか言いたい人もいるし」


 陽葵と一緒にクルマに荷物をつけながら、うちのオカンにそう答える。


「お母さん、じゃあまた行ってくるからね」

「はいはい、ハルくん、陽葵のことよろしくね」


 おばさんが明るく笑顔で、俺に陽葵のことを託す。


「なんだか、お互いの子が恋人同士になるって感慨深いですね鈴木さん」

「私は、まだ佐藤さんとヒマちゃんに申し訳ない気持ちでいっぱいですよ……」


 オカン同士でそんな会話をしていた。


「うるさいなぁ。陽葵を幸せにするために頑張るっつってんだから応援しろよな」


 オカンがいまだにそんなことを言っているので、思わず強気にそう言ってしまった。


「……」

「……」


 オカン二人が驚いた顔でこっちを見ていた。


「なんですか? その反応」

「ハルくん、少し見ない間に言うようになったねぇ」


 おばさんがすこぶる嬉しそうな顔をしていた。


「じゃあ、行ってくるから」


 陽葵が助手席に座りシートベルトをつける。

 俺も運転席に乗り、ガチャっとキーを差し込み、エンジンを入れる。


「あっ! ハルくん待って待って!」


 いざ出発! と、ハンドルを握ったらおばさんが何かを忘れていた様子で急いで俺に声をかけてきた。

 窓ガラスを開けると、おばさんが謎の袋を俺に渡す。


「ハルくん! この前はあんなこと言ったけど、陽葵はまだ学生だからちゃんと避妊してあげてね!」

「ひにん!?」

「お、おかあさん!!」


 じゃあねーとそのまま陽葵のおばさんは自分のうちに戻っていってしまった。 


「……じゃあ、オカン行ってくるから!」

「はいよ、事故には気をつけなさいよ」


 最後にとんでもないことをおばさんに言われた気がしたが、気を取り直して出発することにする。



ブォォオオオン。



 雲一つない空を、俺のクルマが駆け抜けていく。


「俺、今回ちゃんと親に報告できて良かったよ」

「私もだよ」


 実家に戻る前の悶々とした気持ちはどこかに吹き飛んでいた。

 実際に会うと、俺が不安に感じていたことなんて存在もせず、いつも通りのオカンたちが待っていた。それがこそばゆいが何となく嬉しかった。


「春斗くん、お母さんから何もらったの?」

「……ちょっとここでは」


 陽葵のおばさんからもらった謎の袋をそっとポケットに隠す。

 どうせおばさんのセリフから考えられるのはアレに決まっている。

 陽葵にその知識があるかどうかは不明だが、陽葵に今アレを見せると気まずくなってしまう気がする。


「ふーん、じゃあそのうち見せてね」


 意味も分からずに、陽葵がそんなことを言っていた。


「……ところで、春斗くん」

「なんだよ?」

「今回はスマホ持ってきたんだね」

「あー」


 今回は出かける間に、ちゃんとスマホをポケットに入れていた。


「春斗くんって全然スマホの連絡つかないから、私はもう春斗くんはスマホは使わないものだと諦めてたよ」

「ごめんごめん、これからはそうじゃないから」

「そうなの?」

「うん」


 陽葵が不思議そうにこちらを見ていた。


「これからはさ、ちゃんとスマホも使おうと思って持ってきたんだ」

「どうしたの急に?」

「連絡先を交換したい人たちがいるからさ」


 充電満タンのスマホを持ち、俺のクルマは再びシェアハウスがある山のほうに向かっていった。




第五章 「登場! 本物のオカンたち!」 完

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