第39話 「ハルくんじゃないとダメなんです」

「ったく!! 首から上吹っ飛んだのかと思ったわ!!」


 超平手打デストロイビンタをくらい、俺の頬には赤い紅葉ができていた。


「お、おばさん……今のはさすがに!」


 陽葵ひまりが俺の頬に冷えピタを張りながら、うちのオカンに抗議をする。


「私にとってはヒマちゃんも自分の娘みたいなもんなんだから当然よっ!」

「実の息子のことはっ!?」

「ふんっ! ヒマちゃんはあんたにはもったいないんだから!」


 なぜか逆ギレされる俺。オカンの目は泳いでいた。

 こういうときのオカンはやり過ぎたと反省しているときの目だ。


「私から春斗くんにお願いしたんです。私と付き合ってって」

「ヒマちゃん本当にいいのかい? こんなバカでグズでだらしない息子だけど」

「いいんです! 春斗くんはバカでグズでだらしないかもしれないですけど、春斗くんがいいんです!」

「おい」


 ボロカスのように言われる俺。

 この人たちは手加減って言葉を知らないの?


「……陽葵、本当に俺のこと好き?」

「大好き!!!」


 咲いた向日葵のように、明るく返事をする陽葵。


「ほらみろ! どうだオカン!」

「信じられないけど本当のようね……」


 急にオカンが神棚の前に行き、手を合わせはじまった。


「あの春斗にありえないくらいかわいい彼女ができました。どうか夢じゃありませんように」

「あんたは少しは俺に失礼だと思わないのか!!」

「思わないわよ、だって春斗だし」


 くそぅ……。

 これ見よがしに好き放題いいやがって。


「ねぇねぇ春斗くん、せっかくだからこのままうちのお母さんに言いにいこうよ!」

「陽葵んちのおばさんに? よし! このまま報告に行くか!」


 陽葵がちょいちょいと俺の裾を掴んで、そう提案する。

 何事も勢いは大事だ!

 このままおばさんにも言いに行こう。


「というわけでちょっと行ってくるわオカン」

「あっ、ちょっと待って」


 俺がそう言うと、何故かオカンも出かける用意をしていた。




※※※




「おかーーさーん! 春斗くん連れてきたよーー!」

「あーー! ハルくんいらっしゃい!!」


 陽葵のうちに行くと、ばたばたと陽葵んちのおばさんがやってきた。


「あら、みんなお揃いで」

「佐藤さん、昨日はカレーご馳走さまでした。これ良かったら食べて」


 うちのオカンが、陽葵んちのおばさんに何かの差し入れを渡す。

 まさか、母親同伴でお付き合いしてますの報告にくることになるとは思わなかった……。

 ってか、なんでうちのオカンがついてくるんだ!

 カッコ悪すぎるだろこの状況!


「お、おばさん、大切な話があるんですが……」

「私に告白?」

「ち、違いますって!」

「あら、残念」


 おばさんにからかわれていると、後ろにいる陽葵から久々に漆黒のオーラが溢れ出ていた。


「おかあさーーん!!」

「はいはい、誰も陽葵のハルくん取らないって。どうぞ、鈴木さん、ハルくん、うちに上がってください」


 おばさんにそう言われて、陽葵のうちに上がった。

 広めのリビングに行き、みんなでイスに腰を下ろした。


「で、ハルくん。お話ってなに?」

「……実はこの前から陽葵と恋人として付き合うことになりました。報告が遅くなってすいませんでした」

「ふふっ、大丈夫よ。陽葵から全部話聞いてるから」


 やっぱりなーー!

 陽葵は、こっそりスマホで母親と密にやり取りをしていたのだ。

 帰ってきた初日のあの反応はやっぱりそういうことだったのだ!


「ハルくん、ちょっとだけお話していい?」

「? 大丈夫ですけど?」

「ありがと」


 陽葵とうちのオカンは黙っておばさんの話を聞いていた。

 意外にもうちのオカンは会話に一切混ざってこなかった。


「陽葵はね、子供のころからずっとずっとハルくんのことが好きでね。ここ一年は、ハルくん忙しそうだったからずっと陽葵もそわそわしてて落ち着かなくてね」


 おばさんは目を細めてニコニコと本当に嬉しそうに笑っていた。


「だからね、こんな風に陽葵が笑うようになったのも本当に久しぶりなのよ。ハルくんと付き合うってなったときの陽葵のはしゃぎようったら見せてあげたいわ」


 陽葵が顔を耳まで真っ赤にしておばさんの話を聞いていた。

 一番最初の“付き合った”は陽葵の勘違いからはじまったものだった。

 陽葵のためにも、そのときの話はあまり広げないほうがいいだろうと思って、俺は黙っておばさんの話を頷くことにした。


「陽葵があんまりこの一年間元気がないものだから、他の子を薦めたときあったのよ? 同級生の男の子とかのほうがいいんじゃないかって。その度に、春斗くんがいい! 春斗くんがいい! って泣かれてね」

「お、お母さん! それ以上はあんまり言わないでっ!!」


 聞いていられなくなった陽葵が話を遮るように混ざってくる。


「そこまで言うとは聞いてない!」

「いいじゃない、別にハルくんなんだし」

「うぅうう……」


 さすがの陽葵オカンも本物のオカンには敵わないらしい。


「だからね、ハルくん。本当に陽葵はハルくんのことが好き好きでたまらないの」


 おばさんが急に席を立って、その場でペコっと俺に頭を下げた。


「陽葵のことをどうかよろしくお願いします、ちょっと愛が重すぎるかもしれないけど」

「い、いえ……そんな」


 おばさんがそんなことすると思わなかったので、俺も思わずその場立ち上がって同じく礼をしてしまう。


「そ、その陽葵さんのこと絶対に幸せにしますので……! 仕事もこれからちゃんとできるように真剣に頑張りますので!」

「ふふっ、まるで結婚するときの挨拶みたい。お仕事は前みたいに無理しちゃダメだよ? 陽葵が悲しむから」

「わ、分かりました!」


 おばさんが、リビング隣の和室に行った。

 和室にある仏壇をチーンと鳴らし、お線香をあげていた。

 まるで、うちのオカンと同じようなことをしていた。

 

「お父さん、陽葵に彼氏ができました。お父さんなら怒ると思うけど、暖かく見守ってあげてね」


 ――陽葵のお父さんは、陽葵がものごころつく前に亡くなってしまっていたらしい。建てたばかりの家と、まだ赤ちゃんだった陽葵を残して。


 その悲壮ともいえる家族の状況を見ていられなかったのがお隣だったうちの家族だったらしい。

 うちのオカンが色々と陽葵の家の世話を焼いていくうちに、家族ぐるみの付き合いになっていったというわけだ。


「……いいんですか佐藤さん。うちの春斗なんかで」


 ようやくうちのオカンが口を開いた。

 神妙な面持ちで陽葵のおばさんに声をかけていた。


「違うんですよ鈴木さん。陽葵がハルくんじゃないとダメなんです」


 ねっ! とおばさんが陽葵に声をかける。

 陽葵は恥ずかしそうにコクンと頷いた。


 オカンがその陽葵の様子をみて、何故かはぁと大きいため息をついた。


「春斗、ヒマちゃんのこと悲しませたら絶対に許さないからね」

「分かってる」


 オカンにそんなこと言われるまでもなく、陽葵のことを尚更大切にしようと思える一日になった。


「ねぇねぇ、それで陽葵! ハルくん! 子供ができたら私にも名前考えさせてほしいの!」


 ぶーーーっ!!

 飲み物があったら盛大に吐き出していた。

 何だかしんみりとしていたら、おばさんがうきうきで俺たちにそんなことを言ってきた!


「お、お母さんったら! もう!!」


 陽葵も口では抗議していたが、自分の母親と同じような笑顔で笑っていた。

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