第12話 「ボス猿って誰のこと?」

「ボス猿って誰のこと?」

「あ、あねご……」


 後ろから声をかけられ、真っ白になる省吾くん。


「き、きれいなお姉さんだ―――!!」


 そこには、ボンッキュッボンッスーツ姿の綺麗なお姉さんがいた。

 長い髪と少しキツめの目が特徴的だった。

 大家さんが清楚を極めた美人さんだったら、この人にはあふれ出す色気が漂っていた。

 タイプです!俺のすごくタイプです!



 こちらの戦力を確認するため、陽葵ひまりの胸元をちらっと見る。

 ――その戦力差は絶望的だった。


 向こうが芳醇なブドウ畑だけだったら、こちらは枯れた大地だった。

 これでは勝てない……。勝てっこないよ!!


「はーーるとーーくーーん!」


 ぎぃいいと耳を引っ張られる。


「全部声に出てるんだからねっ!!」

「痛い!痛いって!」


「あれ? 新しい入居者?」


 嬉しくもない陽葵のお仕置きを受けていたら、それに気づいたお姉さまこちらに声をかけてくる。


「あっ、佐藤陽葵です。入居者というかそこの鈴木春斗くんの付き添いできました」

「すすすすす、鈴木春斗です!」


「そうなんだ、女の子のいるなんて嬉しいわ。伊藤 佳乃(いとう かの)よ。よろしくね」


 にっこり笑いながら佳乃さんはこちらに手を差し出す。


「よよよ、宜しくお願いします!」


 手の汗をズボンで拭いて佳乃さんの握手に応じる。

 佳乃さんからは、香水の匂いだろうかすごく甘くていい匂いがした。

 佳乃さんの手も冷たくて柔らかくて気持ちが良かった。


バァン!!


「いたっ!」

「ふんっだ!」


 そんなことを思ってたら味噌汁の匂いがする女子高生に背中を思いっきりぶっ叩かれた。

 背中には紅葉ができてそうだった。


「あらら、仲いいのね」


 お姉さまの綺麗な顔がこちらに微笑んでいた。

 

 よく見るとお姉さまの足元には省吾くんの死体が転がっていた。




※※※




「……」

「どうしたの? ショーゴずっと黙っていて」

「いきなりボコボコにされたから怒ってるんですよ!!」

「それはショーゴがいきなり失礼なこというからだろー」

「あんたがいつもそうだからだっ!」

「そんなこと言うなよ、久しぶりにショーゴに会えて嬉しいんだから!」


 そう言うと省吾くんが羽交い絞めにされる。


「痛い! 痛いって! この馬鹿力! それにあんたのでかい色んなもの当たってるんだよっ!」


 う、羨ましい。

 外野から見れば、仲いい二人がじゃれあってるようにしか見えない。

 俺はそんな二人を横から、指をくわえて見ていることしかできなかった。


 ――隣の女子高生がどす黒い漆黒のオーラを放っているからだ。


「ふんっだ! 結婚して早々に浮気されるとは思ってなかったよ!」

「浮気はしていないんだけどなぁ……」


 漆黒のオーラを全開にして、陽葵がそんなこと言ってきた。

 結婚の部分にはあえてツッコまない!

 今そこに触れるとその漆黒のオーラで消し炭になりそうな気がする!!


「今日は春斗くんご飯抜きだから!」


 陽葵オカンの攻撃! “今日は必殺ご飯抜き!”

 つうこんのいちげき!

 すずき はると はしんでしまった。


「そ、そんなぁ……」

「えっ? 二人って結婚してるの!?」


 そんなやり取りをしていたら、何も知らない佳乃さんが当然の疑問を聞いてくる。


「あ……いえ、結婚というか昨日から付き合ってまして……」


 陽葵が顔を真っ赤にして、ぼそぼそって答える。

 色々恥ずかしかったらしい。


「うわーー! すごい! 付き合いたてほやほやじゃん! どんな感じで付き合ったの! ねぇねぇ!」

「えっと……、えっと……」


 陽葵が佳乃さんに詰め寄られる。

 あの陽葵がおされている……、これは大変なことですぞ。


「よーーし! 今日は二人をお祝いしてバーベキューパーティをやろう! そうしよう!」

「ちょ、ちょっと、バーベキューやる材料なんてないですよ」


 和室でHP0で横たわっていた省吾くんが佳乃さんにうなだれながら声をあげる。


「買って来ればいいじゃん」

「誰が?」

「はい、これ」


 ぺらっと佳乃さんがお札を省吾くんに渡す。


「雅文も強制参加だから、夜には戻ってくるように言っといて」

「あいつバイトですよ……」

「いいから!」

「くっ……」


 あの省吾くんが佳乃さんを相手にすると全く頭が上がらない!


「早く行ってくる!!」

「くっ! くそっ! あんた絶対ロクな死に方しないからな!!」


 どひゅーーと音を立てて省吾くんが玄関に行こうとする。


「あっ! 省吾さーーん! なめこもお願いしまーす!!」


 陽葵からも追い打ちがかかる。

 味噌汁飲みたいって言ったの忘れてなかったのか……。


「ちっ! 分かったよ!! あんたらは母親かってんだ!」


 舌打ちをしながらも勢いよく駆け出していく省吾くん。

 その背中は哀愁が漂っていた……。


 か、かっこ悪い。かっこ悪いよ省吾くん。

 いつも飄々としている人が、たった一人の女性が入るだけでああなってしまうのか……。

 あぁはなりたくない……。

 俺はあんな風にならないように気を付けないと!!


「それで春斗くん、さっきの話なんだけど!」


 嘘です。

 僕もこの子に頭が上がりませんでした。


「あははははは!」


 佳乃さんがそんな俺たちの様子を見て、豪快に笑っていた。

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