第10話 「俺もお前が好き」
「
とりあえず、陽葵の横に並ぶ。
「全く、どうやって帰るつもりなんだよ」
「……歩いて帰る」
「んな無茶な」
陽葵が持っていた大きいボストンバックを無理矢理奪う。
「荷物重いだろ、こっち寄こせって」
「……うん」
「少し歩くか」
今日も雲一つない快晴だった。
農道で二人並んで歩くと、影が所々で重なって見える。
「この前の川辺行ってみるか―」
「……けど!」
「いいから、いいから」
渋る陽葵の背中を押して、この前の川辺までやってくる。
陽葵がちょこんと置物みたいにこの前俺が腰をおろしていた石に座っている。
「私、馬鹿みたい……、やっと気持ちが通じたと思って浮かれちゃってさ」
ぐすっぐすっと泣き始めてしまった。
そういえば、昔もこんな風に泣かしてしまったことがあったなぁと思いだす。
●●●
俺が中学三年で、陽葵が中学一年の頃だっただろうか。
最初は家が隣同士だったので学校まで一緒に通っていたのだが、いつしか毎日うちまで迎えにくる陽葵のことが恥ずかしくなっていた。
「陽葵、絶対にうちに来るなよ! 親にからかわれて恥ずかしいから!」
「えー、私別に気にしないよ。隣同士なんだから別にいいじゃん」
「俺が嫌だって言ってんの! とりあえず、そこ曲がった先の電柱のとこ集合な!」
今、考えるとなんて本当に子どもだったなぁと思う。
そんなある日、思いっきり寝坊したときがあった。
親には散々どやされたがとっくに遅刻確定だったので、陽葵もどうせ待っていないだろうとのんびり準備して出発していた。
——けど陽葵はずっと電柱のところで待っていた。
「うっ…うっ、良かったぁ春斗くんやっと来たぁ」
陽葵は嗚咽あげて泣いていた。
「ば、馬鹿! なんで先に行ってないんだよ!」
「だってぇ…だってぇ、春斗くんのこと心配だったから」
「心配するようなこと別にないだろ!」
「事故にあったのかなって……行っちゃダメって言われてたけど家に行っちゃおうかなって思って」
「この距離で事故にあうわけないだろ!」
「だって、だってぇ心配だったんだもん」
わんわん泣き始めてしまった。
「もー、こういうときは先に行ってていいからな」
「やだ! ずっと待ってる!」
今度はなぜか怒られてしまっていた。
●●●
忘れてたなぁ。
陽葵ってこういう子だった。
泣き虫で周りが心配で心配でどうしようもなくなっちゃう子。
オカンみたいに口うるさくなってしまうのも、心の底には溢れる優しさがある子だった。
そんな陽葵が近くにいることが当たり前になっていて、気づくのが遅くなってしまっていた。
俺が仕事で忙しくなってしまい、一年も連絡しないものだったから心配になってこんなところまで来てくれてたのだろう。
陽葵がこの一年間どんな気持ちでいてくれてたのだろうか…。
——もしかしたらこの一年間、陽葵が近くにいてくれたらもう少し違った結果になっていたのかもしれない。
「――陽葵」
バクバクと自分の心臓の音がよく聞こえる。
口も上手く回らなかったが、それでも次の言葉を陽葵に伝えるため精一杯の声を出した。
「俺もお前が好き」
チロチロと水の澄んだ音が流れていた。
「……ほ、ほんと? 嘘じゃない?」
「嘘じゃないよ、今まで陽葵が近くにいるのが当たり前になってて気づくのが遅くなっちゃってごめん」
「また、私の勘違いじゃない?」
「勘違いじゃないよ」
そう言うと、陽葵の顔がパァァァと明るくなる。
「ホント? ホントだよね?」
「ホントだって」
「じゃ、春斗くんが私の彼氏になってくれるの?」
「うん、陽葵が俺の彼女になってくれるか?」
「もちろん!」
食い気味に言われてしまった。
いつの間にか陽葵が流していた涙が綺麗に引っ込んでいた。
内心……こいつ、と思ったが今は黙っていよう。
「じゃ、はいっ!」
精一杯、背を伸ばしてこちらに顔を近づけてくる!
「……なにしてんの?」
「もー! 私が二度と勘違いしないようにしてよ!」
ん~~~と精一杯背伸びをして、足がプルプルしている。
その姿が少し可愛かったので少し放置してみたくなる。
「早く~~~!」
そろそろ怒られそうな気がしたので、覚悟を決めることにした。
「陽葵」
「……あっ」
陽葵の柔らかい唇と俺の唇が少しだけ触れた。
※※※
「省吾くん! 雅文さんありがとうございました! おかげで何が大切なのか分かりました!」
「リア充今すぐ死ね」
「今すぐ帰れ」
陽葵を連れ戻してから、お世話?なった二人にお礼を言ったのだが……二人から辛辣な言葉が飛んできた。
……というのも陽葵が俺の腕にくっついて離れなかったからだ。
「あんまり春斗くんにひどいこと言わないでください!」
陽葵が言葉だけならいつものオカン口調で言うが、顔が幸せそうにとろけていて全然いつもの迫力がない。
「はぁ、お前らこれからどうするんだよ。せっかく付き合ったんだから別にここにいる意味もなくねーか」
省吾くんが当然の疑問をこちらにぶつけてくる。
「いえ……せっかく来たので、陽葵の夏休みの間はこちらにいようかと。陽葵も一緒にいるって言ってくれてるので」
「私は春斗くんがいればそれでいいから」
「さ、早速惚気られたわ。ご馳走さま」
雅文さんも「良かったな」と声をかけてくれた。
省吾くんと雅文さんがそのまま二階に上がろうとすると、省吾くんの携帯がピロロロンと鳴った。省吾くんの顔が画面を見て、みるみる青ざめていく。
「……春斗、雅文、大変なことになったぞ……」
「……まさか」
「あぁ、“ヤツ”が帰ってくる」
二人があたわたとしている。
陽葵も俺もそんな二人の様子を見て、何がなんだか分からず、きょとんとするしかなかった。
けど、なんとなくこのシェアハウスにまた違う風が入ってくる予感がした。
第一章 「お前はオカンかっ!!」 完
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