第9話  「私、勘違いしちゃった?」

「ただいま陽葵ひまり

「おかえり春斗くん。ってあれ?早くない!?」


 シェアハウスの自分の部屋に戻ってきた。

 

 あのまま、三人で釣りをしていたのだが早々に省吾くんが飽きてしまい帰ってきてしまった。

 俺的にはあそこでボー―っとしていても良かったのだが陽葵が気になっていたので一緒に帰ってきてしまっていた。


「ごめんね、何も用意してなくて。ちょっと待ってて」

「いいっていいって、そのまま勉強してろって」


 立とうとする陽葵の肩を押さえつけて、そのまま座らせる。


 机の上にはテキストが何冊も広がっていた。

 一生懸命勉強していたらしい。


「大学受験するのか?」

「うん、一応その予定」

「……大丈夫なのか?」

「うーん、私の志望校ってそんなに偏差値高くないから多分大丈夫。このままキープできれば問題ないって先生言ってた」

「ふーん、陽葵頭いいもんな」


 そんな話を聞いてしまったら、さすがに邪魔するわけにはいかないとこの場を立ち去ろうとする。……自分の部屋だけど。


「……春斗くん」

「なんだよ、邪魔しちゃ悪いからもう行くからな」

「……いいじゃん、恋人なんだからもうちょっと一緒にいてよ」


 んっ?


 んんっ?


 何か今、聞きなれない言葉を聞いた気がする。


「陽葵……、今なんて言ったの?」

「? 恋人同士なんだからもうちょっと一緒にいてって」


 どぇえええええええぇええええ!?


 いつからだ!いつからそうなっていた!


 陽葵の衝撃発現に思わず目ん玉が飛び出そうになる。


 俺の足りない頭をフルスロットルさせる。

 あの日だ!あの日ことを思い出せ!




●●●




「だからね……この一年すごく苦しくて、色々言っちゃうのも春斗くんのことが心配だからで」


「だからこれからも色々言っちゃダメ……?」


「……ダメじゃないけど」




●●●




 ——えっ?もしかしてあれ!?

 確かにダメじゃないとは言ったけど……。

 そそっかしすぎるこのオカンは!!


「陽葵」


 恐る恐る陽葵に声をかける。


「……どしたの春斗君」


 うっ…。

 俺の異様な空気を察したのか、陽葵が目を潤ませてこちらに見つめる。

 俺は昔からこの目に弱い。


 けど……!

 ここで頑張らなければまたややこしいことになってしまう。

 陽葵のためにも今の状況ははっきりさせなければならない!


 ここだぞ春斗! 今が踏ん張り時だぞ春斗!と自分を奮い立たせる。


「陽葵……あのときダメじゃないって言ったのは」

「……うん」

「世話焼いていいって意味であって、決して付き合うって意味では……」


 瞬間、陽葵の顔がかーーーっと真っ赤になる。


「陽葵……」

「あ、あれ? 私、勘違いしちゃった?」


 ぽろぽろと陽葵の大きな目から涙がこぼれ落ちてくる。


「ひ、陽葵あのな……」

「も、もーーー! 今勉強してるんだから出てってよ!」

「あ、あぶないって!」


 どかどかとこっちにテキストが飛んできたので、とりあえずこの場から退散することしかできなかった。




※※※




「省吾くーーん! 雅文さーーん!」


 庭のドラム缶で、省吾くんと雅文さんはゴミを燃やしていた。

 その姿を見つけて二人に声をかける。


「……お前どうでもいいけど、ここ数日でここに馴染みすぎだろ」

「そんなことはどうでもいいんですーー!」


 事の顛末を二人に話す。


「あーーーはっはっはっはっ! 陽葵ちゃんもそそっかしいなぁ」

「……ぷっ、くすくす」

「二人とも笑い過ぎですって!!」


 なんだかちょっと馬鹿にされているような気がして少しムッとしてしまった。

 男同士だということもあって、昨日今日の交流で少しだけ心を許してしまっていた。


「それで、春斗はどうしたいんだよ」


 省吾くんが真面目な顔でこちらを見据える。


「あとはお前次第だろ、春斗」


 雅文さんがいつものぼそぼそ声でなくはっきりとこちらに告げてくる。


「いつもそばにいて当たり前だって思っちゃダメだよな。そばにいてほしいならちゃんと捕まえておかなきゃ」

「……」

「お前の気持ちはどっちなんだよ」

「——俺は」



ガチャ


 そんな話をしていたら、玄関の開き戸が開く。


 荷物を抱えた陽葵が出てきた。


「……あっ、ここにいたんだ」

「どうしたんだその荷物?」

「……私ここにいると迷惑になりそうだから一旦家に帰るね、色々ごめんね春斗くん」


 そう言うと、陽葵は駆け足で飛び出してしまっていた。


「あぁもう、待てって陽葵!!すいません、ちょっと行ってきます!」


 省吾くんと雅文さんにそう告げて俺も駆け出した。


「はいよ」

「頑張れよ」


 そんな言葉が後ろから聞こえてきた。

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