第6話 「アメ舐める?」

 気になる……。

 陽葵ひまりの動向がすごく気になる……。


 紬ちゃんとのやり取り後、陽葵は玄関と一階の大きい和室の掃除をしていた。


「これからお世話になるんだもんお掃除くらいはしないとね!」


 そんなことをうきうきで言う陽葵をじーーっと観察していた。


「どうしたの春斗くん?そんなに見られると恥ずかしいんだけど」

「……いや、よく働くなぁと思って」

「そう? まぁ誰かがやらなきゃいけないしね」


 手際よく片付けていく陽葵。


「あっ、そうだ! 春斗くんアメ舐める?」


 ポケットからごそごそっとこちらにアメを差し出す。

 黒飴が陽葵の小さい手のひらの上に乗っている。

 ……女子高生から出てくるアメにしては大分渋いもの出てきてしまった。

 お前は大阪のおばちゃんか!と思わずツッコミたくなる。


「どうしたの? 舐めないの?」

「……いただきます」


 陽葵の手からひょいっと受け取ると、陽葵も自分のポケットからアメを出して自分の口に放り込んだ。


「ん~~おいしーー!」


 ほっぺでアメをころころして、まるでハムスターみたいなっている。


「陽葵、さっきのことなんだけど」

「……あははは、何だか恥ずかしいね」


 陽葵は顔を真っ赤にして俺から逃げるように掃除に戻ってしまった。




※※※




 やることがなくなってしまったので部屋に戻ってきてしまった。


 時間を見ると、まだ正午前だった。

 怒涛の半日ですごく疲れた気がする。


 ここに来てから色々なことがあり過ぎて、頭がぐちゃぐちゃになる。

 俺の気持ちのジェットコースターも上がったり下がったり埋まったりして、情緒不安定だった。


「かっこ悪いなぁ」


 そんな言葉を誰もいない部屋に吐きだす。


 仕事から逃げ出して……チャラ男にからかわれ……小さい子には怒られ……幼馴染に八つ当たりする……。

 仕事を辞めたことに後悔はないが、何とも言えない後味の悪さがいまだに心の中あった。


「……こんな俺のどこがいいんだよ」


 横になりながらそんなことを思っていたら、まどろみがやってきたのでそのまま身を任せてしまっていた。

 


 

「——♪——♪」



 ……なんだか鼻歌が聞こえる。

 頭をさわさわと撫でられている気がする。


「……なにしてんの?」

「あっ春斗くん起きた」


 陽葵が俺の枕元にいた。


「気持ちよさそうに寝てるから起こしちゃ悪いかなって、あっお昼ご飯できてるよ」

「……そっか食べにいくか」

「うん」


 そう言って立ち上がる。


「陽葵」

「どうしたの?」

「さっきの話なんだけどさ」

「えへへへ、何か照れちゃうね」


 足早にまた逃げられてしまった。




※※※




 な、なんなんだあいつ……。

 その逃げ足の早さといったら、経験値をいっぱい積んでる銀ピカのふにょふにょしたモンスターのようだった。

 あからさまに避けられてる気がするが機嫌はすごくいい気がする。

 

 分からん、マジで分からん……。


 そのまま、一階の和室に行くと、そこには銀ピカのモンスター兼陽葵の姿しかなかった。


「あれ? ふたりだけ?」

「……せっかく作ったのに」


 しゅんっと落ち込む陽葵。


「省吾くんは?」

「寝てるのかノックしても部屋から出てこなかった」

「紬ちゃんは?」

「寝てるのかノックしても部屋から出てこなかった」


 ロボットのように同じ言葉を繰り返す。


「ま、まぁ落ち込むなって……」

「——せっかく作ったのに!!」


 もーー!と頭から煙を出す陽葵。

 ま、まずいこのままでは陽葵山が噴火してしまう!

 近隣住民の俺にはもれなくとばっちりがきてしまう!


 天よ!地よ!俺に力を貸してくれ!


「はははー! 俺お腹空いてるかいっぱい食べていいか?」


 ひょいっとお行儀悪くお皿に並んでいた煮物を口の中に入れる。


「うぉおお! この煮物マジで旨いな!!」

「……その煮物、大家さん作ったやつだよ」


「……こ、このから揚げも少し冷めちゃってるけど美味しいな!味加減が絶妙!!」

「……それ、昨日の晩御飯に出てたやつだよ」


「……」


「何作ったの?」

「……これ」


 すーーっとテーブルを滑らせて陽葵が味噌汁をこちらに差し出す。


「おっ、いいじゃん味噌汁」


 ずずずーと飲む。丁度いい味加減で落ち着く味だった。

 何だか、ささくれた心が和むようなオカンの味がした。


「——うん! おいしいよ。なんかすごく落ち着く、俺なめこの味噌汁好きだから次はそっち飲みたいな」


 ぷかぷかと浮かんだわかめとねぎを見ながら陽葵にそう言う。


「うん! 分かった!!」


 陽葵が満面の笑みでこちらに答える。


「いつの間にか料理できるようになったんだな陽葵」

「一生懸命練習したもん」

「そっか」


 もう一度味噌汁に口をつける。


「うん、すごくおいしい」

「えへへ、春斗くんは食べさせがいがあるね」

「お前はうちの母親か」

「これからもずっといっぱい作ってあげるからね」


 陽葵が晴れやかに俺にそう言った。

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