第5話 「ずっと好きなの」

「春斗くん待ってよ! どこ行くの!?」

「んー、ちょっとそこらへん散歩に」

「じゃ私も一緒に行く」

「なんでだよ」


 そう言って陽葵ひまりが俺の横につける。

 まだ正午前なのにお日様はぎんぎんと照り付けていた。


 二人並んだ影が、暑さで蜃気楼のように揺れ動く。


「とりあえず川辺を探してみるかなぁ」

「いいね!近くにありそう!」


 陽葵が元気よく答える。

 今はその陽葵の元気さが少し心のささくれに刺さった。


「あっ! 春斗くんあっちあっち! 向こうから水の匂いがするよ!」


 そう言って陽葵が俺の手を引いてそちらに向かっていく。


 少し急な崖を下がったところに、穏やかな流れの川辺があった。

 綺麗な澄んだ川で泳ぐこともできそうだった。


「わー! ここ涼しくて気持ちいね!」

「そうだな」


 どかっと近くの手ごろな石に腰を下ろす。


「どうしたの? おじいさんみたい」

「ちょっと休憩」

「もー! せっかくだから足だけでも入ろうよ!」


 陽葵がそう言って靴を脱いでいく。

 白くて細い足がお日様の下に晒される。


「あははっ! 冷たくて気持ちいい! ほらー春斗くんも早くー!」

「えー俺はいいかなぁ」


 陽葵のほうをボーっと眺める。


 思えば最近、本当に何もうまくいかないなぁ。

 一人になりたくてここに来たのに何故か陽葵はこっちにまでついてくるし、チャラチャラした男にはからかわれ、一目惚れしかけた大家さんだって、今朝の紬ちゃんのことだってそうだ。

 そもそも元はといえば仕事が上手くいかなかったからここに来たのだ。


 なんでこうなるんだろうなぁと、悪い感情がぐるぐるぐるぐると頭の中を駆け巡る。


「どうしたの? 春斗くん。難しい顔してるよ」

「……」


 陽葵が川辺からあがり、座っていた俺の腕をつかむ。

 陽葵の手は少しだけひんやりとしていた。


「春斗くん、一緒に水に入ろ? 体動かせばきっとスッキリするよ」


 そう言って俺の手を引っ張る。


「……めろよ」


 バッ!と陽葵の手を振りほどいていた。



「やめろよっ! 俺にかまうの!」



 突然大きな声を出したものだから、陽葵が一瞬ビクッと肩を震わせる。


「俺は一人になりたくここに来たんだよ! 全部が嫌になって!」


 吐きだした言葉が止まらなくなっていた。


「それがお前はついてくるわ! チャラい男にはからまれるわ! もう、俺のことはほっといてくれよ!」


 自分の吐いた言葉に目の奥が熱くなっていた。


「どうしてついてきたんだよ……、お前に世話焼かれてると情けなくて死にたくなる。頼むから一人にしてくれよ」

「……」


 陽葵が大きな目を潤ませて俺の言葉を聞いていた。


「……」

「……」


 しばらくの間沈黙が流れる。

 

 陽葵が意を決したように口を開いた。


「……だったから」


 風の音がサーっと流れ、辺りが静まり返る。


「……なんでついてきたって、私、春斗くんのことずっと好きなの。小さいころからずっと好きだったから」


「えっ……?」

「だから心配でいてもたってもいられずにここに来ちゃったの」

「えっえっ?」

「家族とか幼馴染としてじゃないよ? 異性として春斗くんのことが好きなの」

「……」


 突然の告白に頭が真っ白になる。


「あ、あっははは、突然言われても困るよね。お、おかしいなぁしばらく言うつもりはなかったのに」


 ぽろぽろと陽葵の大きな目からは涙がこぼれていた。

 涙をぬぐうため手のひらで何度も何度もこするがおさまる様子はなかった。


「だからね……この一年すごく苦しくて、色々言っちゃうのも春斗くんのことが心配だからで」


 陽葵が顔を真っ赤にしてこう言ってきた。


「だからこれからも色々言っちゃダメ……?」

「……ダメじゃないけど」

 

 俺がそう言うと陽葵の顔が一瞬でパァァアと明るくなる。


「ほ、ほんと!? えへへへ」

「……うん」

「じゃ、早く紬ちゃんのところに謝りにいこ? 私も一緒にいくから!」


 返事は聞かなくていいの?と言おうとしたが、陽葵がルンルンと歩き出していってしまった。スキップでもしそうな勢いだった。


 陽葵が俺のことを……。

 兄妹同然で育った幼馴染だっただけに、嬉しいような気恥ずかしいような複雑な気持ちが渦巻いていた。




※※※



 

コンコン



「紬ちゃんいるー?」

「はーい」


 紬ちゃんがすーっと恐る恐る扉を開ける。


「さっきはごめんね。そこのお兄ちゃんが紬ちゃんにちゃんと謝りたいんだって」

「さっきはごめんなさい!全然、紬ちゃんのお父さんのこと悪くいうつもりはなかったんだけど、そのなんというか思わず軽い口を聞いちゃって本当にごめんなさい!」


 土下座でもする勢いで紬ちゃんに頭を下げる。


「あ、あの、その私もすいませんでした。お父さんのことになるといつも感情的になっちゃって。それでいつもお母さんと喧嘩してるのに……」


 紬ちゃんもぺこっと礼儀正しく頭を下げる。


「じゃあ、これから私たちと仲良くしてくれる?」

「もちろんです。えーと、佐藤さんと鈴木さん?」

「うん、佐藤陽葵と鈴木春斗だよ。よろしくね」


 紬ちゃんの小さい手と俺たちが握手する。

 そのままにこやかに紬ちゃんは部屋に戻っていった。


「ふふふ、良かったね春斗くん」

「ごめん、ありがとう陽葵」

「んーん、ちゃんと小さい子にもあんな風に謝ることができるの春斗くんの良い所だと思うよ」


 まるで、悪いことをして一緒に謝りに行ったあとの母親みたいなことを言う陽葵。

 その表情は真夏の向日葵のように明るくにこやかだった。

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