第7話 「悪いことは許しません」

「おーーい春斗!」

「あーーー! 省吾くんあんたのせいでとんでもないことになるところでしたよ!」

「なんの話だよ、しかもいきなりくん付けだし。まぁいいけど」


 昼食後、陽葵ひまりがキッチンで洗い物をしていると省吾くんが玄関からやってきた。

 そもそもこの人は部屋にいなかったのだ。


「んなことより、もう一人帰ってきたからさ。ちょっと付き合えよ」

「もう一人?」


 省吾くんの後ろには二の腕ムキムキの大男がいた。

 前髪が長くてよく目が見えない。


「・・・田中 雅文 (たなか まさふみ) よろしく」


 ボソボソっと雅文さんが声を出す。

 聞こえづらっ!


「生まれ変われた?」


 雅文さんの口元がにこっと笑う。


「だーーーーっ! 省吾くん言いふらしましたね!」

「そりゃ言うだろー」


 とびっきりの意地悪顔を見せる省吾くん。

 やっぱり敵だ!この人は敵だ!


「ところで春斗って麻雀できる?」

「……少しだけなら」

「じゃこれから雅文の部屋に集合な」

「嫌な予感しかしないんですが……」


 そう言われ、雅文さんの部屋に連行されてしまった。




※※※




「雅文聞いてくれよー、こいつ女の子連れ込んでるんだぜ。しかも可愛いし」

「……さっき洗い物してた、許せない」


 じゃらじゃらと三人で牌を並べていく。

 雅文さんの部屋は、筋トレ用の道具がいくつかあるだけで随分こざっぱりとしていた。


「あれ?そういえばここのシェエハウスって何人いるんですか?」

「俺と雅文ともう一人。佳乃さんっていう女性の人」

「じょ、女性ですか!?」


 女性という甘美な響きに心が少し色めき立つ。


「お前、あの人はやばいからな。絶対に手を出すなよ」

「えぇ……どんな人なんですか」

「一言でいえばジャ〇アンだな」

「な、なんて分かりやすい説明……!」


 俺の期待は一瞬で砕けてバラバラに散った。


「……省吾も昔、ひどい目にあった」

「てめーーー雅文! その話はするんじゃねーーー!」

「雅文さん! その話すごく気になります!!」


 雅文さんの表情は髪で隠れてよく見えなかったが、口元が笑っていた。


「ってかお前はどうなんだよ春斗! お前には陽葵ちゃんがいるだろうがよ」


 省吾くんを攻めるつもりだったのに上手く切り返されてしまった。


「そんなの分からないですよ、今日だっていきなり告白されて悩んでるんですから。あっ、リーチです」


「「えっ」」


「なんだよ春斗! その話聞かせろよ!」

「……詳しく」


 しまった!口を滑らせてしまった。


「そんな面白い話じゃないですって!」

「俺らからすれば十分おもしれーよ! で、どうだったんだ? 付き合ったのか?」

「……付き合ってないですよ。だって、兄妹同然で育ったから俺もよく分からなくて」

「面倒くさいやつだなぁ。結局はヤレるかヤレないかだろ、どっちなんだよ」


 ゲス顔でにっこり笑う省吾くん。


「陽葵のことそんな風な目だけで考えたくないです」

「つまんねーやつ」


 チっと舌打ちされてしまった。


「ところでお前、言うのもなんだけどそれフリテンしてねーか?」

「えっ?」


 ※フリテンとは自分の上がり牌を捨ててしまって上がれなくなってしまうことです。他にも色々ありますが簡単に。




※※※




 麻雀はこの二人にボロカスにやられました……。

 もう誰も信じない。


 雅文さんの部屋から出ると、陽葵が部屋の前の通路の掃除をしていた。


「あっ! 春斗くんここにいたんだ!」

「そうだけど何かあった?」

「んーん、見当たらないから少し探しちゃっただけ。えへへへ」


 逃げられたり探されたりさっぱりこいつの心境が分からん。

 ただ、なんでだろうやっぱりすごく陽葵の機嫌がいい気がする。


「あっ、陽葵ちゃん掃除してくれてたんだ」

「……感謝です」

「いい子だなぁ」


 雅文さんの部屋から二人も出てきて、陽葵に声をかける。


「あっ、佐藤 陽葵です! よろしくお願いします!」

「田中 雅文、よろしくね。……詳しい話は春斗から聞いたから」

「そうなんですか?」


 ちらっと陽葵がこちらを見る。


「……それにしても偉いね、掃除してくれてるなんて」

「いえ! 泊まらせていただいてて何もしないわけにはいかないので!」


 元気に陽葵がそう答える。

 コンコンと省吾くんが肘で俺を小突いてきた。

 大分鬱陶しい。


「じゃ、またやろうな春斗!」

「もうやりませんっ!」


 そう言って省吾くんと雅文さんは下の階に行ってしまった。


「ねぇねぇ、三人でなにやってたの?」


 陽葵がじーーっとまっすぐにこちらを見つめる。


「べ、別に遊んでただけだよ。男三人で」

「……ふーん」


 少しの沈黙が流れると、


「悪いことは許しませんからね」


 キッと陽葵が俺を睨みつけてきた。




※※※



 日が沈む時間になると大家さん夫妻が帰ってきていた。


「お父さんおかえりーー!」


 そんな元気な紬ちゃんの声が聞こえてくる。

 礼儀正しく大人しい子の印象だったが、父親の前だと随分甘えん坊になるようだった。


 お土産にと、山の中では中々食べられないだろうからとお刺身を買ってきてくれてた。

 今、俺と陽葵と省吾くんと雅文さんの4人でそのお刺身をつついていた。


「あの間には入れないよなぁ」

「……同感」

「確かにですね……」


 そんな大家さんは庭で家族で花火をやっていた。

 幸せそうな笑い声が聞こえてくる。

 紬ちゃんも帰ってきたお父さんにべったりだ。

 あの年頃であれってことは相当ファザコンなのではと脳裏をよぎる。


「春斗、雅文、あっちは見るんじゃねーぞ。嫉妬で狂いそうになるわ」


 省吾くんが血の涙を流しながら俺たちに忠告する。

 なんとも男三人で情けない姿だった。


 陽葵はというと、その大家さんたちの様子を見て「いいなぁ」とずっと呟いていた。


「私たちも頑張ろうね」


 などと、よく分からないことしきりに陽葵が言ってくる。


 な、なんだか決定的なところでズレている嫌な予感がする……!


「大家さんたち明日の朝には帰るんだってさ、明日からごはん各自だからな」

「そうなんですか? あっ! じゃあ明日から私が作りましょうか?」

「えっ、陽葵ちゃんにお願いしていいの?」

「全然大丈夫ですよ! 春斗くん明日なに食べたい?」


 食べている最中なのにそんなことを聞かれる。

 俺は陽葵の告白のことが気になっていて、明日のご飯とかそれどころではなかった。


 ちらっと横目で陽葵を見ると、陽葵もこちらを見ていて思わず目があってしまった。

 陽葵は恥ずかしそうにさっと目線をそらしてしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る