葬送
@hitsukirei415
葬送
朝靄に霞む春の野原に、兵士たちの屍体が累々と転がっている。焼け落ちたテントから白けた煙が細く細く延びてゆく。崩れ落ちた塹壕、地面を割る爆撃の跡、あちらこちらに咲いた赤い華。あたりを埋め尽くすのは「死」そのものだ。
そんな荒涼たる景色の中に、一人の男だけが生きていた。倒れていれば他の死体と見分けがつかないような有様の体を引き摺り、散らばった仲間達の体を拾い集めているのだ。何度倒れても血を吐いても、男は決して手を止めなかった。硬く閉ざされた彼の横顔からは、どんな感情も窺い知ることができない。機械のようにただ黙々と、血まみれの腕や胴体を塹壕の跡に埋めている。
男は小国の軍人だった。小さいが肥沃な大地を有する彼の祖国は長い歴史を持つ王国だったが、隣国の侵攻を前に呆気なく首都を失った。戦力差は誰の目にも明らかで、もはや小国の命運は尽きていた。
祖国はもはや風前の灯となり、最前線に配属されていた彼らには食料さえ届かなくなっていた。司令部からの最後の通知は、餓死する前に少しでも敵を殺せ、という残酷なものだった。
男は僅か16人となった部下と共に、幾日も塹壕で過ごした。男の脳内では、祖国の意地を見せてやりたいという破滅的欲求と、部下を内地に返してやらねばという隊長としての使命感が戦っていた。
司令が届いた時、望む者は既に内地へ送り出したが、祖国のために残った兵達の中には婚約したばかりの新人もいた。やはりここは、命令を無視して撤退させるべきだ。司令部も私以外は処罰するまい。
そこまで考えが纏まったとき、塹壕に銃声が響き渡った。闘いの火蓋は切られ、男の撤退の号令は爆撃の轟音に掻き消され、誰の耳にも届くことはなかった。朦々と舞う土煙のなかで男が最後に見たものは、嬉しそうに見せびらかしていた指輪に彩られた新人の左腕が吹き飛ばされるところだった。
日は少し高くなり、靄はもう消えている。散らばっていた兵士の体も、できる限り集められ塹壕の跡に埋められたが、新人の左手だけはどうしても見当たらなかった。男は最期まで懸命に探していたが、遂に地面に崩れ落ち、そのまま動かなくなった。
焼け落ちたテントから煙が細く長く、天へと昇ってゆく。
葬送 @hitsukirei415
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