五分探偵 -やきそばパンは、どこだ?-

福守りん

やきそばパンは、どこだ?

 給食の時間だ。

 一年一組の教室は、ざわついてる。

 担任の浅倉先生は、いない。ほかの先生に呼ばれて、職員室に行ってるからだ。


「ないなあ……」

 給食当番の香川くんが、とほうにくれたように言った。

 からっぽの、ひらべったい入れものを、じっと見てる。

「ほんとに、ない?」

「うん。真黒まくろも、探してもらっていい?」

「いいけど……。給食室に行って、たりないって、話したほうが」

「そうなんだけどさ。おれのせいかも、だから」

「いやいや。だって。ひとりずつに配って、渡してたよ。

 そんなかんたんに、なくなったりしないって」

「でも、ないんだよなあ……」

 暗い顔をしてる。大きい体をまるめて、落ちこんでるようすだった。

「どしたん?」

「あたし、おなかすいちゃった。はいぜん、まだ?」

 目ざとい女子たちが、わらわらと集まってきた。

「いや、それがな。

 やきそばパンがないんだ。いっこ、たりない」

「まじでー?!」

「ひさーん。だれのが、ないの?」

「まあ、そりゃあ……。

 おれが当番だから、おれのがないってことで、いいよ」

「そんなの、だめだよ」

「探してみよ!」

「なに?」

「やきそばパンがないって。ふたつ持ってる人、いませんかー?」

 ますます、ざわついてきた。

 僕の机には、ちゃんとやきそばパンが置いてあった。

 香川くんのほかには、やきそばパンがない人は、いないみたいだった。

 前の授業は体育だった。その間は、教室には、だれもいなかったはずだ。

「これって、体育が終わってから、持ってきたんだよね?」

「もちろん。ワゴンごと、給食室から持ってきた」

「とちゅうで、落としたりとか……」

「この入れものには、ふたがあるんだ。ちょっと、なさそうだな」

「あー。そうだよね」


 とつぜん、教室のドアががらっと開いた。

 そこから、ひとりの男子が飛びだしてきた。

 みんな、あっけにとられて見ていた。だれも、なにも言わない。


「待たせたな! おまえら!」

「……いえ。待ってないです」

 なんとなく、近くにいた僕が答えた。

 背が高い。目が大きくて、かっこよさそうな感じだった。

 あきらかに、中学一年生じゃない男子だった。

「なんですか? 教室、まちがってますよ」

「いいや。まちがっちゃいない」

 ドアの方から、ゆっくり歩いてくる。

 教だんの前に立った。

「まず、席にもどったほうがいいな。はい! 座って!」

 ぱんぱんと手を叩きながら、言った。先生みたいだった。

 返事をする子はいなかった。顔を見あわせながら、それぞれ自分の席にもどっていった。

 ひとりだけ立ったままの男子が、教室を見わたした。


「おれは、あらゆるなぞを『五分で解決する』探偵たんていだ」

「はあ……?」

「おれのことは、『五分ごふん探偵たんてい』と呼んでくれ」

 左手をあごの下に、右手を腰にあてている。へんなポーズだったけど、さまにはなっていた。

 しんとしていた教室が、一気にざわつきだした。

先輩せんぱいだよね? 中一じゃなさそう……」

「だれ?」

「本当の名前は、なんていうんですかー?」

 流川るかわさんが質問した。僕と同じ小学校だった、かわいい子だ。

「三年二組の真田さなだ高利たかとしだ」

「それは、言っちゃうんだ」

 思わず、つぶやいていた。

「探偵は探偵であって、スパイでも忍者でもない。

 おれは、逃げも隠れもしない。

 ふだんは、西側の校舎の二階にいる。席は窓側だ。

 とびっきりの謎が、おれを待っている。

 そう感じて、ここへ来たってわけだ」

「……どんな謎だか、わかってるんですか?」

「いい質問だな」

 五分探偵が、うんうんとうなずいた。

「やきそばパンが、たりないんだろう!」

「えっ。すごい」

「なんで、わかったの?」

 また、ざわっとした。


「あわてるな。五分で解決してやる!

 その前に、ちょっとした遊びをしよう」

 だれも、なにも言わなかった。

 五分探偵の話に、ひきこまれてるみたいだった。

「ある謎がある。それを、おまえらに解いてもらいたい。

 これは難しいぞ。

 『お母さんに、夕ごはんはなーに?と聞いたら、恐怖のみそ汁と言われた。

 さて、それは、どんな具が入っているみそ汁だったでしょう』!

 恐怖は、こういう字な」

 教だんの後ろに行って、黒板に「恐怖」と書いた。わりとうまい字だった。

「えー? わかんない」

「少しは考えろよ」

 五分探偵が、あきれたように言った。

 しばらくしても、だれも答えようとしなかったので、僕が手をあげた。

「僕、わかります」

「言ってみろ」

「恐怖じゃなくて、『今日、』です。

 つまり、お麩が入ってるみそ汁です」

「正解!

 ちなみにこれは、おれのお母さんが教えてくれたやつだ」

 僕と同じだな、と思った。

「もう一個、謎を披露ひろうしよう。

 『おまえらくらいの年の子が、土曜日に、お母さんに頼まれて、ひとりでお使いに行った。

 スーパーに着いたら、黒いコートを着て、黒いズボンをはいて、黒いステッキを持ったおじいさんがいた。

 おじいさんが、暗い顔をして、『悪の十字架』と言うのが聞こえた。

 それを聞いた子は、ぶるぶるふるえながら、しばらく、おじいさんといっしょに、スーパーの入り口の前で、立ちつくしていた。

 さて、それは、どうしてでしょう』!」

「えー?」

「わかんない……」

「おじいさんが、フリーメイソンの幹部だったとか?」

「ちがう。すごい発想だな」

「僕、わかります」

「また、おまえか。言ってみろ」

「それは、『開くの、十時か』。つまり、十時までは開店しないので、開店するのを二人で待っていただけだと思います」

「正解!」

「真黒、すごいな……」

 香川くんが、感心したように言ってくれた。

「お母さんが、教えてくれたんだ」

「へー」

「二問正解おめでとう! はい、拍手ー」

 ぱらぱらっと拍手が起きた。

「あのー。これって、ただのクイズじゃないですか?

 謎じゃなくて、なぞなぞですよね?」

 ななめ後ろのほうから、聞きなれない声が聞こえた。男子の声だった。

「そうだな」

「やきそばパンのことは、どうなったんですか?

 もうすぐ、五分たちますけど」

「わかった。びしっと解決してやる」

 五分探偵が、さっきと同じポーズになった。流川さんが真似まねをしてるのが見えて、びっくりした。そういうこと、するんだ……。

「いいか。やきそばパンがたりないんじゃない。

 人数がひとり多いんだ!」

「えぇーっ?!」

 さけんでしまった。そんなことは、考えもしてなかった。

「まわりをよく見てみろ。

 知らない人間がまじっていないか?」

 みんなで、前後左右を見まわした。

「えー? いる?」

「いなーい」

「そもそも、まだ、顔と名前が覚えきれてないー」

「だよな」

「おまえら……。クラスメイトの顔くらいは、覚えておけよ」

「だって。みんな、マスクしてるから……」

「覚えにくいよねー」

「そうなんだよな」

 五分探偵がため息をついた。

「いやな時代になったもんだ」

「しょうがないじゃないですか」

「そうだよねー」

「うまく見わける方法って、ありますか?」

「そうだな……。マスクの色とがらで見わけるってのは、どうだ?」

「えぇー?」

「そんなの、もっとかなしー」

「だよね。毎日、同じ色と柄のをつけろっていうの?」

「ママの手作りなの。ガーゼがどこにも売ってなくて、赤ちゃん用のふきんを買ってきて、作ってくれました。

 ぜんぶ同じ柄で作ってほしいなんて、もうしわけなくて、言えません」

「わかった。よくわかった。

 軽い気持ちで言ったことに対して、そうみつくもんじゃない」

 五分探偵の眉が下がった。かなしそうに見えた。

「見つからないか?」

 僕は、さっきの声がしたあたりを見ようとしていた。後ろの、右のほうだ。

 ほかの子たちが障害物しょうがいぶつになっていて、よく見えない。

「立って、探していいですか?」

「どうぞ」

 立ちあがった。それから、後ろに向かって歩いた。

 廊下にいちばん近い列の、いちばん後ろに、やけにこそこそとしてる子がいた。

 もっと近づいた。僕と目があったら、うつむいた。

 めがねをかけてる。このクラスで、めがねをかけてる男子は、僕だけだ。

 ってことは……。


「あっ!」

 僕がなにか言う前に、その子の前にいた田中くんがさけんだ。

「だれ? この子……」

「知らない子がいるー」

「いました。この子です」

「そうだな。そいつが、『やきそばパンがたりなくなった事件』の犯人だ」

 驚いてるようすはなかった。

 とっくに、わかってるという感じだった。

 ……そういうことか。

 あらかじめ、この教室に、仲間を潜入せんにゅうさせていたんだ。

 体育の授業中に、机をひとつ増やしたりもしたんだろう。

 給食の時間になったら、向かいあわせになるように机を動かしていたのは、僕が小学五年生だったころまでの話だ。

 今は、みんな、教だんのほうに顔を向けて、給食を食べてる。なにも言わずに。


「こらあー! 下の学年の教室にきちゃ、だめだって、いつも言ってるでしょー!」 

 浅倉先生の、大きさのわりには、はくりょくのない声が飛んできた。マスクごしの声は、さけんでても、こもって聞こえる。

「てへぺろ」

「ふざけるのは、やめなさーい!」

 怒っていた。

「真田くんと毛利もうりくん! 自分たちの教室にもどりなさーい!」

「さーせん」

「おさわがせしましたー」

 めがねをかけてる男子が立ちあがった。五分探偵に向かって、歩いていく。

 ふたりは、ドアの前で、僕たちのほうを向いた。

「またな!」

 五分探偵が片手をあげて、大声であいさつをした。マスクをつけていても、笑顔だとわかった。

 ふたりは、ドアをくぐって、でていった。


「あの人も、上級生だったんだ」

「だと思った。見たことないもん」

「香川くん。やきそばパンがあって、よかったね」

「よかったー……。まじで」

「あの人たちが、原因げんいんだけどね」

「それな」


 あいてるドアから、ひょこっと顔がでてきた。

 あの、めがねをかけてる男子だった。

「ミステリー研究部の副部長、毛利でーす。

 ミス研は、毎週水曜の放課後に、理科室でやってまーす。

 歴代の部員が書いた、探偵小説とかクイズ集もあるよ!

 遊びにきてねー」

 言いおわると、さっとドアのかげに隠れた。

「忘れてたー」

 また、でてきた。

「机と椅子、ひとつ増やしてます。ごめんなさい」

 言いおわると、さっと消えた。

「もー……」

 浅倉先生は、わなわなしていた。


「……宣伝せんでんだったんだね」

「そうだね。ちょっと、おもしろかったね」

「おれ、行くわ」

 香川くんが、ぼそっと言った。

「おまえ、勇者だな……」

「わたし、行きたいな」

「あたしも行くー」

「わたしも……」


 その週の水曜日の放課後は、理科室がやけにさわがしかった。

 僕も流川さんと行った。楽しかった。

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