第二章 冷酷公爵の花嫁としての新たな日々②

 やっぱり、めんどうごとは片付けてしまっておいた方が……と思っていると、ヨシュアがひょいと手紙を私から取り上げた。

「ヨシュア? って、あ! あ! あ!」

 直後、当たり前のようにビリビリと縦に手紙を破ってゆくヨシュアの行動に、私は思わず声を上げる。

「これまで、散々なあつかいを受けていた人間に送る手紙じゃないな。これからは無視で良い。悪かった」

 そして、手紙を見せたことに対して謝られる。

 クラウスさんは、「ヨシュアのそういうところが好きなんだよねえ」と、げらげら笑っていた。今、理解した。この二人、性格の根本的なところが似てるんだ。

「まぁ、ヨシュアが良いなら良いんだけど」

 ヨシュアに問題がないのであれば、結論はもう出たようなもの。

「よし、なら放置」

 下手へたな考え休むに似たり。

 頭をなやませても、良い案がかぶ気はちっともしなかった。

 だから、ウェルグの王城にもどってもろくなことがないのは身をもつて知っているので、今の生活にしがみついていたいという考えを尊重することにした。

 なるようになる。たぶん。

 そんな結論を出した数分程後。

 何故なぜか突然、王都へ向かって順調に進んでいたはずの馬車の速度がゆっくりと落ちてゆく。

 やがて、どうしてか。

 馬車の動きそのものが、完全に停止することとなった。

「……あれ? どうしたんだろう」

 がやがやとけんそうのような音が聞こえて来る。

 ひとだかりでも出来ているのだろうか。

 馬車に設けられた窓から顔を出してじようきようを確認すると同時、その原因をぎよしやから告げられた。

「橋が、落ちておりますね……どういたしましょうか、ヨシュア様」

 そこに、本来あるべき筈の橋。

 それが何らかの理由によってこわされでもしたのか、ものの見事にほうらくしていた。

 橋のそばは急なしやめんとなっており、遠目からでも分かるように、そのがけを橋を使わずにわたることは誰がどう見ても不可能であった。ましてや、馬車が通れる訳もなかった。

「それはどうしようもない。今からでもおそくない、アルフェリアこうしやく領に引き返そう!」

「……崩落するようなヤワな橋ではなかったと思うんだが」

 ようようこわだかさけぶクラウスさんの言葉をガン無視して、ヨシュアは御者に返事する。

 なか、馬車の中にいても仕方がなかったので私はひょいと馬車の外へと出てみた。

 見る限り、十組くらいの商人らしき人達が立ち往生しながらどうしたものかと頭を悩ませているようであった。

「ねえ、ヨシュア。ちょっと、崩落してる橋を見てくるね」

 落ちないように気を付けながらのぞき込む。

 橋の中央部分は、谷折りのように崩落していて、そのざんがいはるか下の方に乱雑に散らばっているものの、かろうじて原型をとどめてはいる。

 もしかすると、私で力になれることがあるかもしれない。

「〝シルフ〟」

 くずれた橋。

 その割れ目へと歩み寄った私は小さく一言だけつぶやく。

 大気をかすかにしんどうさせるだけの言葉。

 でも、それだけで十分だった。

『ハイハイ。お呼びでしょうかねっ、て、おろろ? こりゃまたずいぶんと乱暴に壊されちゃった橋だこと』

 森の奥のような、深緑にいろどられたちようはつらしながら、何も無かった筈のくうから、私のび掛けに応じて姿を現した中性的なそうぼうの少年の名は──〝シルフ〟。

 ていに言えば、風をつかさどる森の精霊。

 少年のような姿であることに加え、けいはくな口調から幼い子どものように思ってしまうが、これでも千年以上生きている精霊さんである。

 ウェルグ王家に伝わる〝精霊術〟であるが、その実、私達は〝精霊術〟を自在に使えるわけではない。

 私達は常人より精霊に対する親和力が高いがゆえに精霊達とコミュニケーションが取れる。

 そして、彼ら彼女らにお願いをして、力を貸してもらって〝精霊術〟を行使していた。

〝精霊術〟とは、有り体に言ってしまえば精霊にのみ許されたほうだ。

 ただ、〝精霊術〟は魔法とは異なって基本的に何かに対して危害を加えない術しか存在しておらず、花をかせるだとか、何かを直すといったこうにのみけている術だ。

 けどその代わり、そこに当てはまることであれば、魔法のソレを遥かに上回るし、魔法と異なって、適性にめぐまれた魔法しか使えないという魔法師特有の制約もない。

 それが、私の知る〝精霊術〟だ。だから。

「ねえ、〝シルフ〟。これ、直せる?」

『おいらをだれだと思ってんだか。橋を直す程度、朝飯前だねえ。でも、これは……』

「これは?」

『この近辺に、〝戦鬼オーガ〟か、そのレベルのかいりきを持った人間でもいたのかねえ? これ、魔法を使用したこんせきいつさいないんだけど』

戦鬼オーガ〟。

 それは、赤黒いはだを持った、人をえた怪物モンスター──ものの一種。

 その全長は人をゆうに上回り、大きくふくがった筋肉を持つ怪力の魔物。

 人のがいなど、果物のように容易ににぎつぶしてしまえると聞く。

「どういうことだ、それ」

『あ。ディティアの花ん時の子じゃん。随分とデカくなったねえ』

 馬車を後にした私を追いかけて来たのか。

 け足でやって来たヨシュアに、しんせきのおじさんのような物言いで〝シルフ〟が言葉をらした。

 八年前、私がヨシュアと城をけ出していたころはまだ今程〝せいれいじゆつ〟は達者ではなくて、視界いっぱいの花畑を満開にさせるには精霊本人から力を貸して貰う必要があった。

 だから、〝シルフ〟にはその時、ヨシュアの前で力を貸して貰っている。

 それもあって、面識があった。

「ひ、ひと目で分かるんだ」

『精霊は人とはちがうからねえ。おいら達はおのおのが持つりよくの質なんかで判断してるから、外見で判断するよりも正確性はあるだろうさ』

 私なんて声を聞いてもイマイチピンと来ず、明らかな答えでしかない言葉を貰ってようやく、気付けた。

 一度、それもいつしゆんだけ顔を合わせただけの〝シルフ〟がこうしてひと目で分かってしまうことに少しだけなつとくいかなかったけど、どうにかみ込む。

『それで、どういうことか。についての質問だけど、こればかりは、言葉の通りとしか言いようがないね。この壊れた橋は、魔法によるものじゃない。誰かが、それこそハンマーでも持って力任せにドカン、と壊したんじゃないかな』

 分かりやすく説明するためのあえての一例。

 しかし、だからこそあり得ないと思わずにはいられなかったのだろう。

 ヨシュアは物言いたげな表情を浮かべていた。

 基本的に橋には保護系統の魔法がけられているのがほとんどだ。

 だから、生半可なこうげきでは傷ひとつ付けられない筈だし、魔法ならかく、怪力任せの攻撃ならなおさらに土台無理な話だと思ってしまう。

「……あぁ、そう言えば、最近みよううわさが出回ってたっけ」

 そこに、クラウスさんまでもが話に交ざる。

〝シルフ〟の姿がめずらしかったのか、まじまじとものめずらしそうに観察をしながら言葉が続けられる。

「一応、アルフェリア公爵領に僕が向かった理由のは、君らの関係が問題なさそうかどうかを見て来ることだったんだけど、実はもう一つあったんだ」

「もう一つ……?」

「うん。ここ一、二ヶ月程度の話なんだけど、ぼうけんしや行方ゆくえ不明になることが立て続けに起こってるらしくてね。それで、冒険者を取りまとめてる〝ギルド〟が最近、本格的に動き出したんだけど、その中の一人が奇妙なことを言っていたらしい」

 ──黒く、大きな身体からだをもった化物を見た、とね。

「……俺はその話、初耳なんだが」

「ちょ、話はまだちゆう! 途中だから、おこらないで!!」

 お前、いい加減にしろよ。

 と言わんばかりに責め立ててくる視線に当てられてか。クラウスさんは必死に言い訳を重ねてどうにかヨシュアをなだめにかかっていた。

「……その本当かどうか分からない情報の出どころは、アルフェリアからは遠い場所だったんだよ。そして、その化物を見た時、黒い炭のような鉱石が辺りに散らばってたらしい」

「……それでお前、基本いつも出歩いていたのか」

「一応、これでもやることはやってたんだよ。それと、ただでさえお前がアルフェリアの当主になったばかりだってのに、さらめんどうごとを押し付ける訳にもいかないだろう」

 クラウスさんのその一言には、私も心当たりがあった。

 政務を手伝う中で、何というか。引きぎのような内容がいくつかあった。

 思えば、ウェルグでれいこくこうしやくの噂を聞くようになったのはここ二、三年のような気がする。

 だとすれば手が回っていないのもうなずける話だし、クラウスさんが気をつかうのも分からないでもない。

『黒い鉱石に、黒い化物かあ』

「もしかして、〝シルフ〟は何か心当たりあるの?」

『んー。あると言えばあるような。ないと言えば、ないような。なんか、頭のかたすみにそれっぽいおくがあるような気がするんだけど……』

 けんしわを寄せながら、〝シルフ〟は考え込んでいた。

 でも、上手うまいこと思い出せないのか。

 うーん、うーん、とうなっていた。

『まぁ兎に角、橋を先に直しておこうか。どうにも、困ってる人が結構居るみたいだし』

 後ろにいた商人らしき人達は、冷酷公爵という呼び名のせいか。ヨシュアの姿を見て、たじろぎ、しゆくしていた。それもあって、少しだけ気まずそうにするヨシュアのことをおもんぱかってか。

〝シルフ〟はパチン、と指を鳴らし、ほうらくしていた橋の改修を始めてくれた。

「……相変わらず、〝精霊術〟とはすごいものですね。メルト殿でん

〝シルフ〟の手を借りて橋の補修を行う中、かんたんが混じったようなこわが、背後から聞こえて来る。

 ウェルグ国内であれば、私の顔と名前がいつしている人は多いだろうけど、ここはもうノーズレッド王国内。

 にもかかわらず、私の後ろ姿だけで名前を呼ばれたことにおどろきつつも私はかたしにり返る。

「あれ。なんで私の名前を……って、ドルクさん!?」

 そこには、おだやかなみをかべた中肉中背の三十歳前後の男性がいた。

 彼の名を、ドルク・アンドリュー。

 姉達に政務を押し付けられる中で仲良くなった人間の一人で、マスカレード商会と呼ばれる商会に所属している商人さんであった。

「……いやはや、橋の崩落でどうしたものかと困っていたのですが、まさかこんなところでメルト殿下にお会い出来るとは。あぁいや、今はアルフェリアこうしやく夫人になられたのでしたか」

 であれば、ノーズレッドにメルト様がいらっしゃっても何らおかしくはありませんね。

 と、ドルクさんは言葉をくくる。

 ドルクさんは政務の大半をぶん投げられていた頃から私とは交友があった。

 そんな彼はどうしてか、しきりにヨシュアに視線を向けていた。

 まるでそれはけいかいしんをあらわにしているようであった。

 だから私は、ヨシュアがれいこく公爵と呼ばれていたことを思い出しながら、ドルクさんに向けて自分なりに彼の行動の意図をかいしやくして言葉を口にする。

「ヨシュアは、冷酷なんて呼ばれてますけど、その実、ものすごづかい屋ですし、しきにいる使用人さん達もやさしい人ばかりですから」

 一瞬、そばにヨシュアがいるから取りつくろっているとでも思ったのか。

 ドルクさんの表情はくもっていたけれど、ここは伊達だてに付き合いが短くないとでも言うべきか。

 私が本心からそう言っているのだと察してくれたのか、ドルクさんの表情は次第にやわらいでゆき、最終的に笑みを向けて「そうでしたか」と言ってくれた。

「ところで、メルト様達も王都に?」

 この道は王都に続く道である。

 つうに考えれば、それ以外にほかせんたくはないのだが、何を思ってか。

 ドルクさんはそんなかくにんをしてきた。

「あ、はい。えと、クラウスさんを王都に送り届けるついでに私は今回、同行させてもらってる感じですね」

「クラウス、とおつしやいますともしや、王子殿下であらせられる……」

 そこで私はおのれの失言をさとった。

 安易に王子であるクラウスさんの名前を出すべきではなかった。

 そんなこうかいをする中、会話を聞いていたのかクラウスさんが声をあげた。

「訳あってアルフェリアにたいざいしていたんだ。別におしのびというわけでもないから変な気遣いはしなくていいよ」

「そ、そういう訳です」

 クラウスさんからのたすぶねに同調しながら、どうにか取り繕う。

 クラウスさんありがとうございます……!

「成るほど。そういう事情でしたか。ところで、メルト様。もし王都に滞在中、お時間がありましたら、うちの商会にお寄りいただけませんか」

「マスカレード商会に、ですか?」

「ええ。おくればせではありますが、この度、アルフェリア公爵夫人になられたメルト様にお祝いの品をともお贈りしたく」

 ……もしかすると、ドルクさんは気を遣ってくれていたのかもしれない。

 普通は、けつこん出来て良かったね。

 になるんだろうけど、それがほとんいけにえで、相手は散々な風評の冷酷公爵。

 ウェルグでの私の立場をなまじ知っちゃっているせいで、祝うに祝えなかった、みたいな。

 なんというか、無性に色々と気を遣わせてしまって申し訳ないという気持ちにおちいった。

「そうでもしなければ、私はおおだん様に大目玉をらってしまいます」

 ですのでどうか、帰りぎわの数分でも構わないので寄っていただけましたら幸いですと言葉を付け足された。

「……メルト様って、あのメルト様か?」

 そんな中、ドルクさんの言葉を聞いてか。

 また一人、何故なぜか私の名を呼んでくる。

 ……あのメルト様って、どのメルト様なんだろうか。

「ディリーズ商会のもんです! あの時は、メルト様に救われたってうちの若いもんが言ってまして! ほんっと助かりました!! なんとお礼をすれば良いか……」

 でぃ、ディリーズ商会?

 は、はて。何か私したっけかな、と思案すること、十数秒。

「あ、もしかして、あの時のつぼの!」

「ええ! そうです! そのディリーズ商会です!」

 そう言えば、二ヶ月程前。

 ウェルグ王国のとある貴族に届ける壺が割れてしまっていた。

 どうしようと右往左往していた青年が確かディリーズ商会の人間だったような気がする。

 その際に、こそっと〝精霊術〟をもちいて助けた記憶がよみがえる。

「あのバカタレ、よりにもよって貴族様への商品を傷付けるなど」

「……ま、まあまあ。だれしも失敗はありますので」

 結局、そのことでは大事に発展することはなかったし、終わり良ければすべて良しなのだ。

 そして、それを皮切りに、「あの時はお世話になりました!」といった声が続々と聞こえ出し、それらの声に私はみくちゃにされる。

 ……確かに、助けたいという気持ちはあったけど、根底にあったのは、ただ、めんどうごとが起こるとそのしわせがちがいなく私にくるから出来る限り大事にならないように動いていただけだった。

 だから結構、お礼を言われるのが申し訳なくて。

 でも、流石にこんなじようきようでそれを言い出せる訳もなくて。

「人気者だな」

「もしかしてメルトさん、その人気使って女王になることも出来たんじゃない?」

「絶対なりたくないです!」

 他人ひとごとだと思って笑うヨシュアと、となりでとんでもないことを言い出すクラウスさんに、そくに否定の言葉を返しながら、目で「助けて!」とうつたえかけるけど、何故か取り合ってくれない。

 ヨシュアに至っては、ふむふむと商人さん達の話に耳をかたむけては、昔から何も変わらないな。なんて感想を残して観衆の一人と化していた。

 橋の補修さえ終われば。

 そう思って〝シルフ〟に視線を向けるけど、此方こちらも私の状況を見て楽しんでいるのだろう。

 明らかに補修の速度がおそかった。

 ……後で覚えてろ、二人とも。

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この度、冷酷公爵様の花嫁に選ばれました 捨てられ王女の旦那様は溺愛が隠せない!? アルト/角川ビーンズ文庫 @beans

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