第二章 冷酷公爵の花嫁としての新たな日々①
「あぁ、自分がダメになっていくのが手に取るように分かっちゃう」
アルフェリア公爵家にやって来てから早くも三日が経過しようとしていた。
何というか、散々に甘やかされていた。
長年にわたって
アルフェリア
気付けば私は、何故か料理人さん達とお
聞けばヨシュアに差し入れて欲しいとのこと。私が作ったやつだと言えば食べてくれると思うのでとか言われて一日目は何故か私はお菓子作りを
二日目こそと思って
だけど、そのお手伝いもすぐに終わって、これから過ごす場所なのだから少しぐらい知っておいた方が良いだろうと、アルフェリア公爵邸付近をヨシュアに案内して
…………。
必要とされてないってことじゃないのは、よく分かる。ただ、何というか、使用人さん達も
しかも、三日目の今日もその様子がちっとも変わる感じはしないし。
取り
「……しかし、〝
生まれに生まれた自由な時間を利用して、何も植えられず放置されていたアルフェリア公爵家
声の主は、ヨシュアではなく、ヨシュアの友人のクラウスさん。
困ったことがあれば、クラウスに相談すると
「川の水を
〝精霊術〟の
とは言ったけど、まさか、
なので、
「ちなみに、なんの植物を育ててるの?」
本来であればあり得ないスピードで生長している植物達。
しかし、それでもまだ花は
でも。
「それは、ですね……もう少しだけ
でも、ごめんね。クラウスさん。
これは、誰よりもまずヨシュアに教えたいから。
「まぁ、良いや。にしても凄いね。〝精霊術〟ってのは。ウェルグ王国の……精霊術師って言うのかな? 彼ら彼女らは
「どうなんでしょう。ここ数年は、基本的に私が全部押し付けられて全部管理とかしてましたから」
「へえ……って、全部!?」
加えて、政務も大部分を押し付けられていたので、本当にいつ
まぁ、根性でそこは何とかしてたけど。
「いや、まぁ、ヨシュアからとても
「──それで、メルト。用ってなんだ?」
一人で声を
規模がかなり大きかったので、二日もかかっちゃったけど、
「用ってのはね、これのこと。私達二人の再会といえばさ、やっぱりこれじゃない?」
そう言って私は、視界いっぱいに広がる庭に植えた植物を見詰めながら、〝精霊術〟を行使した。直後、周囲に、
もう、八年も昔の話。
「──ディティアの花」
その時に見つけたのが、ディティアの花畑だった。
溢れ出した光の粒子は、庭に植えられた葉に
黄色に
「へえ」
クラウスさんは
『私で言えば、〝精霊術〟。ヨシュアで言えば、
そう言って
……
まだ花を咲かせていなかったディティアの花を、私が〝精霊術〟を用いて満開に変えて、花畑を作って
そして、ヨシュアが初めて私に
だから、私達の再会にはこれが
「これからよろしくね、ヨシュア」
手を差し
ヨシュアは花に対して驚いていたけどそれも
私が差し出した手を
「ああ。こちらこそよろしくな、メルト」
八年前とよく似たやり取りを交わした。
「うーん。困った」
私が、アルフェリア公爵領にやって来てから、早数週間。
ヨシュアから
机に積み上げられた紙の束を
これが、ただの書類だとか、ヨシュアの政務の手伝いによるものであれば、何も問題はなかった。
だが、私の目の前にあるそれは、手紙の山だった。それも、実家であるウェルグ王家や義母達と関係の深い貴族から
勿論、中身は見ていない。
どうせ手紙の中身は
と、放っておいたら、気付けばとんでもない量が
考えられる線としては、相当
それとも、私のことを心配でもしてくれてるのか。
……うん。後者は天地がひっくり返ってもあり得ないな。やっぱり前者だろう。
「一応、中身を
見て損することはあっても、見ないで損することは
だったら、私は「見ない」
「よし、処分しよう」
ヨシュアに
そう思いながら、私は机に積み上がっていた手紙を箱状の入れ物へと乱雑に
そんな折、ドア
「今いいか、メルト」
「ヨシュア? どうしたの?」
別に私個人としては、それは構わなかったのだけど、どこか引き
「……一向に帰らないこのサボり
──あ、これヨシュアちょっと
確かに、クラウスさんはアルフェリア公爵家の人間、って感じがこれまでもどうしてかしなかった。
だからちょっとした
「……良いの?」
「良いも何も、敵国の
「それに、メルトがアルフェリアに来てから、政務をずっと手伝って貰ってたし、その礼もしておきたい。だから本音を言うと、用がなければついて来て貰いたい」
「おーっと。そういうことなら僕はお
そそくさと「それじゃあ!」と、手を上げてその場を後にしようと試みるクラウスさんだったけど、ヨシュアにすぐ様
どうにも、王都に行くにあたって、クラウスさんの同行は
「政務が
「そ、そうは言っても、ちゃんと君達が仲良くしてるかを見届ける義務が僕にはあって」
……その発言で、色々と
どこかクラウスさんに親近感があったのは、私と似たような立場の人間だったからなのだろう。
加えて、そんなクラウスさんがアルフェリア公爵家に居た理由は、私とヨシュアの関係を見届ける
「その仲が問題ないことを、王家の人間に伝えに行くついでにサボり魔の王子を一人
「……そ、それは」
クラウスさんの
確かに、ここ数年、王城で政務に追われ続けていた私は人一倍理解が早い人間だと思う。
思う、んだけど。
「クラウスさん。
ここにいる私は、
明らかに、クラウスさんは
「……そ、そうだね」
私の全てを諦め切った遠い目を前にして、クラウスさんも何か思うところがあったのか。
何故かすんなりと
それから数十分程経過した後、クラウスが観念しているうちに王都に向かってしまおうというヨシュアの考えに従って、私達は馬車に乗り込んで王都へ向かっていた。
「仲、良いんですね二人とも」
観念してはいるものの、やっぱり王城へ戻ることが嫌なのか。最後の最後まで
一応、私も王族だったからだろう。
王子と
だけど、彼らからするとあまり
「
「腐れ縁だね」
数秒ほど
だから、「やっぱり仲良いじゃん」と思って、つい、くすりと笑ってしまう。
でも、そんな私の反応が不服であったのか。
ヨシュアは言い訳をするように、言葉を
「……変わってるんだよ、こいつは」
「変わってる?」
「昔の俺に、友達になろうとか言って手を差し
昔のヨシュア、というと……周りからあまりよく思われてなかった
クラウスさんに、私のような事情があれば分からなくもないけど、そんな様子は見受けられない。
周囲から
「仕方がないじゃないか。僕は嫌いなんだよ。あの頭でっかち共が」
「貴族
ほら、変わってるだろ?
自分達と違って、ちゃんとした王子なのに、こんな発言をするんだよ、こいつは。
呆れ返るヨシュアの気持ちも、今ならよく分かる。ずっと王城で過ごしていた私だからこそ、その考え方は変わってると言わずにいられなかった。
「ぶっちゃけ、政務は別に構わないんだけど、話が通じない貴族の
「でも、陛下は
「僕には無理」
改善の余地はどこにも見当たらない程、諦め切った一言であった。
「そういえば、ノーズレッドの国王様ってどんな方なの?」
王都に出向くついでに、王家の人間に顔見せをするともヨシュアは言っていた。
とすれば、国王様と顔を合わせる機会があるかもしれない。
「
するりとヨシュアの口から言葉が出てきた。
「良く言えば、全員に平等。悪く言えば、身内
「……両方美徳じゃないです?」
「……実の
続くように聞こえてきたクラウスさんの言葉は、
偏見に満ち満ちていた。
「でも、心配せずともあの陛下のことだ。メルトさんのことは気に入ると思うよ」
私の実の父であり、ウェルグ王国の国王様は、救いようがない悪い人、というわけではないのだけど、私にとってはあまり良い父ではなかった。
……だからこそ、義母や姉達から嫌がらせを受けていたのだけれど。
そのイメージが先行しているせいか、少しだけ、クラウスさんの言葉に対して意外に思ってしまう。
「基本的には全員に平等な人なんだけど、政治的な腹の
だから、僕の目から見てさっぱりした性格の君のことは、陛下的に好ましいものだと思う。
そう告げられて、少しだけ
それどころか、ヨシュアも気を許しているようにも思えるその国王様に会ってみたいという気持ちが
「ところで、話は変わるんだが」
「?」
どうしたのだろうか、と思っていた私だけど、取り出されたその
もしかすると、顔も引き
その手紙は、ヨシュアとクラウスさんが私の部屋を訪ねて来た際に丁度、片付けていたあの手紙と同じ差出人だった。
「また届いてたぞ、手紙」
差し出される。
そのせいで、少しだけ気まずい空気が場に降りた。ヨシュアは、私
「実家が好きじゃないことは百も承知だが、
「……う、うむむ」
一理ある。
どころか、あり過ぎる。
「た、確かに、これだけ手紙が送られてくるということは重要なことなのかもしれない」
しかも、ヨシュアのその言葉にはちょっとした心当たりもあった。
初めの頃は、あの手紙は義母や姉達から届けられていたんだけど、ある日
けれど、執事長も私が特別親しくしていた人間でもない上、義母や姉達に頭が上がらない人だったからあまり気に留めていなかったのだけれど、
「ま、試しに一回くらい見ておいた方が良いんじゃない?
これが最初で最後。
そう思って今回は折角なんだし、読んでみとこうよ、と。
「……まぁ、そうですね。じゃあ一回くらいは読んでおきますか」
赤い
差出人はやっぱり、執事長。
で、
『政務の手が回りません。助けて下さい』
思わず、内容を二度見した。
でも、何度見直してもその内容が変化することはなく、ただただそれが事実であると現実を
「いや、助けてって言われても」
私を送り出したの君らじゃん。
それに、政略
助けてと言われても、私にはどうしようも出来ないと思うんだけど。
でも、言われてみればここ数年、私が色々と負担してた分を必然、
単なる政務だけならば、まだ代わりが見つけやすかっただろうけど、私の政務には〝
〝精霊術〟が使えるのは王家の人間のみという
とは言っても、あの意地悪姉達がどうにか出来るかと聞かれれば、首を
そして事実、ダメだったのだろう。
だから多分、こんな手紙が私に届けられたんだと思う。
「……助けて下さい?」
隣に座るヨシュアが、不思議そうに手紙の中身を読みあげる。
「あー、うん。多分、〝精霊術〟
ウェルグに出向いてどうこうは無理にせよ、手紙の返事にこれまでやってきた仕事を、
「……でも、
ただの徒労に終わる気しかしない。
加えて、執事長がこの内容を送ってきたということは、義母や姉達からの手紙には
……うん。やっぱりあれらは燃やしてしまおう。
「なら、放っておけば良いんじゃない?」
クラウスさんが言う。
「本当に困ってるなら、向こうが出向いて頭を下げに来るのが最低限の
結果良ければ
という考え方でいくならば、過程はどうあれ、ヨシュアと引き合わせてくれたことに対する恩返し──ということも
でも、そうしたら少なからずヨシュアにも
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