百年後に届いた“声”


 王女殿下は百年前、オデットを失ってからリースト伯爵家の者に魔法樹脂の作り方を習い、より簡単な“魔術”樹脂に音声記録機能を付与したものを遺していた。


 魔法は術者のオリジナリティに飛んだ創造的な術だが、魔術はプログラムさえ覚えて必要な魔力量があれば誰にでも使いこなせる。

 魔法樹脂を使いやすくアレンジしたものが、魔術樹脂だった。


 オデットの頭ぐらいのサイズの、大きめのオルゴールの宝石入れ部分の中に、小さなボタンサイズの魔術樹脂をたくさん。

 ひとつひとつは、最大で3分ほどの声が記録されている。


 リースト伯爵家には、王女殿下から下賜されたそのオルゴールと魔術樹脂が、いつかオデットが解凍されたときのためにと保存されていた。

 これはヨシュアがオデット関連の物品を彼女の解凍後に確認したとき見つけて、すぐ手渡してくれたものだった。



『オデット。君はいったいどこにいるのだろう? あのとき君に口づけてしまった私が嫌になって逃げてしまったのかい? そんなことをずっと考えて眠れぬ夜を過ごした』


『オデット。フォーセット侯爵家の令嬢たちが白状したよ。よりにもよって君を奴隷商に売ったと。……引き裂いてやりたい』


『彼女たちには王家が厳然たる対処をし、罰を与えることになった。だが惜しいな。君よりフォーセット侯爵令嬢のほうが家の爵位が上だから、少し減刑されてしまう。本人たちは修道院行きということで決着がついた』



 そんなことを中心に、40手前で亡くなるまでの雑感が記録され続けていた。

 そして最後の音声は。



『オデット。君が私の声を聴くのはいつになるのだろう?』


『病を得た。少し無理が祟ったようだ。もう少しぐらい頑張れると思ったのだけど。はは、不甲斐ないな。まだ四十にもならぬのに』


『兄王には、「だから結婚して子供ぐらい産んでおけばよかったのだ!」と怒られてしまった。「そうすれば子供にオデット嬢の行方を託せただろうに」と。ああ……そういう考えもあったのだと初めて気づいたよ』


『でも無理じゃないか? 私が愛してるのはオデットだけだし、この腕に抱きたいのも君だけ』


『私ばかりが重くてごめん。でも愛してる。いつか私のこの声を聴くときが来たら、この重さごと私を背負って生きてほしい。ほんと、ごめんな』




「ちょっとかすれた、このお声は変わらないのね。……大人になった先輩も見てみたかったわ」


 オデットの口調は明るかったが、どこか寂しさを滲ませる。

 彼女が王女殿下の口づけを受けてから、本人の体感ではまだ何ヶ月も経っていないのだ。


 リースト伯爵家のサロンでお茶を飲みながら、当主のヨシュアやその叔父で後見人のルシウスが魔術樹脂の再生に付き合ってくれていた。


「むうう……同じ王族でも、王姉グレイシアは何という積極派」


 ルシウスが感心して唸っている。


「どういうこと?」

「今のユーグレン王太子も、リースト伯爵家の者を熱愛していてな。だが相手と深い仲になるまでは至らなかった」

「へえ」


 そうなんだ、とちらりとオデットは兄クレオンの子孫である現当主のヨシュアを見た。


 同じ屋敷の中で暮らしているのだから、噂ぐらいはオデットの耳にも入っている。

 オデットと王女殿下が思春期特有の熱病に浮かされて互いを思い合ったように、この男も同性の誰かさんから想いを寄せられていたらしい。

 やはり思春期には、そういうことがあるものだ。




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