オデットの誓いとリースト伯爵家の教え
百年前のオデットは、貴族学園の高等部に入学早々、告白を断ったら逆恨みしてきた男や、傲慢で暴力的な婚約者のドマ伯爵令息ダニエルに嫌気がさしていた。
「私、もう他人で消耗するのはやめますわ」
その日、夕食後にサロンで家族の団欒を楽しむ時間に宣言した。
大人しかったオデットが、はっきりと自分の生き方を定めた瞬間だった。
そんな彼女に、年の離れた兄クレオンがアドバイスしてくれたことがある。
「まず、微笑みを自在に作れるようにすることだよ。オデット」
これは簡単だった。何せリースト伯爵家の者は皆とても麗しい容貌の持ち主なので。
だが案外、自分でできているつもりでも、つもりだけで、顔の筋肉が強張っていることも多いからマッサージは欠かせない。
特に頬や口元あたり、目元もよく解すことだそうだ。
次に、己のその微笑みが他人にどのような影響を与えているか、慎重に観察すること。
自分の望まぬ解釈を決してさせぬように。
得てして人間とは、自分勝手な解釈なのに良い忖度をしていると自己満足に浸る生き物なので、上手く自分にとって都合の良い方向に誘導してやること。
と兄が麗しく微笑みながら事細かに教えてくれた。
ちなみにこのとき、両親や使用人たちもサロンにいてオデットと兄の話を聞いていたのだが、全員「うんうん、その通り」と深く頷いていた。
特にオデットの両親は、父が本家の嫡男で、母は一族の分家の娘だ。同じ一族なので当然のように髪は青銀だし、瞳は湖面の水色。麗しい顔立ちもよく似ている。
ついでにいえば、使用人たちも一族の者が多く、オデットと似た特徴を持った美しい者が多かった。
つまり彼らも、兄のアドバイスと同じような行動を行ってきた人生の先輩ということなのだろう。
「我が一族の者たちの微笑みはとても強力な武器なんだ。大抵は、麗しさに騙されて騙されっぱなしになる」
「騙されてくれない者はどうなりますの?」
「そういう者は敵にするのでなく、お前の本質を見てくれる者だから大切にしなさい」
「よくわかりましたわ、お兄様」
こういうことを真面目な顔をして追求してしまう一族だから、事情通の者に呆れられるのがリースト伯爵家だった。
しかし本人たちは至って本気、かつ真面目である。冗談などどこにもない。
祖先がこのアケロニア王国の地に移住してきてから千年ほどと伝わっている。
年季の入った処世術なのだ。
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